第10話
白い着物に赤い袴の女の子。あれは巫女の服装だ。ホリーに教えてもらったもの。じゃああれを着ている子はだあれ? 私? それともククサ?
ここは神域の森の中。走っていく女の子。どこに行くの?
置いていかないで! そんなに早くはしれないよ、待って、待って!
「!」
鼓動が激しく波打っている。嫌な焦燥感に不安になった。急いで周りを見回すと目の前にはさっきと同じように像がある。
(そうだ、早く帰らなきゃ)
寝ていた時間は短かったらしいがもう日が大分傾いている。風穴から見渡すと、社や村のあかりがポツポツと見えている。一番近く、森の入り口に灯る明かりを見つけた。
(あれはきっとゴート爺の家だ。とにかくあそこを目指そう)
今度は岩山の外をらせん状に何とか下れそうだった。もう一度像のほうをみたとき、さっきの光るものを思い出した。
(そうだ、あれはなんだったのだろう?)
海のほうを見ている像の頭側にぐるっともどり、前足の間を覗いてみた。
(これは、なんだろう? これもはじめてみたわ。でも、とっても綺麗……)
そこには金色の環状の小さなベルトのようなである。しかし一部が切れ、そこには鋭い八角の星のような飾りがついている。
(ゴート爺に聞いてみればわかるかも)
急いでそれを着物の懐に突っ込み、上から無くさないようにしっかりと両手で押さえた。
「じゃあね、今度はククサと一緒に来るから。」
くるりと踵をかえし、その場を後にした。
ゴート爺とユラの暮らしている家、というより小屋は神域の森の入り口近くにある。
彼はここで狩人をしつつ、森に許可なく誰かが立ち入ることのないように見張る役目をしているのだ。半端な茶毛の老猫ミシアと、ゴート爺以外の人間には慣れない警戒心の強い狼犬のティブロ、そしてみなしごの少年ユラと一緒にひっそりと暮らしていた。
彼自身の本当の歳は誰も知らないが、フサフサと波打つ豊かな髪と長年の森での生活に鍛え抜かれたたくましい体躯は高齢であることを全く感じさせない。
村の大人たちの中には彼を変人扱いするが、豪快な笑顔や低く深みのある声、そして何より色眼鏡をかけずそのままの自分を見てくれるこの狩人をアイノは好きだし信頼していた。
幼いころから周りの大人に未来の巫女として見られている重圧を日々感じて育ったアイノとククサにとって、同じ大人であるゴートの飾らない態度は新鮮で嬉しかった。二人で秘密の冒険をしようといっては森に遊びに来ていた。彼は二人の知らないこともたくさん知っていて、森に住んでいる動物や植物について面白おかしく教えてくれた。
(びっくりするかしらゴート爺)
前触れもなくアイノとククサが突然現れると、彼は驚いた顔はせずにいつも目じりに深い皴を寄せて大声で「いたずら小娘ども!」とガハハと笑うのだ。その笑顔を見るのが好きで二人は必ずゴート爺に会いに行くときは前もって予告をせず、ひょっこりと行くことにしていた。一度でいいから彼を驚かせてみたくて、家の中に隠れて出迎えてみたり、木の上から現れてみたりと、いろいろと試みたが今まで一度も成功したことはなかった。しかしさすがに今回森の奥から傷だらけで現れたアイノを見ればさすがの彼も驚くだろう。
(お腹すいたなぁ。夕御飯どうしたかしら。みんな私のことまだ探しているのかしら……)
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