第17話 テメェらの度肝を抜いてやる!
――馬鹿な奴らだ。
自分を狙おうとしている他の参加者を眺めながら、”
どいつもこいつも、見た目で自分を判断する。格下に舐められるのはムカつくが、これほど楽な相手もいない。なにせ、勝手に油断して弱くなってくれるのだから。
(やっとここまで来たんだ。テメェらには精々俺の引き立て役になってもらうぜ)
故郷を離れてからこの場所に立つまで、幾度となく死にかけてきた。地獄のような修練に、何度も諦めかけたこともある。それでも彼は耐え、強くなった。Sランクの冒険者、”首刈り兎”と呼ばれるまでに。
――全ては、この時の為に。
”首刈り兎”は練兵場に集まった見学者達を見上げる。
彼にとっての本当の敵は、他の参加者ではない。自分から最愛の相手を奪っていった国そのもの。つまり、こうして物見遊山で集まっている権力者達だ。
自分の目的を果たし、同時にこいつらに意趣返しが出来ると思うと、”首刈り兎”はニヤつくのを我慢出来ない。
(そこでじっくりと見ていやがれ――)
”首刈り兎”は目を戻し、参加者達を睨みつける。
(——テメェらの度肝を抜いてやる!)
そして、始まりの鐘が鳴った瞬間。
ウサギは闘志を剥き出しにして、大地を駆け抜けた。
♦ ♦
「——え?」
鐘が鳴った次の瞬間、ネコタは間の抜けた声を上げた。
少しの動きも見逃さないよう、注目していたウサギの姿を見失ったからだ。
「えっ、あれ? 消えた?」
「いや、違う」
「速ぇな。気抜くとあたしでも見逃しちまうぞ」
目が命である【狩人】のラッシュと、同じく速度を武器とする【格闘家】のジーナは、その動きを辛うじて捉えていた。
何が起きたのかとネコタが問いかける前に、練兵場で異変が起きる。
同じくウサギの姿を見失っていた参加者の一人が、腕から血を吹き出したのだ。
「——ぎっ、ぎゃああああ!」
「な、なんだ!? 何があった!?」
「なんで急に――痛っ、あああああああ!?」
一人、また一人と血を流し、武器を落として蹲る。
共通するのは、いずれも武器を持っていた方の腕に、切傷が付けられているということだ。しかし、それ以外は何も分からない。原因不明の異常事態に、参加者達が恐怖に包まれる。
そしてそれは、ネコタも同じだった。最悪な想像をして、顔を青ざめさせる。
「あの、すいません。何が起きてるんですか? まさか幽霊でも居るんじゃ……」
「アホ。集中してよく見てみろ。そうすりゃテメェでも見える筈だ」
怖いくらい真剣な顔で会場を睨むジーナにそれ以上聞くことが出来ず、ネコタは言われた通り、じっと会場を観察した。
そして、気づく。時折、黒い線のような物が見える。それが通った場所に居た参加者が、数瞬後に腕から血を噴きださせている。
まさかと思いながら、ネコタはジーナに確かめた。
「あの、もしかして……」
「ああ、思っている通りだ。あのウサギは消えたんじゃねえ。単純に、見えないほど速く動いて斬り掛かっているだけだ。あそこに居る連中程度じゃ反応も出来ねぇだろうな」
ジーナは次々と増える犠牲者達を眺めながら、酷薄とした笑みを浮かべた。
こうして上から見ていても、気を抜けば見失ってしまうのだ。あそこに居る連中では、まさしく消えたようにしか思えないだろう。
かく言うジーナも、初見であの場に居たら対応できたかどうか分からない。同じく速度に重きを置く己を凌ぐ、信じ難い速さだ。
何が起きたか分からずに、次々と人が倒れていく。
そうして恐怖に飲まれ、隙を見せた奴から順番に狩られる。そしてそれはまた恐怖を伝播させ、残った者により大きな隙を作る。そこに獲物を甚振るといった遊びはない。
冷酷に、それでいて容赦なく一瞬で勝負をつける。遊びを感じられないその戦い方は人ではなく、まさしく獣の狩りに等しい。
そこまで考えたところで、ジーナはブルリと体を震わせた。
獣の身体能力に、獣の感性と人の理性を併せ持つ剣士。もし戦ったのなら、どれだけのスリルを与えてくれるだろう。きっと、かつてない戦いを味あわせてくれるに違いない。
面白い。素直にジーナはそう思った。
「すげぇな、ははっ! こんな気分になったのは久し振りだ! これが終わったらあたしとやってくんねぇかな!」
「止めとけよお前。絶対模擬戦で終わらないだろうが」
興奮するジーナにうんざりとしながらも、ラッシュは感嘆して呟く。
「しかし実際、あの速度はちょっと尋常じゃないな。強化魔法込みでの速度だろうが、自己強化が出来る獣人の魔法剣士か。一部の獣人は魔法の適正が高いと聞くが、これ程とはな。なるほど、Sランクに届くのも頷ける」
「魔法を使われる前に出鼻で潰すしかねぇな。でなけりゃ、あたしが一気に不利になる。勝てないとは言わねぇが、少しずつ削られて負けるだろうな。いや、いっそ引き込んでカウンターを狙うか? そっちの方がまだ勝率が高そうだ……」
「だから本気で勝ち筋考えてんじゃねえよ! あいつは仲間! 仲間ですから!」
爛々と目を輝かせるジーナにラッシュが突っ込む。
二人の会話がたまたま耳に入ったのか、静かに会場を眺めていたアメリアは、ポツリと呟いた。
「使ってない」
「ん? なんだって?」
「だから、魔法なんて使ってない。魔力を感じないもの」
「はぁ!? じゃあ何か!? あいつは素の身体能力だけであれだけの速さを出してるってのか!?」
よほど驚いたのか、ラッシュはらしくないほどの動揺を見せる。ジーナも同じ考えだったのか、目を瞠ってアメリアを見つめた。しかし、アメリアはそれ以上は何も答えず、熱心に練兵場を見ている。おざなりだが、それは無言の肯定だった。
まさかと思いつつ、二人も会場に目を戻す。いくら獣人とはいえ、これだけの動きを見せるとは到底信じられない。だが、【賢者】であるアメリアの言葉だ。魔法に関して彼女の右に出る者はいない。その彼女が言うなら間違いないのだろう。
今でさえ異常な速さだというのに、まだ上がある。その事実にラッシュは戦慄した。もしアメリアの強化魔法を受けたら、一体どれだけの速さになるのだろうか。
「おい。お前、あいつが強化魔法を使ったら勝てるか?」
「…………」
ラッシュの問い答えず、ジーナは無言のまま、悔しそうな顔で縦横無尽に走り回るウサギを睨みつける。それは言葉にするよりも分かりやすい反応だった。
――こいつに戦わずして負けを認めさせるとはな……。
感服しながら、ラッシュはまた暴れまわるウサギに目を戻す。ようやく速度に目が慣れ、ウサギの姿が少しずつ見えてきた。
軽やかに、それでいて鋭く。地を這うように、飛び跳ねる。小さな体躯と、それに見合わぬほどの強靭な筋力を備えたあのウサギの獣人だからこそできる動きなのだろう。一見すれば可愛らしい姿は、速度という一点においてこれ以上ないほどに優れた形なのだ。
余裕のある表情で、軽快に戦場を飛び跳ねる姿を見て、ラッシュは確信する。
自分達に匹敵する仲間? いや、違う。
あのウサギは、俺たちの中の誰よりも強い剣士だ。
「運が良ければと考えていたが、とんでもない大当たりを引いたな。これは決まりだ。何がなんでもあいつを引き入れる」
「はい、僕も賛成です。凄く頼りになると思います」
「異論はねぇ。あの馬鹿どもがごちゃごちゃ言うようなら本気で黙らす」
まだ決着は着いていない。だが、三人の中では既に決まっていた。あのウサギを置いて、他の奴らを入れるなんてあり得ない。どうやって認めさせようかと、それぞれが自分なりに考え、相談し始める。
そんな三人に混ざらず、アメリアは練兵場を見続けていた。しかし彼女もまた、ウサギの強さに魅せられていた。
「……カッコ良い」
熱に浮かされたように頬を赤く染め、アメリアはウサギに熱い視線を送っていた。
それほど時間は掛からず、直に決着はついた。
ろくに疲れも見せない無傷なウサギと、利き腕を斬られひれ伏した参加者達。
誰が見てもハッキリと分かる。最早論ずる間でもない。
圧巻と言える結果での、ウサギの完全勝利だった。
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