第58話 ええ、信じてましたよ



「なぁ、誰だっけ? 手荒な真似はされないって言ってたのは」

「…………」


 背中から聞こえた声を、ラッシュは胡座をかいたまま無視した。

 いや、無視したというより、答えられなかった。


「なぁ、おい、聞いてんのかよ? お前に聞いてんだぞオヤジ」

「…………」

「なぁ、なぁってば――シカトしてんじゃねぇぞコラァ!」


 バコンッ、と。ラッシュは後頭部を蹴られた。

 グッ、と痛みに呻き、後ろに居た下手人を見下ろし怒鳴りつける。


「痛ってぇだろうが! テメェあんま調子に乗んなよ!? 今なら俺でも殴り殺せるんだぞ!」

「ああん!? あたしを殴るだぁ? お前よくそんなことが言えるな! 誰のせいでこうなったと思ってるんだよ!」


 手足を縛られ、芋虫のようになっているジーナは、見下ろされているにもかかわらず偉そうに言った。

 ぐぬぬっ、と。ラッシュは呻き声を上げる。ブルブルと拳を震わせるが、しかし、今の状況を考えると行動に移せなかった。


 ──ラッシュ達は、薄暗い牢屋の中に四人揃って押し込まれていた。


 牢屋の端で、ネコタとアメリアが体育座りをしながら、恨みがましい目でラッシュをじっと見つめている。それは言葉にするよりもラッシュに責任を感じさせた。


 ゲシゲシと足で蹴りながら、ジーナはネチネチと続けた。


「あーあ。あん時あたしを止めなければこんなことにならなかったのによ〜。どっかの誰かさんが止めるから、牢屋に入れられちまって。誰だったっけな〜、そんな余計なことした奴」


「け、結果論だろっ! あのまま戦ってたらそれこそエルフと和解する可能性はなかった! 俺の判断は間違っていない! ただちょっと裏目に出ただけだ!」


「そうだね。そのせいで私達は牢屋に入れられてるんだね」

「僕、まさか牢屋に入ることになるなんて思わなかったです。世界を救う勇者として頑張っているのに、なんでこんな目に合わなくちゃいけないんですかね?」


 うぐっ、とラッシュは呻き声を上げる。まさかネコタですら敵になるとは。唯一の味方を失った思いだった。


「はぁ、これからどうなるんだろ? もしかして、このまま殺されたりするのかな。だとしたら、僕は何の為にこの世界に来たのか」

「大丈夫。いざとなったら私の魔法で暴れて逃げ出すから。最悪でもエルフとラッシュは道連れにする。ただじゃやられないから……」

「アメリアさーん! 俺! 俺の名前が混じってる! 混じっちゃいけない名前が混じってるよ!?」


「ははっ、その時はお願いしますね。やっぱり頼りになるのはアメリアさんだけですね」

「おいこらモヤシ小僧。あたしは役に立たねぇとでも言いたいのか?」

「芋虫が役に立つ方法があるなら是非教えてくれよ」


「このクソガキィ……!」

「ネコタ。俺だって頼りになるぞ? ほら、逃走となったらまさに俺の本領発揮だ、きっと役に立つ」


 ラッシュはへへへっ、と笑いながら媚を売った。信頼を取り戻すのに必死のようだった。プライドの欠片もない中年オヤジである。


「はははっ。頼りになるって、冗談にしても笑えませんよラッシュさん」

「どこに冗談の要素があった!? 本気に決まってるだろうが!」

「そのラッシュさんのせいで今の状況じゃないですか」


「それは事実だが……しょうがないだろ! お前だって俺を信じてたから俺の判断に従ったんだろ!? お前にも責任の一端があるとは言わん! だが頼む、もう一度だけ俺を信じてくれ!」

「ええ、信じていましたよ……」

「過去形やめて!」


 ラッシュの訴えを、ネコタは取り合いもしなかった。信じる要素が少しもない。なぜ同じ事を繰り返さなければならないのかネコタには分からなかった。


 はぁ、と。アメリアは物憂げな表情でため息を吐く。


「エドガー、大丈夫かな。一人で寂しくないかな」

「大丈夫ですよ。あの人ならけろっとして生き延びてますって」

「そうだな。むしろ逸れて良かったんじゃねぇか。牢屋入りを免れたんだから」


「ふふ、そうだね。おかげで、エドガーだけでも殺されずに済むもんね」

「まだ殺されると決まった訳じゃないんだが」


 小さく笑うアメリアを、ラッシュは苦い顔で止める。

 しかし笑っていたアメリアは急に顔を手で隠すと、震えた声を漏らした。


「こんなことになるんだったら……ちゃんと、ちゃんと伝えれば良かった……! まだエドガーに好きだって……言ってないのに……ッ!」

「アメリアさん……その、元気を出して――」


「いや、何度も伝えてたじゃねぇか。あのウサギもノリノリで返すし」

「お前、実は余裕あるだろ?」

「あ、バレた?」


「そ、そうだったんですか? 僕はてっきり本気で悲しんでいるのかと」

「お前チョロすぎるだろ。あんな演技に引っかかるなよ」

「何事かと思ったわ。アメリアもあんなおふざけするんだな」


「昔に読んだ恋愛小説の台詞を真似してみたよ。なんか、やるなら今しか無いって思った」

「ちょっと意外過ぎるんですけど。どうしたんですか? なんかいつもとは……」


「普段やらない事をやるあたり、やっぱり壊れかけてるのかもな。テンションが」

「眠いまま深夜まで騒ぐあの状態と一緒だな。まぁ悲しむよりずっとマシだ。塞ぎ込んだままだと落ち込んでくるからな」


「はぁ? 悲しむ訳ないよ。むしろ怒りで煮えたぎってるよ。こうなった原因を全部燃やし尽くしてやりたいよ」

「本当にすいませんでしたっ!」


 本当に焼き殺されるかもしれない。ラッシュは頭を地面に擦り付けた。

 そんなバカなやり取りをしていると、ギィとドアが開いた音がした。そして足音がだんだん近づいてくる。

 現れたのは、自分たちを捕らえた隊長エルフだった。


「どうやら大人しくしているようだな。感心なことだ」

「へっ、なら関心ついでにあたしらを出してくれるかい?」

「やめろ! なんでお前は喧嘩を売らないと気が済まないんだ!」


「うるせぇ! こんな姿にされてんのに大人しくしてられっか!」

「こんな状況だからこそ大人しくしてろってんだよ! 機嫌を曲げて処刑されたらどうすんだ!」


 隊長エルフを放って、ラッシュとジーナが喧嘩し始めた。

 そんな二人を呆れた目で見ながら、隊長エルフは言った。


「いいだろう。そんなに死にたいのなら望み通り処刑してやる。と、言いたいところだが……族長がお前達に会うとのことだ。感謝するんだな」

「へっ、こんな目に合わしておいて感謝だぁ? 誰がする――」

「ありがとうございますっ! 族長の寛大な処置に心よりの感謝を!」


 ガツンとジーナの頭を地面に叩きつけ、ラッシュは頭を下げた。


 ──コイツ、縄が解けたら絶対に殺す!


 赤くなった額にかけてジーナは誓った。


「だが、勘違いをするなよ。貴様らが不審人物であることは変わりない。少しでも怪しい真似をすれば、私が貴様らの首を刎ねる。勇者だか賢者だか知らんが、精々己の潔白を証明してみせるんだな」

「はい、それで十分です。ありがとうございます」


 素直に礼を言うネコタをどうでも良さそうに眺め、隊長エルフは顎で促す。


「こっちだ。ついて来い。暴れたら即座に殺すぞ。そこの女は、足の縄は外していい。腕は外すなよ。何をやらかすか分からんからな」

「はっ! 了解しました! おい小娘、大人しくしてろよ」


「このクソオヤジが! すっかり僕に成り下がりやがって! テメェにプライドはねぇのか!」

「ふっ、プライドがない事が俺の強さだ」

「そんなにいばれたものじゃないと思う」


アメリアは冷たい目で見ながら言った。

まさしくその通りであった。




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