第116話 旅なんかしてる場合じゃねぇ!





 その後も、三組に別れた勇者一行は、仲間と合流すべく迷宮を進み続けた。

 ただしその苦労の度合いは、それぞれで異なる。





 ──ファサッ!


 精緻な刺繍が施されたマントをはおい、ラッシュはエドガーに背中を見せる。閉じていた目を薄っすらと開け、チラリと見て尋ねた。


「どうよ?」

「やだっ、まるで見違えるようっ! 本物の貴公子みたいっ!」


 クネクネと身を動かし、ぽっと顔を赤らめて褒めるエドガー。細かい芸が上手い男であった。

 そして、ラッシュは見事に調子に乗った。


「わっははははは! やっぱりそう見えちゃう? 俺もまだまだイケるかなぁ!」

「もちのろんよ! 今なら王都のお嬢様方も放っておかないぜ!」

「ハハハッ、こやつめ! 煽てるのが上手い男だな〜おい! しかし、次はどんな宝がと思っていたが、マントとは意表を突かれたな」


 改めて羽織ったマントを見回し、ラッシュは満足そうな笑みをうかべる。


 鷹を象った精緻な刺繍さることながら、その使われた糸も尋常な品ではないのが明らかだった。宝石にも負けない輝きを放つ、きめ細やかな糸。位の高い魔獣か……いや、この気品からして、あるいは【聖獣】の毛か? どちらにせよ、先に手に入れた宝に負けずとも劣らない。


 むしろラッシュとしては、こちらの方が好ましかった。もうっ、超かっこいい!


「よぉーし! この調子でどんどん行ってみようかー! お宝は根こそぎ俺たちのものだ!」

「へい、親分! 一生ついて行きます!」

「おう! ついてこい! 宝を売っぱらったら町の酒と女を俺達で独り占めよ!」


「うっひょぉおおおお! さっすが親分だ! 今から楽しみだぜぇえええええ! 罠も無しに宝があっさり手に入るなんて、ここは最高だなおい!」

「ああっ、まったくだ! 勇者の仲間になって本当によかった!」




 ♦   ♦︎




「──ちっくしょぉおおおおおおおお! 水の次は岩かよ! そんなにあたしらを走らせてぇのか!?」

「ゼヒッ! ゼヒッ! ジ……ジーナさん……私……もう……!」


「馬鹿野郎! 潰れたカエルみてぇになりてぇのか!? 死にたくなければ無理でも走るんだよ!」

「そう言われても……今、すでに……死にそ……!」




 ♦︎   ♦︎




「おいおい、こりゃまたすげぇな。こんな王冠みたことねぇ」

「ああ。王国のハゲ王とは比べものにならねぇ。おい、ちょっと被ってみろよ」


「お? 俺でいいのか? 次はお前じゃ……」

「何言ってんだ。これでおあいこだろ? それにこの王冠なら、そのマントに負けない。そうだろ?」


「お前……へっ、へへっ。しょうがねぇな。そこまで言うなら……よっと。どうだ?」

「────はっ!?」


「ど、どうした?」

「あ、ああっ、オヤジか。ビックリした。一体どこの王様かと……」


「おまっ! やめろよ、照れるじゃねぇか!」

「いやいや、思わず膝をつく所だったぜ。実は亡国の元王族だったりするのか?」


「ふはははっ! 媚を売るのが上手い奴め! よかろう! 街で気に入ったネーチャンが居たら優先して選ぶ権利を与えてやろう!」

「ひゃっほおおおおおい! 今から楽しみだぜ!」




 ♦︎   ♦︎




「アメリアさん! ヤバイ! ヤバイですよこの煙! 溶けてる! 壁が溶けてます!」

「ッッ!! 【風よ、吹き飛ばせこっち、こないで】!」


「だ、ダメです! どんどん出てきて、しゃれにならな……走って! 走りながら風を!」

「──ッ! 面倒くさい……! 壁ごと吹き飛ばして……」

「それをやったら生き埋めになるかもしれないでしょ! 走って! いいから走って!」




 ♦︎   ♦︎




「これは、もしかして……」

「もしかしなくても、王笏だろ。ふふっ、どうやらお前はここまで、持つべくしてその宝を手に入れたようだな」


「それは……つまり、そういう意味か?」

「分かってるだろう? この王笏は、お前を待っていたんだよ。さぁ、受け取りたまえ」


「そこまで言うのなら……どうだ? 似合うか?」

「────はぁぁぁぁぁあああああん……ッ!!」


「ど、どうしたんだ急に!?」

「か、感動で……感動で、前が見えませぬ……! まさかこのような時が来ようとは……! このエドガー、今まで生きて良かったと、これ程までに思ったことは……!」


「……フッ。友よ。喜んでくれるというのなら、涙ではなく、笑顔でいてくれ。それが私の望みだ」

「へ、陛下! な、なんと慈悲深い! め、名君や! 慈愛に満ちた名君がここに誕生しよったあああああ!」




 ♦︎   ♦︎




「きゃああああああ!? 天井が! 天井が降りて! 針が! ああああああ! い、嫌です! 串刺しは嫌です!」

「くそっ、くそっ! ふざけやがってこんちくしょう! さっきからこんなギリギリのトラップばかり! あたしらに何の恨みがあんだよ!」

「ぐすっ、ぐすん! も、もう嫌です……! エドガー様ぁ……! 助けてください……!」

「泣いてんじゃねえ! あのウサギなんかあてにすんな! 自分でなんとかするしかねぇんだよ!」




 ♦︎   ♦︎




「さぁて次は……おっと。これは……」

「おぉ、フワッフワのコートだな。俺の毛並みにも勝るとも劣らねぇ。でも、やっぱりサイズがデカイな」


「まあ、人の標準サイズみたいだしな。でも、俺にはもうこのマントがあるし。まぁ俺たちが着れなくても、高く売れそうだからいいんだけどな」

「な、なぁ。ちょっと俺が着てもいいかな? ちょっとだけ、引きずらないようにするから」


「ああ、もちろんだとも。さぁ、腕を出せ」

「おお、すまねぇな。よいしょっと……のわっ!? こ、これは!?」


「【サイズ調整】の魔法がかかったコートだと!? まさかこれ古代遺物アーティファクトか!?」

「おおおおおっ! このフィット感、まるでコートと体が一つになったかのよう。気のせいか、体のコリが取れている気がする!」


「【回復】の魔法もついているのか? 思った以上にすげぇアイテムだぞ。やったじゃねぇか!」

「ね、ねぇ。これ、僕が貰ってもいいのかな? これなら、陛下の隣に立っても恥ずかしくないですしっ」


「当たり前じゃねぇか! お前以上にそれに相応しい奴はいないぜ! 本物の貴族みたいだぞ!」

「ひゃっほおおおい! これで俺も上流階級の仲間いりだぁあああああい!」




 ♦︎   ♦︎




「【炎よ、燃えさかれ】! 【氷よ、凍て付かせ】! ──全然減ってない! これでも駄目なの? やだ、やだやだやだやだ! 気持ち悪い! なに、なんなのあれ……!?」

「ス、スカラベ! スカラベですよあれ! アメリアさん、とにかく逃げて! 捕まったら生きたまま食われます! 絶対に転ばないで!」


「ヒッ──! い、嫌だ……! 助けて……! 助けてよぉ、エドガー……!」

「あんなウサギが役に立つわけないでしょ! 僕たちで頑張るんですよ! ほら、いいから走って!」




 ♦︎   ♦︎




「さぁて、次はどんなお宝が……ほ、ほわぁああああああああああああ!?」

「おい、どうした? 何があっ……お、おわぁああああああああああああ!?」


「はぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」

「はぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」


「た、宝じゃぁああああああああああ! 宝の部屋じゃぁあああああああああ!!!!」

「黄金だぁああああああああああああ! 黄金の海だぁああああああああああ!!!!」


「ほぉおおおおんおんおんおんおおおおおおおおんほぉおおおおおおおおおお!!(混乱)」

「んあぁああああああいあああいいいあばばばばあああああああああああああ!!(錯乱)」


「かっ、かかかかか! 回収ぅううううう! これ全部回収しゅるのぉおおおおおお!!」

「足りない……! 時間が、圧倒的に足りない……! 数百回往復したってとても……旅なんかやってる場合じゃねぇ!」




 ♦︎   ♦︎




 ボロボロな姿だった。


 服装のあちこちに汚れが目立ち、疲労で両肩は落ち、足取りがヨタヨタとしている。


 それでも、ジーナとフィーリアの二人はなんとか生き残っていた。しかし、その顔に生気は感じられない。ここに来るまでで、すでに二人は体力の限界を超えていた。


「……ジーナさん、私、もう駄目かもしれません」


 ボソリ、と。俯いて死んだ表情のまま、フィーリアは呟いた。

 普段なら叱り飛ばす所だ。しかし、ジーナですらもうそんな気力も沸かなかった。

 それだけ、疲れ切っていた。


「安心しろ。お前だけじゃねぇ。あたしもそろそろ限界だからよ」

「良かった。私だけじゃなかったんですね」


「ああ。戦いなら、何千何万の敵だろうと最後までやり切ってやる。だけど、罠は駄目だ。心にくる」

「はい。まさかここまでエゲツない場所だとは思ってませんでした。ここまで、よく生き残れたなって思います」


 ここまでの罠を、フィーリアは懐かしそうな顔で思い返す。

 ……考えるだけで吐きそうになった。


 重い足を引きずっていると、通路の先から明かりが見えた。それに、フィーリアは乾いた笑い声を出す。


「ハハハッ、次はどんな罠が待ってるんでしょうね? 楽しみだな〜! ……ジーナさん、ごめんなさい。私、次は本当に駄目かもしれないです」

「心配するな、あたしもだ。死ぬときは一緒だぜ。だから、せめてその時まで、足掻くだけ足掻いてみよう」

「ジーナさん……! うっ、うぅうううう! ありがとう……ありがとう、ございます……!」


 死刑台に立ったような気分で、二人は通路の出口へと足を踏み入れる。何が来るのかと身構えたが、しかし、二人の予想に反し何も起こらなかった。


 おそるおそると周りを観察し、二人はその光景に息を飲んだ。

 そこは、今までの通路とは明らかに作りが違っていた。壁に文様が刻まれ、床には長い絨毯が延々と敷かれている。まるで王宮の玉座へと続いているような、高貴な雰囲気が感じられる、そんな通路だった。


 似たような出口が、絨毯を挟んで向かい側にある。どうやら二人が来た道以外にも、ここに繋がるルートがあるようだ。二人が出てきたのは、脇道に当たる場所らしい。二人から見て左側、絨毯が敷かれている道にも、正道らしき通路がある。


「もしかして、ここがゴールなのでしょうか? 私達、生き残れましたか?」

「いや、安心するのはまだ早い。そう思わせておいて、油断した所を狙う可能性も──」


 すっかり猜疑心が強くなったジーナが、フィーリアに忠告する。その時、向かい側の通路から何かを引きずるような音が聞こえた。

 敵か、と二人は身を硬くする。しかし、その通路から聞こえてきた声に、肩の力が抜けた。


「もうやだ……何で私がこんな目に……」

「気持ちは分かりますけど、ここで諦めたら負けですよ。……いや、もう諦めてもいいかなぁ。僕、かなり頑張ったよ」


「この迷宮を作った奴は、絶対に許さない……【魔王】の次に殺してやるから……」

「神殺しですか……いいかもしれませんね。その時は僕も手伝います……ははっ、まさか僕がエドガーさんと同じようなことを言うなんて……」


 向かい側の通路から出てきたのは、アメリアとネコタの二人だった。

 ジーナ達と同様、いや、それ以上にボロボロな姿だ。服のあちこちにほつれや穴が空き、ズルズルと足を引きずっている。今すぐにでも倒れてもおかしくない有様であった。


「ネコタさん……アメリアさん……!」

「よう、お前らも無事だったのか……」


「えっ? あっ……ああっ!? 二人とも、無事だったんですね!」

「フィーリア……よかった……」


 フィーリアはツーッと涙を流すと、アメリアに飛びついた。ヒシリッ、とアメリアも受け止める。お互いの無事を、人目もはばからず喜んでいた。


 この二人ほどではないが、ネコタとジーナも嬉しそうに近づく。そして、お互いに相手の姿を見て、全てを察して力無い笑みを浮かべた。確かめるのに、言葉は必要なかった。


「そうか、お前らの方もか」

「ええ。正直死ぬかと思いましたけど、なんとか生き残りましたよ。そういうそちらも」

「ああ。さすがのあたしも、もうダメかと思った。走るのが苦手なのに、コイツも頑張ったぜ。お陰でなんとか生き延びられた」


「うぇえええええええええん! 私、私、頑張ったんですよ〜……! 何度も諦めようかと思ったけど、アメリアさん達に会いたくてぇ……! それでぇ……!」

「うん、うん。私も頑張ったよ……無事でよかった……!」


 ボロボロと、アメリアまで一緒になって泣いている姿に、ネコタとジーナも瞳が熱くなった。共に苦難を乗り越え、こうして再会出来たことに喜ぶ。


 旅に出てからかつてないほど、勇者達の結束は高まっていた。この結束を破ることは誰にも出来ない。心の奥底で、無意識のうちに四人はそう感じた。それだけの喜びだった。


「──んっ? おお! お前ら、無事だったか!」

「ああ、良かった! まさかこんな所で合流できるとは!」


 四人が再会を喜んでいたところに、残った真ん中の出口の方から、慣れ親しんだ声が聞こえた。


 確かめる間でもない。あの生意気なウサギと、口うるさいオヤジの声だ。普段は憎たらしいとしか思わないが、しかし、今はそんな二人の声さえ懐かしく感じる。


 皆、無事で済んだ。そう思えば、自然と笑みが浮かんだ。


「ウサギ! テメェも生き残って──」


 柄にもなく明るい笑顔でそちらを見るジーナ。しかし、そこに居た者の姿を目にし、ジーナの表情が変わった。


 ──二人は、キラキラと輝いていた。


 高貴なマント、ゴテゴテと装飾が施された王笏、そして重そうな王冠。まるで似合っていないそれらを身につけ、王様気取りの中年オヤジ。


 見るからに普通ではないフワフワのコートを羽織い、ブレスレットやペンダントといった装飾品をこれでもかと身につけているウサギ。


 さらにそれだけでは飽きたらず、背負ったバックにぎっしりと金色に輝く財宝を詰め込んでいる。そんな二人には、疲労した様子が全くない。姿は身綺麗な者で、表情もまるで財宝のそれが移ったかのように、キラキラと輝いていた。


 二人の姿に、四人は真顔になった。明らかに自分達とは違っていた。


「いやぁ、心配してたんだぞ! 最悪、このまま祭壇まで会えないかと思ってたんだ!」

「ああっ、全くだぜ! ここで会えたのも、女神様のご加護があったのかもな! んははははは!」


 四人の様子にも気付かず、ラッシュとエドガーは間抜けな笑顔を見せて近づく。そんな二人を、四人はじっと見つめていた。

 思ったものとは違う反応に、ラッシュは笑いながら肩を竦める。


「おいおい、どうしたんだよ? せっかく再会出来たんだ。もっと喜ぼうぜ?」

「……お前ら、随分としゃれた格好をしてるじゃねぇか。どうしたんだ、それ」

「ん? おお、これか?」


 ジーナに尋ねられ、ラッシュはマントの端を持ち上げて見せた。

 宝を手に入れ、はしゃいでいたのだろう。だからこそジーナの様子にも気付かず、ラッシュは浮かれた調子で喋る。


「いやー、それがよ! 俺達が通ってきたところは、問題を解く度に宝が手に入る場所でな! これ全部、そうやって手に入れたんだぜ!」

「ほらほら見ろよ、この宝の山! これを売っぱらえば街で豪遊できるぞ! いや、一生働かずに暮らせるかも! それにほら、このコート! どう、似合ってる?」

「そうそう、俺も柄にもなくマントとか羽織っちゃってよ! それとこの王冠よ! どうだ? 王様みたいだろ? なんてな! うわははははは! それで、お前らはどうだった──」


 改めて四人を見て、ラッシュ達はようやく気づいた。四人の姿が、尋常じゃない修羅場を潜り抜けてきたであろうことに。

 そして、自分達を今にも殺しそうな目で睨んでいることに。


 固まっていたラッシュが気まずそうに目をそらし、誤魔化すような口調で呟く。


「あー……その……お前らの方は、大変だったみたいだな……」

「大変? ははっ、まぁな。そういうお前らは、随分と楽しそうだな。ああ?」


「あっ……いや、その……」

「楽しい目にあって良かったなぁ! あたしらは死にそうな目にあってきたぜ! どんな道を通ってきたか教えてやろうか!? ああ!?」


 ジーナに血走った眼で睨まれ、ラッシュとエドガーは縮こまった。

 別に狙ってそうなった訳ではない。そう思わないでもなかったが、口には出さなかった。今それを言えば、四人にタコ殴りにされるのは目に見えていた。


「すまない。思わぬ宝が手に入って、調子に乗っていたみたいだ。許してくれ」

「まさかお前らがそんな傷だらけになっているとは、想像もしてなかった。面目ねぇ」


 ペコリと二人は頭を下げる。素直に謝り、宝を山分けにすれば許される。そんな打算からの行動だった。

 ジーナは盛大に舌打ちをし、嫌味ったらしい口調で言う。


「本当に謝る気あんのかよ? どうせ口だけで、あたしらの苦労も大したことないとか思ってんだろ?」

「いえいえ、滅相もない」

「四人の姿を見れば一目瞭然。はしゃいでいた自分がお恥ずかしい限りです」


 図星である。が、二人は神妙な顔を崩さなかった。

 今は責められているが、この場を乗り切ればむしろ賞賛されるだろう。内心、超上から目線の余裕である。


 それを見抜いているのか、へっ、とジーナは鼻を鳴らす。


「見てもねぇくせによく言うぜ。本当は大げさだとでも思ってんだろ? 狭い通路で大量の水に追われてみろ。そんなこと思うことすらできなくなるからよ! 危うく地の底に押し流されそうになったんだぞ!」

「そうですっ! すっごく怖かったんですよ! 精霊さん達も役に立たなかったし、ジーナさんが機転を効かせてくれなかったら、私も一緒に流されてるとこでしたっ!」


「……水?」


 愚痴を吐くジーナとフィーリアだったが、エドガーはキョトンとした顔をし、チラリと胸元に目を向けた。

 キラッ、と。胸のペンダントが輝いた。


 ジーナ達に続くように、ネコタも不機嫌そうに眉を潜める。


「こっちも大変でしたよ。途中で行き止まりに当たったと思ったら、いきなり地面から十字架が生えてきて、さらにその下からゾンビが湧き出て来たんですから」

「……あれは面白かったけど、笑えたのはそこだけだったね。その後は泣きたくなったよ」


「十字架……ゾンビ……」


 ラッシュは呟き、チラリとエドガーの腕を見る。

 ピカッと、ブレスレットが輝いていた。


「水を避けたと思ったら、次は岩だぞ? 潰れたカエルみてぇになると思ったわ」

「僕たちの方は酸の煙ですよ。壁がみるみると溶けていくんです。もし触ったらと思うと、ぞっとしますね。最悪な死に樣だったでしょう」


「天井の針がゆっくり降りてきた時は、正直、死を覚悟しました。本当に怖かったです」

「こっちはスカラベっていう大量の虫に追われたよ。人の肉を食べるってネコタが言うから、怖かった……私、怖くて泣いたのは久しぶりだったよ」


 四人が愚痴りあいを、エドガーとラッシュはダラダラと汗を流しながら聞いていた。

 次から次へと、出るわ出るわ多様な罠の数々。そして、その全てに心当たりがあり過ぎた。


 二人はチラリと目を向け、アイコンタクトを取る。


 ──これ、もしかしてそうなのかな?

 ──もしかしなくても、そういうことだろうな。

 ──だよねっ!


 エドガーは察した。

 対応を間違ったら殺される。


「──チクショォオオオオオオオオ!」


 急に大声を上げ、エドガーは四つん這いになって悔しがった。ダンッ! と強く地面を叩き、ギリギリと歯を鳴らす。


「俺達がのんきに迷路を攻略している間、仲間がそんな目にあっていたなんて……! あえて楽な道を用意するとは、この迷宮の作成者はなんて意地の悪い野郎なんだ!」

「ああ! おそらく、仲間割れを誘う為にあえて楽な道を作ったんだろう。いや、きっとそうに違いない!」


 クッと、エドガーに続き、ラッシュも握りこぶしを作って悔しがる。


「だが、甘かったな。この程度の罠で、俺たちの絆をどうにか出来るとは思わないことだ!」

「その通りだ! 神だろうがなんだろうが知ったことか! いつか絶対に吠え面をかかせてやるぜ!」

 

 怒りを滲ませた表情で、エドガーは天井を見上げた。まるで、その先にいる神へ宣戦布告しているかのようだった。

 我ながら、迫真の演技だと自画自賛する。この感情を疑う者など、存在するまい。


 チラリと、エドガーは前方を盗み見た。

 四人揃って、疑惑の瞳を自分達に向けていた。


「エドガーさん、ラッシュさん。貴方達、まさか……」

「な、なんだねその目は? 何故そんな目をする!?」

「そ、そうだぞ! そんな目をするのはどうかと俺も思うな! まるで俺達を疑っているような……!」


「テメェら、あんだけわざとらしい演技をして何も気づかれねぇとでも思ってんのか?」

「え、演技とはなんだねっ、失敬な! まさか俺らのせいでお前達が死にかけたとでも言いたいのか!? そんなはずないだろう! 悪いのはどう考えてもここの製作者だ! ま、全く、失敬だな君らは!」

「エドガーの言う通り! 遺憾だ! 誠に遺憾だよ!」


「誰もまだそこまでは言ってないのですが……というか、語るに落ちているのでは……?」

「何に落ちているってんだ豚エルフ! お前、俺達を疑うのか!?」

「俺達だって被害者だぞ!? なんで疑われなきゃならないんだ!」


「……エドガー。今回だけは、私も庇えないよ。言うなら今のうちだよ」

「アメリアまで……クッ! 話にならん! まったく、君達には失望したよ!」

「ああ、付き合っちゃられん! ったく!」


 目を合わせないようにしながら、エドガーとラッシュは先へ進もうとする。だが、それでも四人の疑いの目を外そうとはしなかった。その追及から逃げるように、二人はグチグチと文句を言い合う。


「心配していたのにこれだ! 仲間を疑うなんて、なんて奴らだ! そこまで疑うからにはそれ相応の証拠を用意してからにしろってんだ!」

「まったくだ! 物証もなしに疑うなんて、浅慮にもほどがある! 思いつきで当たられては溜まったもんじゃない!」


 間違いなく、コイツらが原因だと四人は確信した。証拠とか言い出すあたり、疚しい理由があるからに違いない。

 しかし、証明の方法が無いのも事実。いっそ力づくで聞き出すかと四人が殺気を滲ませたその時、先を行く二人の前方で闇が生じた。


「おわっ!? なんだぁこりゃあ!?」

「敵か!」


 瞬時に気を入れ直し、闇に備える二人。後ろの四人も、緊急事態とあっては遺恨を忘れ戦闘態勢に入る。


 その闇は、両手で抱きかかえられる程度の大きさの小規模なものだった。まるで宙に黒い穴が空いたようだ。

 ズズズッと、闇の穴から何かが出てくる。その何かは宙に身を投げ出すと、クルリと回って地面に着地した。そして闇の穴も消え、もとの空間に戻る。


 それは全身が真っ黒で、小型の猫のような生き物だった。ただし、エドガーと同じように二足歩行で、顔に当たる部分には表情がなく、闇がある。そして頭には、迷宮の入り口であったスフィンクスの頭部を模した兜を被っていた。


 その猫らしき生き物は、細長い尻尾をヒョロヒョロと揺らし、子供のような高い声を出した。


『やぁやぁ! ここまでよく辿りついたね! お疲れ様!』


 ピョコン、と小さな手を上げ、元気な子供のような態度でそれは言う。

 場違いなほどに可愛らしい生き物に、六人は呆気に取られていた。

 そんな反応すらどうでもいいのか、マイペースにそれは続ける。


『ああ、申し遅れた。僕はただの案内人みたいなものさ。名前なんてないから、好きに呼べばいい。まぁ、これから話すことに比べれば、そんなものは些細なことだから、どうでもよくなるだろうけどね』


 アハハハ、とその案内人は一人でに笑う。六人が口を挟む間も無く、続けた。


『ここにたどり着いたのは……六人か。うんうん、いい感じに少ないね。一体何人で挑んだのかは知らないけど、大分数が減ったんじゃない?』

「アホか。一人も減ってねぇよ。なめんじゃねぇよバーカ」


 白けた目を向け、エドガーは呟く。

 それが聞こえなかったのか、ネコの案内人はウキウキした様子で続けた。


『でも、それこそがこの【欲望と代償】の試練! 目の前の欲望に負けず、仲間の危機を想像出来るか、その絆を試す試練さ! 仲間が減ったのは君達の欲望の報いなのだから、まさか文句を言ったりはしないよね?』


 え? と、六人は揃って声を上げた。


 そしてボロボロの四人が、黒ネコの言葉を吟味し、前にいる二人に目を向ける。


 一切の怪我も疲労もなく、キラキラと輝く宝を身につけた二人。まさしく、欲望をそのままむき出しにした姿だった。


 背中から異様な圧力を感じる。エドガーとラッシュはダラダラと滝のような汗を流した。


『ふぅーん、君たちが欲望の道を通ってきたんだね』


 ネコは、宝を身につけた二人を興味深そうに見つめた。


『そんなに宝を背負って、ここに来るまですごく楽しかったでしょう? だって、問題を解く度に宝が手に入るんだから! 楽しくてしょうがなかったでしょう? でもぉ〜、まさか本当に、そんな簡単に宝が手に入っていた、だなんて思ってないよね〜?』


 可愛らしくネコは首を傾げる。しかし二人は、口を閉じて何も喋ろうとしなかった。


『ねぇねぇ、どうなの? 問題を解くだけで宝が手に入っていたって、本当に思ってたの?』

「……そ、その通りだ! 実際、問題を解けば手に入ったし!」

「ああ! そうだ! 知恵を試し、宝を手にする試練だと思ってた!」


 まるで自分に言い聞かせるように、二人は叫んだ。

 そんな二人を、ネコは嘲笑った。


『ええ〜、本当かな〜? 本当に、そう思ってた〜? 宝を手にする度、罠が動いた音が聞こえていたはずだけどな〜? 自分達は安全だけど、どこか別の場所で何かが起きたって、本当に思わなかったかな〜?』


 ねぇねぇ、と。ネコは二人の周りをピョン、ピョンと跳ねまわり、覗き込むように下から見上げる。

 二人は、フルフルと震えていた。


『本当に、少しも想像しなかったのかな〜? もしかしたら、他の仲間の所で罠が発動していたって、かけらも思ってないのかな〜? ……お宝が欲しくて、気づかなかったふりをしたんじゃないの?』


 ズイッと、ネコは顔を近づける。

 二人は、目を見開いて固まっていた。声も出せなかった。

 そんな二人の反応に、ネコは高笑いを上げて距離を取る。そして、クルクルと踊りながら、楽しげに振り返った。


『あはははははっ! やっぱり薄々感づいては居たみたいだね! そう、正解でーす! 君たちの予想通りだよ! 君達が宝を手にする度、君達の友達の所で、罠が──』


 グサッ、と。ネコの頭部に矢が生えた。

 フラリとネコの身体が傾いた瞬間、エドガーの追撃が決まった。


「何言ってんのか全然分かんねぇんだよ! このっ、この! 意味不明なこと言いやがって!」

「不気味な奴め! 二度と口を開けないようにしてやる!」

『んにゃぁああああああああああああ!?』


 倒れ込んだネコを、二人がこれでもかと踏みつけた。まるでこれ以上口を開かせないようにしているかのようだった。ひどい動物虐待である。

 ボロ雑巾のようになったネコは、痛みに震えながら、うめき声を漏らす。


『うっ、うぅ……酷い……いきなりこんなことするなんて……もう少し手心を加えても……』

「酷いわけなんてあるか。敵が甘えたことを言ってるんじゃねぇ」


『血も涙もないにゃ〜……僕、戦う力なんて無いのに……でも、最期の仕事はやってみせるにゃ……』


 ネコはフルフルと震えた指を二人に向ける。すると、二人の身につけた財宝がポワンと弱々しく光り、そして、ゆっくりと薄くなっていく。薄くなっていく光と共に、全ての財宝は宙に溶けて消えてしまった。


 顎が外れんばかりに口を開け、二人は愕然としながらそれを見ていた。


「あっ……が……ご……ぎっ……!?」

「宝が……俺の宝が……!」


『フッ、フフフフ……どうかにゃ? 宝が幻だと知った気分は? ねぇ、どんな気持ちかにゃ? 幻の宝を手にして、多くの仲間が失った気持ちは? 自分たちの欲望のせいで、仲間を無くした今の気持ちは? 仲間を殺したのは他でも無い、君たちだにゃ。フッフフ、フフフフ、アハハハハハハハハ──』


「ふざけんなこらぁ!」


 マジギレしたエドガーが、全力でネコを蹴り上げる。

 あがぁ……!? とネコは悲鳴を上げながら、宙を錐揉み回転し、そこで限界を迎えたのか煙のようになって消えた。


「消え……っ!? 待て、ふざけんな! どこへ消えやがった!? 出てきやがれ! ……出てこいよぉおおおおおお!」


 怒りから一転、エドガーは嘆きの涙を流し、膝をついた。


「嘘だと……言ってくれよぉ……宝を……俺の宝を返してくれよぉ……!」

「こんな……こんな終わりがあるかよ……あれだけの宝を手にして……こんなっ……俺はここまで、何の為に……!」


 ラッシュまでもが膝をつき、泣きながら悔しがる。大事な物を失った喪失感は、とても耐えられるものではなかった。かつてない悲しみに包まれ、涙が止まらない。だからこそ、気付くのが遅れた。


 その悲しみをかき消すほどの怒りに満ちた、仲間達に。


「──おい」


 冷え切ったその声に、ビクンッ、と二人は体を揺らす。

 恐る恐る後ろを見てみれば、すぐ側に四人が近寄っていた。

 まるでゴミでも見るかのような目で、自分たちを見下ろしていた。


 どうやら、声をかけたのはジーナだったらしい。パキッ、パキッと拳を鳴らし、続けた。


「テメェら、覚悟は出来てんだろうな?」

「ま、待ってくれ……これは……これは違うんだ……!」

「そ、そうだ……せめて話を……!」

「必要ねぇ。聞いたって何も変わらないからな」


 人を殴る打擲音が、音楽のように流れ続けた。

 助けを求める男二人の悲鳴が、その場からしばらく止むことはなかった。







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