第7話

 コポコポと小気味いい音が耳に届きます。

 あれ以来私はすっかり紅茶が好きになりました。

 それにしても魔王は器用ですね。

 あんな高い位置からティーポットで小さなカップに紅茶を注ぐのですから。

 何でも空気を含ませると更に美味しくなるのだとか。


「今日はアールグレイだ」


「はわぁ~良い香りがする茶葉ですね」


 アールグレイと言う茶葉は今まで飲んだ茶葉の中で一番独特の香りです。

 心地良いほっこりする香りです。


「ミルクティーに良く合う」


「それは楽しみです!」


 私はすっかりミルクティーの虜です。

 レモンティーのさっぱりした味わいも良いのですが、ミルクのまろやかさが私を魅了してなりません。

 目の前におかれたティーカップの中にミルクを入れてスプーンでくるりとかき混ぜます。

 ミルクの白が紅茶に溶けて色が変わっていくのを見るのが楽しいです。


 コトン


 お皿が目の前に置かれました。

 其処には小さな赤い果実が山盛りに積まれて置かれた皿が。


「これは何ですか?」


「何時も焼き菓子では芸が無いからな。果実を取って来た。イチゴだ」


「イチゴ!これが噂のイチゴなのですね!?」


 真っ赤なツヤツヤなイチゴはルビーの様に綺麗です。


「甘いですか?」


「甘いぞ。だが少し酸味もある」


「知ってます!甘酸っぱいと言うやつですね!」


「リコリス…お前この数日で随分と知能指数が下がっておらぬか?いや、幼児帰りだなこれは……」


「失礼ですよ魔王!私は自分に素直に生きているだけです!」


「まぁ我にとっては都合よいが」


「それより私は早くイチゴが食べたいです!」


「あぁでは、ほら口を開け」


 魔王の言葉に従って口を開けます。

 そうすると魔王は小粒のイチゴを綺麗な指で掴み私の口の中に入れてくれます。

 口内のイチゴに歯を立てます。

 柔らかい果肉から果汁が溢れて口内に満たされます。

 はぅぅぅぅぅぅっ――――甘くって少しすっぱくて、美味しいです!!!

 見た目も可愛くてこの1粒で私はすっかりイチゴの虜となってしまいました。


「旨いか?」


「はい、美味しいです!!」


 はぅ、頬が蕩けて落ちそうです。

 何て幸せなんでしょうか。

 魔王が何時も作ってきてくれるお菓子も美味しいですがイチゴも負けないくらい美味しいです。


 ちなみに魔王が作ってくれた菓子の中で1番気に入っているのはマカロンです。

 あの可愛い見た目であの美味しさって反則じゃないですか?

 色んな色があって可愛いから食べるの勿体ないけど食べたら美味しい。

 色ごとに味が違うのもポイント高いです。

 本当可愛くて食べるの勿体ないのでせめてジッと見て記憶に焼き付けようとしたら魔王に笑われてしまいました。


「また作るから好きなだけ食べるが良い」


 何て無茶苦茶甘い声で言われたら遠慮せずに食べちゃうに決まっているじゃないですか!

 そして今日のイチゴ。

 これはマカロンに匹敵する美味しさです。

 私そう言えばちゃんと果実を食べたのは初めてですね。

 こうして魔王が私に会うのに飽きずに尋ねて来てくれるなら季節の果実ずっと食べれるのでしょうか?


「どうした?口が止まっているぞ?」


 魔王がジッ、と私を見ていました。

 それにしても綺麗な顔です。

 私もそれなりに外見には自信があったのですけど魔王の横に並ぶと流石に委縮しますね。

 魔王はそれくらい綺麗なのです。


「ちょっと考え事をしてしまいました」


「何を?」


「魔王が作ってくれたマカロンと同じくらい美味しいなぁ、と」


 その言葉に魔王は優しく微笑んでくれました。

 美形の微笑み。

 眼福です。

 そう言えばマカロンの辺りから魔王は私に手ずからお菓子を食べさせてくれるようになりました。


 ”あーん”の記憶には私には無かったので凄く嬉しかったです。

 お父様とお母様はよくしていた気がします。

 私は2人のそんな姿を見るのが好きなので自分からは強請った事は無かったですね。

 婚約者のコンジュ様とは”あーん”どころか手も繋いだこともありませんし。


 でも魔王に”あーん”されるのは嫌じゃ無いんですよね。

 むしろこんなに甘やかせてくれて嬉しいしか感想はありません。


「我が城に来れば食事も今より上等な物が食べれるのだぞ?」


「いえ、それはしません。私は魔王が持って来てくれるお菓子だけで十分幸せです。紅茶だって凄く美味しいですし魔王には感謝しかありません。これ以上はお世話になる訳にはいけませんから」


 魔王は事ある事に私を自分の城に来ないかと誘ってくれます。

 魔王と一緒に居るのは楽しいです。

 美味しいお菓子が無くても魔王と一緒に居るのは楽しいです。

 他愛無いお話しも、気まぐれで付き合ってくれる手合わせも。

 たまにしてくれる膝枕も全部全部大好きです。

 でもこれ以上は魔王には甘えないと私は自分を律しています。


 私は《武神》であることを捨てました。

 お父様も一族を引き連れて国を捨てました。

 クレーンカ一族はバンリウ国を見捨てたのです。

 それは我が一族が国民の命を見捨てたと言っても過言ではありません。

 だから私はこれ以上幸せになってはいけないのです。


 今でもこんなに幸せで、本当に泣きそうなくらい魔王は優しくて。

 私はその手を取りたくなりますがコレは私のケジメです。

 そんな私に飽きれずにこうして毎日会いに来てくれる魔王。

 私は魔王が塔に訪れてくれる度にこんな優しい友達を持てて本当に幸せだと心をポカポカさせています。


「これからも私の友達でいて下さいね魔王」


「我は友達如きにここまでせんぞ」


「そうですか!なら私は親友なのでしょうか!?」


 ドキドキして聞いてみます。

 魔王は何故か顔を手で覆い大きなため息をついて、


「暫くはそれで良いとしてやる」


 と優しい声で言ってくれたのでした。

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