Lycorislily

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「こ、こ・・・は・・・。」

「墓場だね。」

「墓場だよ☆」

絶句していると、目の前の光景をばっさり一言で説明したハーヴェイとノリがおかしい聖音。洞窟を抜けたその先は、なんと墓場だった。しかも俺がこんなんなのはただの墓場じゃないからだ。先が刺々しい枯れ木に包帯、黄色の電球がぐるぐる巻き。墓の周りに花でも供えてあるんならわかるけど、花筒と思われるところに棒付き飴が刺さっている。というか、頭蓋骨がたくさん転がっている。燃やせよ。墓があるんだから、ちゃんと埋めろよ!・・・と、まあ。一言でいえば、墓場。なんだが・・・そこだけかとなくハロウィン風であった。

「墓場だよ・・・じゃねーよ!俺たちの墓を掘りに来たのかゴルァ!!」

「なんでそうなるんだよオスカー。お前も疲れてるのか?」

話が飛びすぎだ。誰もそんなこと一言もいってないしそんな話にもなっていない。なあ、ハロウィンみたいになってるのには誰もつっこまないのか?

「あれ?でも墓場って確か・・・。」

こんなんじゃないよな、わかる。

「いや、なんでもない。」

そうか。ここはスルーが正しいのか。

「近くにある建物、オブジェ、似てる・・・。多分ここ、私の家があった場所かもしれない。」

えっ?思考がようやくまともに戻る。なんかそういう会話したような、しなかったような。会話の全ては覚えられない。でも、聖音の家があった場所がこの世界では墓場だの聞いたうろ覚えの記憶がある。ジェニファー、ハーヴェイと散々だったが墓場なんて極め付けもいいところ。

「家に帰るんじゃなく土に還るの?」

「誰が上手いことを言えと。」

ハーヴェイの軽い冗談に、つっこむにできなかったモヤモヤをかわりに晴らした。

「でも今は私がここに用があって行きたかったんじゃないの。ここでの用事はたいしたことじゃない。目的の場所はもう一つ向こう。」

前は帰りたがっていたが、今はただの偶然なんだろう。

「あっ・・・。」

聖音に続いておかしな墓場を歩いていると一つのお墓の前で立ち止まる。お墓には何か文字が彫ってある。崩し文字ではない、ちゃんと綺麗に角があって、でも読めない。見たことない字だ。この世界での文字だ、きっと。そしてこのお墓にだけは普通に花が備えてある。百合に似た、真っ白で大きい一輪の花。

「・・・・・・行こう。」

彼女がそういうなら、ついていこう。次に向かった場所は大きな樹にくっついている不思議な、小さな家だ。玄関に続く階段の裏に地面の色とカモフラージュされた板をずらす。

「玄関から入らないのか?」

「家の主以外は入れない・・・から、地下室から入りましょ。」

誰もいない人の家に勝手に入れないのは常識的に当たり前だけど、かといってこんな不法侵入みたいなことしてもいいのか?

「よいしょ。よいしょ・・・。」

薄暗い階段を慎重に降りていく。室内の明かりがひとりでにぱっとつくとそこは、石造りの小さな部屋。ライナスの時と違い、まだ生活感があった。机があり、大きな椅子があり、ベッドもあり、びっしりと詰まった本棚がたくさんある。地面には描いては消してを繰り返したあともある。丸が多いので、きっと魔法陣を描いてここで色々な魔法を使用したんだと想像する。扉が後二つある。勝手に開けるような真似はしない。・・・今は。

腕に抱えた仲間をベッドに置いた。こうもなったらびくともしない。放置したくないから連れてきたけど・・・。

「えっと、確か・・・こっち?こっちの扉?」

聖音がその扉のうちの一つを開けて中に入る。相変わらずさっきから、誰かに指示をもらいながら行動しているふうに、知らない場所をあたかも知っているかのように、その様を「聖音のおふざけ」でしているには見えない。

「・・・。」

中を見たい。ちょっとだけならいいか?

・・・いや、やめておこう。ふと、今日中の出来事を思い出したからだ。偶然とはいえ自分の体はもう少し大事にしたい。部屋の壁沿いで聖音が出てくるのを待つ。しばらくして出てきたが、女性をお姫様抱っこしていた。目は閉じている。白いドレス、独特に結んである亜麻色の髪、一切の汚れのない綺麗な肌。人なのにまるで人形のような本当に美しい女性だ。なんて、口には絶対に出さないけど。女性を寝かせると、机に置いてあったチョークで床に何かを描き始めた。ガリガリと石に擦れる音だけがする。出来上がったのはやはり魔法陣だ。次に椅子の近くにあった紫色の水晶玉を持ってきて、魔法陣の真ん中に立った聖音の足元に置いた。

「今から世紀のビッグイベントを始めるよー。」

真顔で、棒読みだ。

「ふざけてんのか?」

「魔女さんがいってるのをそのまま伝えてるだけだもん・・・。」

オスカーが睨むと聖音は恥ずかしそうに視線を落とす。

「そういや、名前は教えてくれないの?」

「うん。私もことあるごとに聞いてるんだけど、教えてくれなくって。」

ことあるごとに聞いてるのか。っていうか、わりとちゃんと会話できるんだ。

「・・・今から言うのを・・・続けて言う・・・えっ?言葉に出すな?えっ・・・。うん、わ、わかった・・・。」

一部は脳内で話しているため、聞いているこっちは途切れ途切れの会話しかわからない。さあ、今から世紀のなんとかがはじまるそうだ。離れたところで観賞しようじゃないか。


複雑な魔法陣の中、息を深く、静かに吸い込む。今までの聖音の雰囲気が一変した。数秒の沈黙の後、開いた口から出る声は小さくよく聞き取れなかった。

「わっ・・・。」

魔法陣が青く光り、部屋中がまぶしさに包まれた。天井の明かりなんてまるで、夜だと言うのに街が明るくて光が見えなくなる都会に浮かぶ星のよう。さっきよりは聞き取れるまで声が大きくなる。しかし、決まった単語を発しているのでもなく、発音が独特なのか、要は聞こえるだけでなにをいっているかはわからなかった!水晶が、白く光る。青い光は脈打つように僅かな点滅を繰り返す。何かすごいことが始まってるんだ、と感じる。

「・・・・・・。」

聖音の言っていたのは本当だったんだ。

人間には変わりないはずだけど。

これを見ると信じてしまう。

聖音の人となりをそこまで知っているわけではなかった。でも、今まで急に人が変わった風になったのも、そういうことだったんだろう。


しばらく眺めていると突然、部屋中が目も開けられないほどの光に支配された。でもそれもほんのわずかな間。光が全て消えていくと、そこには二人の女性が倒れていた。俺たちは、まだ何もせず待った方がいいのか?見るからに、ただ事ではない絵面なんだけど。

「んっ・・・。」

先に目を覚ましたのは、仰向けに綺麗に寝かされている方だった。薄い緑色の瞳が開く。ゆっくりと起き上がり、周りを見渡し、手を数回握って開いてを繰り返す。全ての行動が状況を把握するために行われているよう。

「・・・・・・うん、成功成功。」

途端に勢いよく立ち上がる。女性に問題はなさそうだが横向きに倒れている聖音はびくともしない。

「・・・聖音?」

女性は聖音を抱きかかえ、ベッドに寝かせた。

「生きているわ、気を失ってるだけよぉ。」

女性はにっこりと微笑む。そんな笑顔でいうような台詞ではない。

「さぁてさて・・・。」

すると、裾を指で摘み上げ優雅な仕草で会釈をした。

「改めてお初にお目にかかりますぅ~。私の名前はリコリスリリィ・スコット。「白亜の魔女」とか呼ばれてた、それなりに凄い人よぉ。よろしくね❤︎」

リコリスリリィ。聞いたことのある名前。

白亜の魔女、そして彼女は彼女でまた、別の意味で人を殺した報いを受けて死んだはずの魔女・・・。聞いた限り、俺の勝手なイメージではもっと近寄りがたい、悪く言えばマッドサイエンティストが放つような雰囲気をまとったとにかく危険人物を思い浮かべていた、のだが。

「んー人間の子供たち!話したいわぁとてもいろんなこと聞きたい!でも、今はあなた達が気になっていることに答えてあげる方が先よねぇ。ウフフ、いいわぁ。教えちゃう。」

ミュージカル俳優みたいに、朗らかで大きな声で、俺たちにぐっと満面の笑顔で近づいたと思いきやステップ踏んでくるくると回りだす。ついていけない。あぁ、最初は儚い感じの美人だったのに・・・。

「とっておきの紅茶がまだあるはずだから、それでも飲みながらお話ししましょう。」

すると、上からドンドンと音がして、ドアに穴が開いた。姿を現したのは・・・異形だった。なんと形容していいのかわからない。頭にはゴーグルのような何か。液晶画面になっていて、赤のバツが大きく表示されている。スラリとしたボディーをしたロボットのような、しかしながらいっちょまえに頭には花が飾ってあり、裾が広がるドレスを着ていた。次から次へと、一つのことに驚く余裕すらない。

「侵入者!侵入者!」

機械に録音されたみたいな声が響く。だが、リコリスの方を向くと、ピピピと音を鳴らして液晶画面は白のクエスチョンマークに変わった。

「ご、ご主人サマ・・・?死んだはずデハ?」

リコリスが頭をそっと撫でる。

「私がただで死ぬと思う?・・・早速だけど客人に紅茶とお菓子を用意して頂戴。」

「かしこまりマシタ!!!」

ロボットらしき何かは液晶画面に目の代わりの記号を表示させて、急いでどっか行ってしまった。

「あの子は見た目こそああだけど、とっても明るくていい子なのよ。それより・・・。」

指を鳴らす。さっき魔法陣があった場所にボンッという音と煙と共に丸テーブルと人数分の椅子が現れた。なんとも、魔女って感じだ・・・。みんなが座ると、リコリスはもう話したくて仕方がないと体がそわそわしているのがなんとなくわかる。

「気になっていそうなこと、疑問に思ってること、私が説明しなきゃいけないことを出来る限りで今からお話しするから、よかったら聞いて~。まずさっき何をしたか、よねー。」

こっちが何から聞きたいかは汲んでくれないみたい。

「ざっくり説明すると、私は意識だけの状態で聖音の中に閉じ込められていたの~。偶然とはいえ、この世界に戻れたし、不便だから、あの体から抜け出してここに隠してあった素体に移動したってわけ。」

全然ざっくりではないが、わかりやすく例えると憑依した、と捉えた。

「あなたは何者なの?なんで閉じ込められていたの?」

ハーヴェイが話に加わる。

「・・・私は死んだの。でも、君たち、生まれ変わりとか転生って信じる?」

「漫画やアニメでよく見る。」

ハーヴェイは即答した。

「聖音はあなたの生まれ変わりってことですか?」

「敬語なんか使わないで。・・・死んだと思った私の意識は一人の赤ちゃんの誕生と同時にその中で目覚めた。すぐにわかったわ。そこは人間の住む世界で、私は人間に生まれ変わったんだって。でも違った。」

先ほどのロボットが紅茶とお菓子が乗った皿を並べた。白い陶磁器のカップからどこか懐かしい香りが漂う。・・・水色だけど。お菓子はジンジャーブレッドだった。オスカーは紅茶を無視してお菓子を頬張った。

「聖音の意識は別にある。そして私の意識もまた別にある。お互いに干渉もできない。聖音は多分、私に気付いてすらいなかった。」

わかるような、わからないような。一つの体に二人分の意識があるのは二重人格とはまた別の扱いになるのか?

「例えるなら、ロボットに乗ったけど勝手に動いて操縦できないみたいな。」

想像力をめぐらす。聖音はロボットだ。そして操縦者が彼女。動いてと命令しても聞こえず、操作もできない。自由に動くそれに何もできないままコックピットに乗って、ただロボットが見ている景色を傍観することしかできない。ロボットだから自分の中に誰かがいるなんて感覚もないんだろう。だとしたら、なんて残酷なんだ。それならまだ転生の方がいい。肉体に宿るのは自分の意識なのだから、体を動かすのも自分。他人の体という檻に閉じ込められていたのか。誰にも見えない、聞こえない、表に出ることのできない意識だけの存在・・・。

「でも悪くなかったわ!だって人間の視点で人間観察できるものね!あぁ、感覚を共有できたらもっと良かったのに!」

さっきまで感じていた俺の切なさや諸々を返せ。ハーヴェイは紅茶を飲み干していたしオスカーに至っては寝ている。

「・・・・・・。」

あまりに食欲を削ぎ落とす色をしている液体を目を閉じて口に流し込む。味は普通にミルクティーで、ぜひそのままの情報を脳に送りたかったので目は開けずにそのまま一気に飲み干した。

「・・・でもね、おかしなことにね~。この世界に戻ってから干渉できるようになったの。私の声は届く、私の記憶が流れる。簡単な魔法なら使えたし、なにより体を一時的にのっとることができた。」

さっきから話しっぱなしのリコリスがようやく紅茶に手をつけた。

「さっき聖音が言ってたのって・・・。」

「そういうことー。」

自分の身の上話をする時でさえどこか他人事のようだった彼女の雰囲気が変わる。大切な人を想う、悲しそうな帯びた表情だった。

「・・・あの子に私の事情は関係ないわ。だから早く出て行ってあげたかったの。それまで死なせたくなかったから、色々と手を貸していたのよ。」

とだけいうとまたすぐにさっきの雰囲気に戻った。

「あとー、人間の体じゃあ、やっぱりできることってどうしても限られちゃうのよね~。この体は、私に何かあったときのために用意した私のための全く新しいオリジナル。」

どこか誇らしげに語る彼女は見た目年齢には不相応なほど子供っぽい。

「完全な力を取り戻して遠慮なく魔法をぶっ放せるスーパー色白美人魔女に復活よ⭐︎」

目まぐるしく、ころころと態度が忙しなく変わる。もしかすると、聖音がたまにここじゃないという時にふざけたりしていたのって・・・。

「私がいれば心配ご無用。並大抵の魔物じゃ、私は倒せない。これ、決してフラグじゃないからねん?」

と、身を乗り出してぐいっと自信に満ちた真剣な顔を近づける。そりゃあ、本来の力を発揮できるようになった魔女とやらは、人間の体を借りていたがゆえに力を制限されていたのと比べたら違うと思う。

「俺たちにメリットがないじゃん。」

「えっ?」

辛辣に言い放つハーヴェイ。とぼけたような顔のリコリス。俺はきっと気まずいといった顔をしていた。

「だから、リコリスさんが魔女に戻ったからといって俺たちにメリットがないって事。聖音はただの人間になっちゃったし・・・。おまけにスージー達もああなったし。」

指差した先。仰向けで気を失っている聖音の足元に置かれたバラバラの二人分の体。心強い味方もいなくなって一気に無力と化してしまったのだ。聖音だって、魔女の知恵を借りて実行していた頃はとても頼りになっていたし・・・。

「あの二人は私が直すわ。で、なんでメリットがないの?」

「いや、あの、だから・・・。」

話が通じない相手にハーヴェイもどぎまぎしている。見ているこっちも圧を感じた。

「私みたいなつよつよの魔女が味方なら怖いもの無しよ?」

ん?味方?まあ敵ではなさそうだけども。

「言ったじゃない。あ、言ってはないかも。私は人間が大好きだもの!私は人間の味方よ!」

言ってない言ってない。そんな雰囲気は醸し出していたけどおそらくは一言もいっていない。

「その顔、信じてないわねぇ。色々あったものねぇ、無理もないわ。」

聖音を通して今まで見てきたのなら、俺たちか連続で裏切られたのも当然知っているはず。

「うーん、あんな事こんな事のあとだから余計に信じられないのはわかるけどぉ・・・。どうやったら信じてもらえるのかも、わっかんないなぁ。」

身を引いて、深く椅子に腰をかけて深いため息をつく。申し訳ない気持ちはあるが、こっちも散々気持ちを委ねた挙句に裏切られてきたんだ。そう簡単に信じたくても信じられない。

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