消えた手がかり 4

 アレックは思わず、え、と訊き返した。よほど不機嫌な顔をしていたのか、ガットが慌てて続ける。

「だって、アレックだったら簡単なことでしょ? ミシェルが迷子になった時だって、すぐに見つけたじゃないか」

「あれは」

「だ、だから、その時みたいにやったら――だって、アレックは魔法が使えるんだから」

 ひじ掛けに預けていた頭を起こして、アレックはソファーに座った。すると途端にガットがおびえたように後ずさりをするので、これではすっかり毒気を抜かれてしまう。

 ひとつ息をついて、アレックは「いいかい」と努めて優しい物言いに変えた。

「魔法が使えるからってなんでもできるんだと思ったら大間違いだってこと、これから魔法を習うんだったらしっかり覚えておかなくちゃいけないよ。できないこともあるし、やってはいけないことだってある。それに、魔法使いだって人間なんだ。ガットもミシェルもあるだろう、得意なことと苦手なこと。それは魔法を使う人だって変わらない」

「アレックも?」

「あるよ。僕には、どこにいるかわからない人を瞬間的に見つける力はない。だから、何か別の方法がないか考えてる。例えば、ミシェルが迷子になったあの時は、ミシェルだったらどこに行くかな、何が好きで目移りする店はどこかな、って想像して考える。想像ができなかったら、そもそも魔法は使えないんだ」

 そう言って、二人の様子をうかがうと、ガットもミシェルも少し難しいような、残念といったような顔をしていた。

 ――これじゃただの、先生の二番煎じだな。

 自分で自分の話し方にうんざりしたアレックはひとつ咳ばらいをした。

「これで幻滅するようだったら、魔法を習うのは諦めたほうがいい」

「そんなのいや!」

 ミシェルはアレックの袖を引っ張った。

「ねえアレック兄さん、おねがい。わたし、アレック兄さんに魔法をおしえてもらいたいの」

「それは昨日、フローナにお願いするってことに決まっただろう」

「だから今日はガットといっしょに、早く帰ろうって思って帰ってきたのに、フローナいないんだもん」

「アレック、フローナ見なかった?」とガット。

 なんて切り替えの早い子どもたちだろうと呆れつつ、アレックはうんと伸びをした。

「知らないよ。悪いけど、疲れてるんだ。教わるならフローナから教わって。フローナの方が僕より上手だから」

「そんなのうそ! アレック兄さんの方がフローナよりずっとすごい魔法使いだって言ってた」

「……誰が?」

 訊くと、兄妹二人声をそろえて答える。

「フィリップさん」

 あいつ。

 アレックは心の中でフィリップを罵った。彼はクアラークの港町、マークに暮らす領主の子息だ。シャフネール家といえば国内では有名どころの貴族で、フィリップとは王城でも何度か顔を合わせたことがある。何と言っても彼の趣味が特殊で、独学で魔法の知識を得たというクアラークの珍しい魔法使いだった。

 アレックや他国の魔法使いから魔法に関する話を聞く姿は、さながら研究者のようで、背が高くさらりとした金髪を持つ色白の顔は端正なもの。ファッションセンスも抜群。いつでもどこでも女性の注目の的で、少し高慢な傾向があるものの、その見た目に合わず、臆病な性格を持っているので、アレックもどこか嫌いになれない。貴族にしては砕けた話し方をするのでフローナには会うたびに煙たがられているが、付き合いが短い割には何だかんだ言ってアレックとは仲が良かった。

「フィリップの言うことは信じないほうがいい」

 アレックが言うと、ガットが反発する。

「良い人だよ。ぼく、バッジをもらったんだ」

「バッジ?」

 これ、とガットがポケットから取り出した金色の記章を見た。それは、クアラークの王家に認められた貴族に授与されているはずの記章だった。あいつは何をやってるんだと思わずアレックも苦い顔をする。

「次に会ったら返しておきなさい」

「なんでよ!」

「ねえ、アレック兄さん!」

 ――そうだ、そもそもが自分の部屋で休まなかったことがいけないんだ。

 アレックはうんざりしながら天井を仰ぎ見て、それから目を閉じた。

「わかった! もうわかったから静かにしてくれ」

 仕方なくソファーから立ち上がって、物置部屋を物色したアレックは、そこから白い羽根を三枚持ってくると、ガットとミシェルにそれぞれひとつずつ手渡した。

「ガット、バッジはフィリップに必ず返しておきなさい。それはおまえが持ってちゃいけないやつなんだ。それから魔法の勉強は、本当はフローナに任せておきたいところなんだ。昨日、フローナにもちゃんと頼んでる。それでも今すぐやりたいと言うなら、その羽根を触らずに浮かせる練習から始めてみればいい」

 そう言うと、アレックはテーブルに羽根を置いて、手を離した瞬間にいとも簡単に天井まで舞い上がらせた。ゆっくり落ちてくる羽根を宙で静止させると、そこでふわふわと漂わせる。おそるおそるミシェルがつついてみても、アレックが浮遊の魔法をかけている限り、羽根は落ちることはなかった。

「呪文とか、ないの?」

 とガット。

「必要ないよ。そういうのはたいてい強い魔法の時だけ。集中して想像する。それができなければ魔法は使えない」

「どうやったらうまくできるの?」

 困ったようにミシェルが言う。

「心の中であがれって思いながらやってごらん。浮いているところをイメージするんだ」

 そうして今度こそ静かになった二人を視界の端で見守りながら、アレックは暖炉横の棚から、練り香の壺を持ってテーブルの隅に置いた。羊皮紙とペンを持って、昨日と同じように記号を殴り書く。





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