第135話 今からでも謝ってくれてもいいんだよ

「本当に、予定外のことばかりですよ……」


 うんざりしたような顔で、マリンは杖を一振り。すると、鏡に映った師匠が波紋に揺れ、消えていった。


 今までに見なかったような表情とその行動を見て、おいおいとラッシュは呆れたような声を出す。


「ジーナがまたやらかしたと思ったら……まさか本当に偽物だっていうんじゃないだろうな? 冗談にしては笑えんぞ」


「バカかお前。冗談で殺されかけてたまるか。なぁ?」


「ふふっ、そうですね。さすがに冗談で人を殺そうとはしませんよ」


 笑いながら、マリンは肯定した。

 そんなマリンに震えながら、ネコタは尋ねる。


「こ、殺そうとしたって、何で……」

「何でと言われましても、秘密が漏れそうになったのなら、殺して口封じをするのは当然でしょう?」


 ネコタの問いに、マリンは不思議そうにしながら答えた。

 その反応に、ぞっとしたような寒気が背筋に走る。

 

 これまでの優しそうな姿が嘘だったような反応。狂気的な態度。

 偽っていたのは道具だけではないらしいと、誰もが悟った。


「逆転無罪キタァアアアアアアアアアア!!!!」


 そしてウサギさんは大喜びだった。


 腕をブンブンと振り上げ、喜びを隠しきれないのか、ステップまで踏んでいる。みっともないくらいのはしゃぎようだった。


「どうよ!? 見たかよおい!? 俺は最初から怪しいと思ってたんだよ! なんなら今からでも謝ってくれてもいいんだよ!? うん!?」

「お前、少し黙れ」


 バッサリとエドガーを切り捨て、ラッシュはマリンに尋ねた。


「秘密を守る、ね。ってことは、その鏡が偽物だってことをアンタは認めるってわけだ」

「ええ、その通りですね。これは【死者の鏡】ではありません」


 マリンは頷き、鏡に大事そうに撫でて、続ける。


「これは本当に死者を呼び出すのではなく、鏡を覗いた人物の記憶を読み取り、その人物が会いたいと望んだ相手を再現するものです。亡くなった人に会いたいと望めば、亡くなった当時のままの人物が映し出される、ということですね」


「……じゃあ、私が話したトトは」


「本人ではなく、貴方の記憶が作り出した偽物、ということですね。でも、そう悪い物でもなかったでしょう? 仮初とはいえ、二度と会えないはずの人に会えて、話しまで出来たのですから」


「──ッ! よくもそんなことを……!」

「待て、アメリア」


 今にも掴みかかっていきそうなアメリアをラッシュが止める。

 それを見て、クツクツとマリンは笑った。


「そう怒らないでもいいじゃないですか。実際、貴方もあの少年と話せて嬉しかったでしょう?」

「ッ!! 嬉しいわけないでしょう! 偽物の言葉なんて、少しも!」


「本当にそうでしょうか? 

この鏡は覗いた人の記憶、思考、望みを読み取ります。

あの時の少年が話したことは、貴方がこうではないかと考えていたこと。こうあってほしいと考えたことでもある訳です。

 つまり、あの時の少年の言葉は、貴方が本当に聞きたかった言葉だということです」


 マリンは、見透かしたように話す。


「貴方は、少年に許されたかった、ということですね。

 良かったじゃないですか。あなたの望み通り、彼は許してくれましたよ。偽物とはいえ、あなたの幸せを願って、ね」


「お前……ッ!!」


 ざわっ、と。


 アメリアの感情に魔力が反応し、その余波で髪が揺れる。

 途轍もない怒りが伝わってくる。にも関わらず、マリンは気にした様子を見せず、鏡を撫でた。


「しかし、本人の記憶と望みを読み取り人格を再現することには長けていますが、隠された意図を読み取ることは出来ないということが、この鏡の欠点ですね。

 そのせいで、低能な人でもその気になれば裏をかくことが出来る」


「言ってくれるじゃねぇか。その低能の罠を見抜けも出来なかったくせによ」


 ピクリ、とこめかみをひくつかせるジーナに、マリンは嘆息する。

 そんなマリンの姿に、フンと鼻息を鳴らしエドガーは言った。


「こいつがバカかどうかなんてことは今さらだ、どうでもいい。

 そんなことより、お前が何者かってことの方がよっぽど重要だ。鏡は偽物ってんなら、テメェが神官だってのも嘘だろ?

 死の神に仕える神官だっていうなら、こんな死を冒涜するような道具を使う訳ねぇもんな」


「心外ですねぇ。私は確かに神官風情ではありませんが、その役割を担っていたのは本当の事ですよ?」


 不愉快そうに、マリンは続けた。


「永遠の別離に苦しむ人を、鏡を使って哀しみを癒し、言葉を持って慰めてあげたのですから。ほら、まさに神官として相応しい姿でしょう? どこに責められる要素がありますか?」


 本気でそう言い放つマリンに、不快感が湧く。

 厳しい眼差しを向けられ、またマリンは溜息を吐いた。


「結果的には大勢の心を救ってきたというのに、この仕打ちですか。さすがの私も傷つきますね」


「それが本物で、本心からの行動だったなら、素直に尊敬できるんだがな。それで、お前は何が目的でこんな真似をしている?

 こんな大それた鏡まで使ってたんだ。まさか本当に神官の真似事がしたかった訳じゃあるまい?」


「ええ、もちろん。そう慌てなくても、ちゃんと話して差しあげますよ」


 ラッシュの問いに、マリンは笑って続けた。


「簡単に言えば、私の悲願を叶える為、ですね。その為には、ここで神官として動いた方が都合が良かったのです」


「ほう、それじゃあその悲願ってのは?」


「それはもちろん、私の大事なお方を取り戻すことです」


 意外な答えに、一瞬、呆気に取られる。

 キョトンとしながら、フィーリアが思わず呟いた。


「取り戻す……え? 取り戻すって言いました?」

「ええ、そうですよ。エルフのお嬢さん」


「何か悪いことを企んでいるとか、この神殿で権力を握るためにとか、ではなくて?」

「はははっ、そんな俗的なことに興味はありません。私はいつでも、あの方の為に生きています。それ以外は全てどうでもよいので」


 コロコロと笑うマリンは、嘘を吐いているようには見えない。

 取り戻すというからには、その大切な人が攫われたか、監禁でもされているのか。

 それならば、仕方ないのかと思わなくもないが……。


 迷いを見せるフィーリアに、エドガーはビシリと言った。


「アホ。騙されんな。取り戻すとは言っているが、それがまともな人間だとは限らんだろうが」

「あっ。そ、そうですよねっ」


「つくづく無礼なウサギですね。あの方はこの世で最も崇高な方です。そのような扱いをされる方ではありません」

「そうかい。それならそいつが誰か、教えてくれるか? そこまで言うからには大層立派な奴なんだろうな?」


 皮肉っぽく言うエドガーに、マリンは迷わず頷く。


「ええ、もちろん。私が取り戻そうとしているあのお方。それは、偉大なるシーザー陛下です」

「シーザーって……」


 ネコタの漏らした声が、広間に響く。

 それは、ここに来て何度か聞いた名だ。


「ジーナさんが言っていた、戦狂いの王様ですよね。え、いや、でも……」

「何バカなこと言ってんだ? 取り戻すも何も、そいつはとっくに死んでんじゃねぇか!」

「ええ。ですから、冥府より陛下を取り戻す。それが私の悲願なのですよ」


 苛立ったように言うジーナに、マリンは笑って頷いた。

 その自然な態度に、逆に呆気に取られる。

 冥府から取り戻す。それはつまり、


「“死者の蘇生”ってことか。なるほど、ありふれてはいるが、禁忌中の禁忌じゃねぇか。それならこんな真似をする理由にはなるか」


「い、いやでもっ! なんでよりにもよってそんな人を!? さっきの話を聞く限り、蘇らせちゃいけない人じゃないですか!」


 納得したように頷くラッシュに対し、ネコタはますます混乱した。

 とてもではないが、メリットがあるようには見えない。


「人を殺すことに夢中になった王様でしょう? 百害あって一利なし、ですよ! 蘇らせる意味なんてないでしょう!?」


「当代の勇者は人の心が分からぬ方なのですね。他人がどう言おうと、私にとっては崇高な方なのですよ、シーザー陛下は。あの方を蘇らせるために、私は数百年も生き続けているというのに」


「いや、それにしたって限度がっ……数百年?」


 反論しようとするネコタだったが、聞き逃せぬ言葉を耳にして、ポカンとした顔を見せる。

 それに、マリンは楽し気にしながら言った。


「はい。私は当時、かの王に仕えた臣下の一人です。ですがこうして、恥知らずにもおめおめと生き延び、再び陛下と会える日を夢見ているのですよ」


「数百年って……そんな風には……」


 マリンの若々しい姿に、ネコタは言葉を失う。

 フンと、ジーナは鼻を鳴らした。


「なるほど。テメェもジジイと同じってわけか」


「私は魔導を極めた結果、死を克服した形ですがね。

【仙人】の話は噂程度に聞いたことはありましたが、同じ時代に実在するとは思っていませんでした。

 まさか同じような存在のせいで、このようにして秘密が暴かれるとは、皮肉なものです」


 立て続けに不老を成し遂げた人物と会うという奇跡に、エドガー達は呆れすら感じていた。

 疲れを吐き出すように、エドガーが息を吐く。


「不老に至れる偉大な魔導師なんざ、歴史上でも数えられる程度だろうに。碌でもない王を蘇らせるためにこんなことをするかよ」


「それだけの価値がある御方だということです。それに、少し才能があれば不老に至るのはそう難しいことではありませんよ。そこのアメリアさんも、その気になればいずれ至るでしょう」


「……くだらない。わざわざなろうとなんてしないよ」


「そうですか。もったいないですね。便利なのに。

 しかし、それほどの腕を積み上げても、人を蘇らせるのは容易ではありません。ですからこうして、苦労を重ねている訳です。

 ああ。だからこそ、私は今まで神官の真似事がやれたのかもしれませんね。

 亡くなった人を惜しむという立場は、私もこの神殿に訪れた信徒たちと同じですから。ひょっとしたら、彼らにシンパシーを感じていたのかもしれません」


「──ッ! お前と一緒にするなっ!!!!」


 アメリアから怒気を叩きつけられても、マリンはやはり愉快そうに笑う。それが煽っているように見えて、アメリアをさらに苛立たせる。


 今にも飛び出していきそうなアメリアを押さえ、ラッシュは尋ねた。


「アンタの目的は分かった。察するに、その鏡がその王様を生き返らせるための道具ってわけか」

「ああ、話が早くて助かりますね」


 マリンは嬉しそうに頷く。


「死者蘇生は禁忌の一つであり、かなりの難易度を誇ります。死後間もないならばともかく、数百年もの時が過ぎてしまうともなれば、なおさら。

 それは私といえど変わりません。なので、陛下の蘇生には一工夫入れることにしました」


「一工夫だぁ? ただ蘇らすだけじゃダメなのかよ?」


「ええ。それほどの労力がかかるのに、ただ蘇らすだけでは芸がない。どうせなら、陛下にはより完全な御姿でこの世に戻って頂きたいので」


 怪訝な表情を浮かべるジーナに、マリンは逆に問いかける。


「ところで、皆さんは神々の力、その源が何処から来るのかを知っていますか?」

「えっ? 神様、ですか? どこからと言われても、神様なんだから、もともと凄い存在じゃ……」


 思いつかず悩むネコタ。

 そんな彼を横目に、エドガーは面白くなさそうに答える。


「──信仰、だろ?

 神々は人々の信仰をそのまま力に変えることが出来る。だからこそ、これはと見込んだ者に【加護】や【祝福】を与える。その結果、その者が活躍して広く知られれば、それだけ自分への信仰が強まるからな。

 神々が自分の司る領分を明確に定め、縄張り意識を強く持っているのもそのためだ。信仰の取り合いになったら、神同士での争いになるからな。あえて明確に分けて、仲間内での争いを避けている」


 スラスラと答えたエドガーに、マリンは意外そうな目を向けた。


「これは驚きました。獸風情と思いきや、なかなかどうして。随分と博識でいらっしゃる」

「へっ。最初から見くびられてたんじゃ、別に褒められても嬉しかねぇわ」


「ふふっ。これは素直に褒めているのですから、喜んでもよろしいと思いますが。

 さて。ウサギさんの仰る通り、神々の力は信仰が源です。逆に言えば、信仰の力を利用できれば、神々と同じ力を持つことが出来るということになります」


「同じ力を……それって……!」


 ぎょっとした顔で、フィーリアは言う。


「ま、まさか、【亜神】化を狙って起こそうとしているということですか!? 【聖獣】でもなんでもないのに、たかが人の身でそんな大それたことを!?」


 ──【亜神】。神ならざる身が、生きながら神の領分へと存在を昇華させた存在である。


 神でないにも関わらず、神と同等の力を持つ存在は確かに存在する。ネコタの持つ聖剣がまさにそれに当て嵌るが、神の祝福を受けた【聖獣】が顕著な例だ。


 そして【聖獣】の中には、長き時をかけ、己の行動によって祝福を与えた神の信仰が積もった結果、己自身が神に近づくという現象が起こる。


 それが、【亜神】化。


 神への貢献が、これ以上ない形として現れた結果である。


 だが、ここに至るには相応の実績と年月をかけなければならない。世界にも僅か数例であり、本来狙って引き起こせるようなものではない。


「あ、【亜神】化は神に認められた何よりの証ですよっ! それを狙ってやろうとするなんて、不敬なっ! だ、だいたい、そんなこと出来る訳が……!」


「ふふふっ。それは神に対して過大評価しすぎていますよ。

 こんなもの、ただの世界のシステムにすぎません。ノウハウさえ確立させれば、誰しもが可能なことです」


「シ、システム……なんと罰当たりな……」


 あまりの暴言に、ふらりとフィーリアは気が遠くなった。エルフとして、獣と森の神を深く信仰している身としては、あまりにも信じられない発言だった。


 そんな彼女に興味がないように、マリンはまた鏡に目をやる。


「この鏡に救われた方々は、この鏡を通してそれをもたらしてくれた神ハーディアに感謝を捧げます。ですが、実際にこの鏡を用意したのは私。そして、鏡でつながっているのは我が主、シーザー陛下です。この鏡で救われる人が居れば居るほど、シーザー陛下に信仰が集まり、より神に近づいている、という訳です」


「……なるほどな。だからこそ、この場所なのか」


 マリンの言葉で、エドガーは全てを察した。


 人の死を悲しむ人はどこにでもいる。そんな人達は、世界中からこの場所を目指し、鏡を利用する。何もしなくても、死に絶望した人々が、自分から信仰を捧げにくるのだ。さらに、王が鏡の使用を民衆に広めたという偽の逸話も、信仰をすり替えるのに一役買っている。


 そして、マリンの目的は“死者の蘇生”。であるならば、死がもたらした信仰はその目的との相性も良い。


 効率を考えれば、これほどマリンにとって都合の良い場所はない。


「よりにもよってハーディア神の信仰を掠め取るたぁ、肝の太てぇ野郎だな。どんな神経してやがる」

 

 死を司るハーディア神は、多くに信仰されてもいるが、強く畏れられてもいる。


 死とは、否応でも人が恐怖を抱くものであるからだ。当然、神としての力も相応に強い。


 まず間違いなく、神々の中でもトップ層に位置する神だ。そんな神の信仰を横取りしようなど、この世界の人間では考えられない。


「だが、こんな真っ向から喧嘩を売るやり方の死者蘇生なんぞ、ハーディア神が絶対に黙ってねぇだろう。必ずお前の目論見を潰すように動くはずだ。

 基本、現世への干渉はしない神々だが、これは明らかに度が過ぎている。俺達が何もせずとも、テメェの悲願とやらは叶わねぇだろうよ」


「ふふふ、そこは御心配なく。私とて、それについては理解していますよ。万事抜かりなく、既に手は打ってあります」


 自信を持って言いきるマリンに、エドガーはむむっ、と唸り声を上げる。あながち、その言葉も否定することは出来なかった。


 神の目は誤魔化せない。こんな行動をしているなら、とうに神が動いている筈だからだ。それでもこうしてやり続けているということは……信じがたいことだが、何らかの方法でハーディア神を抑え込んでいるということだろう。


 神々でも上位に位置する存在を──たかだか、人の身で。


 神をも抑え込む才覚を、たった一人の狂人を生き返らせるためだけに使っている彼もまた、狂っている。


 うっとりと鏡を見ているマリンに、エドガーは寒気を感じた。


「あと少し……あと少しで、陛下はかつての存在を超え、真なる姿を持ってこの世に降臨します。さすれば、この世の人間は全て、喜んでかの王にかしずくことになるでしょう」


「んな訳ねぇだろうが。誰がそんな狂った王に従うかっつうんだよ。

 テメェ自身、それは分かってんだろうが。だからその王の噂を良いように捻じ曲げてんだろうがよ」


 不快そうに言うジーナだが、確かに、その言葉はもっともだ。


 本気でそう思っているなら、民衆に受け入れられるような偽の逸話などではなく、戦狂いの王のありのままの姿を伝えるだろう。


「私とて不本意ではありましたが、人と信仰を集めるにはその方が都合がよろしかったので。

 人は愚かですから。自分と同じ尺度でかの王を測ろうとする。だからこそ、王の偉大さに気づけなかったのです。その結果、謀反という愚かな選択をしてしまいました。ですが、それは王もまた人だったから。

 神として生まれ変わり、神でありながら人を統べるのであれば、誰もがその行いの尊さに気づけるでしょう!」


「……駄目だコイツ。理解できねぇ」

「今さらだろうが。狂人に常識が通用するかよ」


 ドン引きするジーナに、あっさりとエドガーが言い捨てた。

 言葉では絶対に止まらない。常人とは異なる常識を生きるからこそ、狂人なのだ。


「あと少し……本当にあと少しで、陛下はお姿を現します。ですので、ここは大人しく殺されてはくれませんか?

 ああそれとも、殺されるのが嫌なら、ここで共に陛下が降臨する日を待ちますか?

 それも嫌なのであれば、黙ってくれる約束をしてくれるなら、見逃して差し上げますが。もちろん、その時は魔法での契約を結んでもらいますがね。破ろうとしたら、死ぬよりもつらい苦しみを味わうことになりますが」


「どれもお断りに決まっているでしょう!! そんな王が復活する前に、ここであなたを止めさせてもらいます!!」


 ネコタが聖剣を抜く。それに合わせ、各々が戦闘の態勢に入った。

 そんな彼らを、マリンは冷めた目で眺める。


「理解できませんね。陛下の偉大さが伝わらないことも。こうして私を止めようとするのも。

 私は見逃すと言っているのですよ? それに、皆さんのやるべきことは私を止めることではなく、【魔王】の討伐なのでは?」


「まっ、確かにな。ここは所詮寄り道。俺らがお前を止める義務はねぇ。だが、明らかに人に仇なす存在を見過ごすわけにはいかねぇんだよ。

【魔王】を殺すんじゃなく、人を救うのが勇者の仕事なんでなっ!!」


「お前勇者じゃないだろ」


 短剣を突き付けるエドガーに、ネコタは冷静に言った。

 本物として、勇者の僭称を許す訳にはいかなかった。


「まっ、ウサギの言う通りだな。さすがにこれを見逃せるほど、あたしも人でなしじゃねぇからよ」

「監督役としても、勇者に対して悪事を見逃せとは言えないんでね。それに、こう見えて俺は信仰深いんだ。神への侮辱を見過ごせねぇよ」

「はい! 同じく森と獸の神を信仰する身としては、たとえ他の神だろうと侮辱する人は許せません! 今日の私は真面目にいきますよ!」


 同じように戦闘の意思を見せる者達に、マリンはやはり冷めた目で見る。

 だが、その中で一人、一際強い怒りを見せるアメリアに対し、マリンは声をかけた。


「アメリアさん。あなたも同じですか? 私の行為は認めないと?」

「私は神とかはどうでもいい。むしろ、神に対しては恨んでいるところもあるから」


 その発言に、意外そうな目をするマリン。

 だが、アメリアは更に怒りを燃やして続けた。


「でも、貴方は私の大事なものを踏みにじった。私にとってはそれで充分。あなただけは絶対に許さない」

「……ふっ、ふふふっ。そうでしたね」


 くつくつと堪えるように笑うマリンに、アメリアはさらに憎しみが湧く。

 その様子を面白くないと感じたのか、ジーナが口を挟む。


「あたしらを前にして、随分と余裕そうだな?」

「ふっ、ふふふっ。ええ、実際、これくらいなら危機でもなんでもないですからね。

 私がなぜ、ここまでべらべらと全てを喋ったと思います? あなた方を確実に殺し切れる自信があるからですよ」

「へぇ、随分な自信じゃねぇか」


 ゴキリ、とジーナは拳を鳴らす。今にも飛びかかりそうだ。

 しかし、マリンはそれにも動揺を見せない。


「そこのウサギのせいで、鏡が散った分、集めた力が失われてしまいました。ですがあなた方のような強者を、それも【勇者】と【賢者】を生贄に捧げられるならば、充分に取り返せる。一人も逃がすつもりはありません。失った分は回収させてもらいます」


「へっ、そう簡単に出来るかな? テメェがどんだけ強いかは知らんが、六対一だぜ?」

「いえいえ、六対一ではないですよ。最低でも五対二です」

「あん? 何を言って……」


 優位を語ろうとしたエドガーだったが、マリンの言葉に怪訝な表情を浮かべる。

 それに気にせず、マリンは続けた。


「言ってませんでしたが、この鏡には、実はもう一つ秘められた力が有りまして。

 それは、信仰を通して相手に干渉をする力です。簡単に言えば、鏡に対して信仰を捧げた相手を操ることも出来るのですよ。

 さて、ここで問題です。その信仰を捧げたというのは、どの時点で判断されるのでしょう?」


 マリンの問いに、皆の思考に空白が生まれる。

 にんまりとした笑みを浮かべ、マリンは答えた。


「それは……一度でもこの鏡を使い、感謝をした時です」


 そう言った途端、マリンの持った杖に妖しい靄が纏わりつく。

 紫色に灯るその靄は、アメリアに向かって急速に伸びた。


「──ッ!?」

「アメリア!!」


 アメリアは咄嗟に魔力の障壁を作る。が、靄はそれをすり抜け、アメリアを包み込んだ。

 靄に包まれたアメリアを案じ、皆が動きを止めた。だが、間もなくアメリアを包み込んだ靄が霧散する。


 靄から解放されたアメリアは、俯き表情は見えないが、傷一つ付いていない。

 だれもがほっとした息を吐き、トコトコとエドガーが近寄って声をかける。


「アメリア、大丈夫か? どこか異常はないか?」

「…………」

「……アメリア?」


 黙り込むアメリアの表情をしたから覗き込むエドガー。

 だが、アメリアの目が怪しく光ったのを見て、直感的にその場から離れた。


「うおっ!?」

「えっ? きゃあ!」

「ちっ、なんだテメェ!」


 アメリアの周りで赤い炎が発生し、皆が慌ててアメリアから距離を取る。


 その炎がアメリアの魔法であることは明らかだった。炎に囲まれながら、火傷一つ追わず、その場に佇んでいる。


 そしてアメリアはゆっくりと顔を上げ、うつろな目で呟いた。


「──トト」


 それは、大好きな少年の名前だった。

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