第138話 やはり無能


 死者の鏡の間に一人残ったマリンは、目を瞑り静かに佇む。

 そして目を開けると、苛立たし気に呟いた。


「逃げ足が速い。信者達では触れることすら出来ませんか」


 マリンは信者達の視界を覗き見て、勇者一行を補足していた。


 信者達に囲まれては逃げることも叶わない。そう考えていたが、思った以上にちょこまかと動き、逃げ続けている。


 さすがに【勇者】とその仲間達、ということだろうか。

 自分の見積もりが甘かったことを察し、マリンは悩んだ顔を見せる。


「それに、アメリアさんの動きも鈍いようですし……」


 誤算だったのが、【賢者】の少女だ。


 あの少女の力があれば、あっけなく殺せてもおかしくないと考えていたが、本人が無意識に抵抗しているのか動きが鈍い。


 信者の目が有る以上、このままでも逃がすことはないだろうが、殺すのも時間がかかるだろう。体力切れを待つまで追い回せばいずれ動きも鈍るだろうが……。


「さすがにそれは面倒ですね。それに、万が一もある」

 

 身のこなしを見て確信したが、決して侮っていい連中ではない。


 実力的に言えば、かつての戦乱の時代、そこで生きた戦士達に劣らぬ……いや、上回る力がある。


 逃げられはしないとは思うが、自分の思わぬ方法で包囲網を抜け出してくるかもしれない。

 外に出て面倒になる前に、なんとしてもここで仕留めなければならない。


「バラバラになってくれたのは好都合かもしれませんね」


 当初は鬱陶しいことをとも思ったが、見方を変えれば戦力を分断できた、とも捉えられる。

 なら、あとは一当てして確実に仕留めていいだけの話。


「……仕方ありませんね。私一人では手に余る。ここで力を消耗するのは惜しいですが、背に腹は代えられません」


 そう言って、マリンは杖を掲げる。すると、杖はまた怪しい光を放ち始めた。

 アメリアや信者を操る時と同じ光。だが、それ以上に禍々しく色を深める。


「起きなさい。かつて我が王に共に仕えた騎士達よ。死より蘇り、今再び、王の為にその剣を振るうのです」


 その言葉と共に、マリンの眼前に四つの闇が生まれた。

 そして、闇の中から鎧を纏った骸骨が現れる。


 その骸骨騎士たちは、マリンの前で棒立ちしていた。まるで意思の宿らぬ人形のようだったが、一体の騎士がハッと顔を上げると、途端に人間臭くなる。


「ぬぅ、これは一体……」

「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

「貴様は……マリン! これは一体どういうことだ! 私は死んだはずでは!」


 その騎士が動き出したのを皮切りに、残りの騎士も動きだす。そして周りを観察し、口々に言い始めた。


「ああ、マリン殿。お久しぶりですね。しかしこれはどういうことでしょう。なぜ私が生きているので?」

「バカか貴様は。周りを見てみろ。誰も生きてなどおらん。我らは既に死人だ」


「死人? 死人とは一体……ぬおっ!? 貴様ら、なんだその顔は!? その身体は!? 骨! アンデッドになってるぞ!」


「相変わらずお前は変らないな、ヴェイ。まず自分の身体で気づけ」


「自分……自分? ぬおっ!? 私も骨になってる!? なぜ!? なんで!? 私の鍛えた肉はどこへ!?」


「相変わらず煩い奴だ。私に聞かれても知らん。だが、どうせそこの胡散臭い詐欺師の仕業だろう」


「貴方も変わりませんね、アグニ。人のことを胡散臭いだなんて」


「事実だろう。貴様の性質も、使う力も」


 他の騎士と比べて頭部も体も細長く、皮肉気な騎士の言葉を、マリンは笑って受け入れる。


 この悪態すら懐かしいと、マリンは喜びさえ感じていた。

 そんなマリンの感慨すらどうでもいいというように、その騎士は先を促す。


「して、これはどういうことだ? 死んだ我らを復活させるなど、ただ事ではあるまい」

「おう、その通りだ! そして蘇らすにしてもなぜ肉がないのだ! 説明してもらおう!」

「そこはどうでもよいだろうが……」


 一際大柄な骸骨に、それよりも一回り小さい騎士が呆れたように肩を竦める。

 久しぶりのやり取りに、マリンは肩を揺らして笑った。


「ええ、もちろんちゃんとお伝えしますよ。実は、あなた方が死した後、陛下がお隠れなさいまして──」


 そしてマリンは語った。

 その目的、行動、現在の状況を全て。

 それら全てを聞き、反応は大きく二つに分かれた。


「なんと……! 陛下を神へと押し上げようとは、さすがマリン! 陛下を支える魔導師だけはある!」

「同感です。その忠心、陛下もお喜びになるでしょう」


 美しい鎧を纏った騎士と、紳士的な騎士は、マリンの忠義を賞賛した。

 しかし、


「数百年の時を生き続け、死した者を蘇らせようとは、相変わらずの狂信ぶりだな。すでに終わったことなら、終わらせたままにすればいいものを、愚かな」


「そうであるな。というか、陛下はむしろ眠っていただいたままの方が平和なのではないか? ましてや、【亜神】などになられては今度こそ止められなくなるぞ。大陸全ての命が滅びかねん」


 皮肉気な騎士は真っ向からマリンを責める、大柄な騎士は首を傾げながらそれに賛同する。

 同じ臣下にも関わらず、態度がまるで違うのは面白くさえあった。


 美しい鎧の騎士が、そんな二人に怒りを見せる。


「貴様ら……! マリン殿の忠義を乏しめるばかりか、陛下にまで!」

「スロウ。よいのです。かつては陛下も笑っていたでしょう。この二人はこれでよいのですよ」


「しかしだな、マリン殿! このような態度では、我らの邪魔をするかもしれんだろう!」

「そうですね。計画に気が乗らないのはよいにしても、邪魔をされるのは困ります」


 スロウと呼ばれた騎士のまっとうな意見に、紳士的な騎士も賛同する。

 しかし、ヴェイと呼ばれた大柄な騎士は、憤慨して言った。


「見くびるな! たとえ本意ではなかろうが、既に我は王の騎士として下った身! たとえ死しても騎士としての本分は全うする!」

「そもそも、逆らうことなど出来ぬだろう。そこの男が何の対策もせず、我らを蘇らせると思えん」


 皮肉気な騎士アグニが、不機嫌そうな声音で言う。

 それに、クツクツとマリンは笑った。


「ええ。今の私とあなた方の関係は、主従に当たります。私が命ずる以上、あなた方は私には逆らえません。嫌でも戦ってもらいますよ」

「やはりな。相変わらず性根の腐った奴だ。ならばさっさと命ずればいいものを」


「形式上は主従とはいえ、かつての同僚なのですから。命令ではなく、自発的に協力してほしいという私の想いが伝わりませんか?」

「王以外の全てを塵としか思ってない身でよく言えたものだ」


 アグニの言葉にも、マリンは怪しく笑うだけだった。

 この男の笑みが、アグニは昔から嫌いだった。


 口ではなんと言いながら、結局のところ、こいつは王以外の存在を駒としか見ていない。

 

「協力してくれませんか? できれば命令などしたくないのですが」

「ふん、逆らう気はない。どうせ結果は同じなのだ。意思まで支配されるくらいなら、自分で動く」


 マリンは満足そうに頷き、騎士たちを見回す。


「陛下の為に使うはずだった信仰の力を使い、あなた方を蘇らせました。まぁ、少しでも消耗を減らす為に、肉体の再現までは叶いませんでしたが」


「ぬぅ……それで私の肉がないのか」


「すみませんね。ですがその代わり、強さはかつてと同等以上になっているはずです」


 落ち込むヴェイに、マリンは続ける。


「肉体の再現に手を抜いた分、強さの再現にはこだわりましたから。骨だけの身といえど、その身体に纏った信仰の力を変換し、生前以上の身体能力を再現してくれるはずです。

 そしてなにより、信仰の力を使って蘇ったことで、新たな能力に目覚めている者もいるはず。

 感じませんか? 自分の身に宿った新しい力を」


 言われ、騎士達は思い思いに己の身体に意識を向ける。

 そして、アグニはフンと鼻を鳴らすような仕草をした。


「なるほどな。確かに分かる。自分に何が出来るのかが」

「ええ。これは確かに素晴らしい力です」

「私は……裏返っておるな。むぅ、我が神に申し訳ないような」

「おい、私は何も感じないのだが?」


 最後に言ったスロウに、三騎士の目が集まった。

 少しだけうろたえたように、スロウは言った。


「な、なんだ?」


「無能」

「なんという体たらく。本当に我らと同じ騎士ですか?」

「生前に散々調子に乗っていたから報いが来たのだ」


「は……はぁ!? 誰が無能……いや、べつに調子にのったことなんかない!」


 懐かしいやり取りに肩を揺らし、マリンは言った。


「スロウ。あなたの場合は特別な力は要りません。その分、身体能力の強化に回しました。あなたはそれで十分でしょう?」

「むっ。なるほど、そういうことか。それならまぁ……」


「つまり手を抜かれたという訳だな」

「一番どうでもよかったということですね」

「やはり無能」


「はっ……はぁ!? いや待て! それは聞き捨てならんぞ! 無能と言うなら介護を受ける貴様らこそ──」


 再び始まる騎士達の掛け合いに、またマリンは笑っていた。


 懐かしく、そして頼もしい。かつても、普段はこのように面白おかしく騒ぎ、戦場においては王以上に数多の命を散らしてきたのだ。


 この騎士達ならば、問題なく逃げ回るネズミを仕留めてくれるだろう。


「では、行きましょうか。王の騎士達よ。王の復活を拒む愚か者を仕留めるのです」




 ♦   ♦




「ああっ、怖いなぁ。まさか一人っきりになるなんて……」


 バラバラになったあと、ネコタはなんとか操られた住人を振り切り、逃げ続けていた。


 その時は必死だったが、こうして安全になると寂しさが湧いてくる。

 それを押さえつけ、なんとか前向きにいこうとするが、やるべきことを思い出して難しい顔をした。


「一人でもいいから、マリンさんの杖を破壊しろって言われてもな……」


 やはり、一人では無茶なミッションだと思う。

 怖気づいたという訳ではなく、現実的に考えて出来る気がしない。


「そう、寂しくて誰かと一緒に居たいわけじゃないんだ。せめてあと一人くらいは誰かが居ないと、出来る訳がない。バラバラになったのはアメリアさんに殺されないようにするためだし……うん、決めた。誰かと合流して、一緒にマリンさんを──」


「デェリャアアアアアア!!!!」


 ぶつぶつとこれからの予定を立てていた時、ネコタの死角から雄たけびを上げて剣を振りかぶってきた者がいた。


 気配を感じた瞬間、ネコタは咄嗟にその場から離れる。その数瞬後、凄まじい速度で振られた剣が地面を叩きつけた。


 直接叩かれた地面は陥没し、剣圧によって数メートルほど剣の後が刻まれる。


 いきなり襲い掛かってきた剛剣の使い手に、ネコタは背筋を凍らせた。そして改めて襲い掛かってきた者を目にし、顔を青ざめさせる。


「ぬぅ、私の一撃をあっさりと避けるとは! 若いのにやるな、少年!」

「声を上げなければ仕留めていただろう。貴様はまず不意を打つという意味を学べ」


 大柄な骸骨騎士と、美しい鎧の骸骨騎士が、ネコタの前に現れた。

 そして、同じ頃、他の場所でも似たようなことが起きていた。




「奇遇ですね。貴方も弓使いですか。ただの駆除のつもりでしたが、親近感がわきます」

「……参ったね。まさかこんな桁違いな奴が来るとは」


 ラッシュの元には、紳士的な騎士が。






「私の相手は雌猿か。まぁ、妥当ではあるか」

「ああっ? なんだテメェ……」


 ジーナの元には、皮肉気な騎士が。





「エドガー、やっと追いついたよ。さぁ、死んでトトに謝ろう? ねっ?」

「あわわわっ、アメリアッ……!」

「だだだっ、大丈夫です! エドガー様は、わっわわわわっ、私が守りまままっ」


 ガクブルと震えるエドガーとフィーリアの元には、アメリアが。




 ほぼ同時刻、異なる場所にて。

 勇者の仲間達は、それぞれ強敵との戦闘が始まろうとしていた。

 

 なお、約二名は闘争ではなく、逃走の続行である。







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