水中機動戦

「あれは竜属ドラゴン――海竜シーサーペントか!?」


「海竜は海竜でも、あれは首長竜――プレシオサウルスです!」


 驚愕する早乙女くんの言葉を、わたしは訂正しました!

 あの形状、まちがいありません!

 子供の頃から何度となく、好事家のお父さんに図鑑を見せられてきました!


「恐竜かよ!」


「いえ、学術的には大型の水生爬虫類です。恐竜は陸上で生息する大型爬虫類を指す言葉ですから!」


「機関始動! 全力回避! ――田宮、振り切れ!」


「Aye-aye Sir!」


 主機関、補助機関の出力が一気に高まり、船体が急加速します!


「最大戦速! 面舵、アップ一杯!」


 田宮さんが叫び、舵を右に切りつつ、上昇します!

 この湖は全長こそ長いですが、全幅は2km、水深は深いところでも230mほどしかありません!

 水中戦を演じるには狭すぎます!

 擦過するように交差する、ハワード号と “首長竜” !

 攪拌かくはんされた湖水で船体が激しく動揺します!


「プレシオサウルスだって!? あいつはせいぜい3mを超える程度なはずだぞ! こいつは50ある!」


 恐竜に興味があったのか、五代くんが博識を披露します!

 そうなのです!

 この首長竜は異常なまでに大きいのです!


「ネッシーかよ!」


 早乙女くんが条件反射で叫び返します!

 ですがネス湖のUMAだって、ここまで大きくはないはずです!

 強いていうのなら、放射性廃棄物を食べて巨大化した――。


「戦闘行動中だ! 無駄口を叩くな! 舌噛むぞ!」


 隼人くんがクルーを叱り飛ばします!

 反撃するにしても、浮上・接岸して待避するにしても、まずは距離を取らなければなりません!

 しかし水中を住処にするだけあって “首長竜” の動きは、巨体とは思えないほどに俊敏で、容易に振り切ることができません!


「大きいくせに、なんて小回りの利く奴!」

 

「2-5-5の湖底に深い亀裂がある! 幅はこっちの船体ギリギリ! 奴の長首は追ってきても身体はつっかえる幅だ!」


 必死に舵輪を操作しつつ田宮さんが毒突けば、五代くんが音響探査スキャンで見つけていた亀裂の存在を報告し、隼人くんの判断を仰ぎます!


「場合によっては袋の鼠になるが――田宮、その亀裂に侵入しろ!」


「Aye-, Captain! ――みんな掴まって! 取舵一杯、ダウン60!」


 ハワード号は出しうる最大速力のまま左舷に急旋回しつつ、六〇度の角度で湖底に走る亀裂を目指します!

 潜航角六〇ともなると、ほとんど急降下です!


「目標、後方50! 45、40――なおも接近中!」


「後方サーチライト点灯! メインモニターに後方の映像を出せ!」


「後方サーチライト点灯! メインモニターに後方の映像、Aye!」


 正面モニターの一画に、迫りくる首長竜の凶悪な顔が映ります!


『信じられねぇガァ! は小せえがオイラ超高性能艦だぜ! それに追いついてくるなんて、何を食ったらあんなに化け物に育つんだ!?』


「この湖に満ちている魔力をすべて力に変えているのかもしれません! もはや恐竜というよりも精霊に、それも大精霊に近いのでしょう――リヴァイアサンです!」


 驚愕するショートさんに、わたしは叩き付けるように言いました!


「くそう、この船には後部発射管がねえんだ!」


 早乙女くんが悔しさに顔面を歪ませます!

 長距離での誘導弾の使用が前提での設計です!

 船尾方向に向けた発射管はありません!

 仮にあったにしても近距離過ぎて、こちらまで被害を被ってしまいます!


 メインモニターにサーチライトに照らされた亀裂が現れ、急速に近づいてきます!

 

「狭いぞ、入れるのか!?」


「“突きだれ” に突きを入れるのに比べれば、どうってこないわよ!」


 亀裂の狭さに早乙女くんが目を見開けば、田宮さんは臆することなく突進します!

 そして画面一杯に広がる、大蛇の如き亀裂!


 ゴウッ!


 亀裂に侵入した瞬間、乱れた湖水が逃げ場を失い、船体を激しく揺さぶりました!

 それでも田宮さんは懸命に船を安定させ、激突することなく船幅ギリギリの亀裂を超高速で潜航します!


「後方、首がくる!」


 亀裂の中まで追いすがってきた暴竜の頭部が、無数の牙の生え揃った大口を開き、ハワード号の船尾に襲い掛かります!


南無三宝なむさんぽう!」

 

 ガチンンンッッ!!!


 田宮さんが叫んだ直後、閉口の衝撃が船体を叩きました!


「きゃあ!!!」


 安西さんの悲鳴が、赤色灯の点ったブリッジに響きます!


「損害は!?」


「大丈夫だ、すんでのところでかわした!」


 後部カメラには見る見る離れていく、暴れ狂う “首長竜” の顔面が映っています。

 どうやらこれ以上は入ってこれないようでした。


「か、掛け値なしに、これまでで一番スリルがあったぜ……」


「大丈夫か?」


「う、うん……」


「田宮、よくやってくれた」


『ああ、お侍れぇの大手柄だ』


「な、なんのこれしきでござる」


 早乙女くんが、五代くんが、安西さんが、隼人くんが、ショートさんが、そうして殊勲の田宮さんが、総身に汗を浮べながら安堵と疲労の滲む言葉をつなぎます。


「各員、船体チェックを――非常灯を消せ」


 ブリッジの照明が通常に戻り、各員から報告が上がります。


「船舵、問題なし」


「副船舵、問題なし」


「聴音、問題なし」


「機関、問題なし」


「火器管制、問題なし」


 全て異常なし。A-OK.


「よし、このまま亀裂を進み距離を取る」


「距離を取ってどうするんだ? 逃げるのか?」


「いや、“水精ウンディーネ” は俺たちを “首長竜” の元へと導いた。あれは退治してくれという意味だと思う」


 早乙女くんの問いに、隼人くんが顔を横に振って答えます。


「うん。枝葉さんのいうように、あの恐竜が湖の魔力を吸って大きくなったのなら、同じ湖に存在する “水の精” としては迷惑かもね」


 安西さんがうなずきます。

 魔術師メイジ である彼女は、精霊には自然界に満ちる魔力=精霊力が必要なことを理解しています。


「安全距離まで離れたら亀裂を出るぞ」


 ブリッジに再び緊張がみなぎります。

 そして――、


「船体上昇! 亀裂を出る!」


「船体上昇! Aye!」


「0-3-0、距離12,000に “首長竜” を探知!」


「よし、やるぞ瑞穂! 魔導雷撃戦用意! 精霊誘導弾エレメンタルトーピードー全管装填、対生物弾頭!」


「魔導雷撃戦用意! 精霊誘導弾全管装填、対生物弾頭! Aye!」


 隼人くんの指示に、指先が滑るようにコンソールを操作します!

 まったく自分の身体であってそうでないようです!


「全発射管、装填完了!」


「測的完了次第、全管発射!」


「測的完了次第、全管発射! Aye!」


 そして!


「測的完了! 精霊誘導弾、全管発射!」


 船体に鈍い振動が走り、強大な湖中の獣に向かって反撃の矢が放たれます!



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★スピンオフ第二回配信・完結しました

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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