第2話 ラズベリーケーキはいかが
僕は病院にいる。
詳しく話さねばならない。
28日前
「書くよりは産むが易し」
本文
ending
その後
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[ラズベリーケーキはいかが?]
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「今の気持ちを誰に伝えたいですか?」
僕は緊張の中ぼやけた世界にいた。
授賞式だ。
僕が書いた小説が飛ぶように売れ、こうなった訳だが、僕の方に自覚がついてくるのに時間がかかっている。
「今の気持ちを誰に伝えたいですか?」
「ス‥スタローンに」
「シルベスタースタローンさんに。」
口をついて出てきたのは、尊敬する映画俳優の名だった。
間違った訳じゃない。間違った訳じゃないけれど、そう答えてしまったものはそうなのだ。
琴音が不審な動きをするのはそのころからだった。今思えばかわいらしいのだが。僕らは一ヶ月程苦しむこととなる。
概要を話そう。
授賞式を終えて3日程後、日記があるのでその写しをここに記す。
10月3日
琴音が遊びにきた。執筆中だったので居間で好きなDVDでも観てるといいよと言ったら、黙って家を出ていく。
戻ってきた。戻ってきたと思ったら書斎のドアを「バァアアアアン」と開けて、(口で言ってる)DVD借りてきたと一言。一緒に観ると言って聞かない。
で、何のDVDかと言うと
「バトル・フィールド・アース」
一緒に観たのだが‥一緒に観たのだが‥二人して終始沈黙が時間を押しつぶした。
10月10日
琴音が遊びにくる。
「ユニバーサルスタジオジャパンに行きたい?
それともアフガンに行きたい?」
「アフガンには一度は行ってみたいね。遺跡とか。バーミヤン渓谷。」
琴音はすごく不機嫌そうに
「バーミヤン行こうよ、バーミヤン」
中華料理チェーン店バーミヤンにて夕食。
帰り道、DVDを借りる。
僕は「アメリ」
琴音は「ウォーターワールド」
この頃から僕は琴音を疑いはじめる。
それからの一ヶ月間のこと
僕らが観たDVDを羅列しよう。
「バトルフィールドアース」
「アメリ」
「ウォーターワールド」
「ハドソンホーク」
「ポストマン」
「ワイルドワイルドウェスト」
「バトルシップ」
以上。
僕が借りた「アメリ」以外が皆ラジー賞。
僕の疑いは確信へと変わる。
ちょうど琴音の誕生日が11月2日だったので。何か怒らせてしまったのか、謝りついでにケーキを買って家で待ち合わせ。
「季節のフルーツタルト」
奮発した。
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「スタローンの誕生日忘れてなかったんだ。」
琴音の第一声
僕の頭は思考を停止した。
(えっ、スタローンの誕生日って今日だっけ!?)
(スタローンスタローン…僕がそれを耳にしたのも口にしたのも授賞式以外考えられない。)
(「やっちまったなぁ」と、どこかのお笑い芸人を思いだした。)
「スタ…スタローンさんですか?」
僕は生まれ落ちたガゼルが必死に立とうとするように質問した。
「そう。わたしのおかげで小説が売れたでしょ。わ・た・しに気持ちを伝えるべきでしょ」
これが僕ら二人の一ヶ月間を超える苦しみのあらましです。
琴音が何を思い、僕が何を思い、過ごした一か月かおわかりいただけたでしょうか?
理解とは常に誤解の総体に過ぎない
西方等 エッセイ11月号「ラズベリーケーキはいかが」より
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