万能潜水艦 ハワード号

『ようこそ! 絶対に沈まない、オイラの万能潜水艦 “ハワード号” へ! ガァ!』

 

 アヒル号改め、ハワード号。

 その電子臭の漂うブリッジに、“ダック・オブ・ショートショートのアヒル” さんの脳天……快活な声が響きました。


((((((……えーーーーーーっっっ……))))))


 そして全員の胸の内で反響する『それはないでしょう』的、至極まっとうな反応。

 ここまで幸運にも生き延び、ついに熟練者マスタークラスにも認定されたわたしですが……。

 さすがにこれは予想できませんでした。

 

『ガァ、ガァ。どうしたい、皆の衆。アヒルが豆鉄砲を喰らったみてえな顔してよ』


「え、ええと、ショーちゃん……でいいのよね?」


 愉快げに笑うショートさんに、田宮さんが怖ず怖ずと問いかけます。


『正確には本人の鳥格とりかく(人格のことだと思います)をコピーした制御AIだけどな。でも最新の記憶にアップデート済みだから、おめえさんたちのことも覚えてるぜ。ガァ、ガァ』


「そ、そう。不思議な感じがするけど、また会えてうれしいわ」


『オイラもだぜ、美人のお侍ぇ』


 そこでようやく安心できて、全員がブリッジに降ります。

 船内は空間制御がなされているようで、外から見た数倍のスペースがあります。


「アヒル、脅威のメカニズムだな……」


 ポカンとした早乙女くんの呟きが、皆の気持ちを代弁していました。


『――ところでオイラに乗り込んでるってことは、なにかしら水に関わる厄介ごとに遭ってるんだろ?』


「それなんだけどね――」


 ショートさんに訊ねられ、かくかくしかじかと事情を説明する田宮さん。


『なるほど、四階の泉――いや “霧の湖” か。あそこは迷宮でも一、二を争う広さと深さがあるからな』


「“水精ウンディーネ” はまるで俺たちを誘っているようだった」


『あの娘には善悪のエゴはねえから、害意はねえはずだぜ。おめえさんたちに何かを伝えてえのかもしれねえな』


「この船で湖の中を調べられる?」


『もちろんだ、ガァ! さあ、座ってくれ、出航するぜ!』


 田宮さんの言葉に、鳩胸(アヒル胸?)を反らすショートさん。


「特等席もらい! ――恋、隣り座りなよ」


「えー、なんか怖いよ――忍くんはそこね」


 メインモニター前のコーンソールの左に田宮さんが、右に安西さんが座りました。

 ブリッジの側面にもサブモニターとコンソールがあり、左舷ひだりげんには二席、右舷みぎげんには一席のシートがあります。

 安西さんは自分に近い右舷の席に、ちゃっかり彼氏を座らせてしまいました。

 まったく恋愛は女を強くします。


「志摩は、そこだな」


 そんな安西さんたちに微苦笑を浮べていた残された三人でしたが、早乙女くんが、ブリッジの中央に配置されたシートを隼人くんに勧めました。

 前述の五つのシートに囲まれるその席は、まぎれもなく船長席でしょう。


「そうですね。あなたはわたしたちのリーダーですから」


「こんなところに座っても、ネモ船長の真似はできないぞ」


『そんなことねえぜ、ガァ!』


「え?」


『そのシートに座れば自動的に、熟練の船長になれるぜ!』


 キョトン、としたわたしに、モニターの中のショートさんが茶目っ気たっぷりにウィンクします。


『この船には自動習熟機能がついてる。どんな素人だろうとシートに座れば瞬間的に熟練の航宙士船乗りと同じ知識と経験が身に付くって寸法よ、ガァ!』


「そ、そんな無茶な」


『無茶なもんか。なんならこの世界にだって、似たようなもんがあるんだぜ?』


「似たようなものですか? ――あ、“盗賊の短刀シーブズ・ダガー”」


『ご名答! ガァ、ガァ!』


 “盗賊の短刀” とは、熟練のマスター忍者の精髄が封じられた魔法の短刀で、秘めたる力スペシャルパワーを解放すれば、どんな属性の者でもレベルをそのままに忍者に転職クラスチェンジできるという、夢のようなアイテムです。

 “変身アイテム” と呼ばれ、他にも “蝶飾りのナイフバタフライナイフ” や “転生の金貨” “叙勲の指輪” などが確認されています。

 いずれも迷宮最奥でしか見つからないとされる、限りなく伝説に近い品々でした。


「まさに、アヒル脅威のメカニズムだな」


 隼人くんがナンセンス……といった風に面を振れば、


「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」


 機械仕掛けのメイド “トキミ” さんに『メイド三原則』を教授した早乙女くんが、再び “アーサー・C・クラーク” の言葉を引用します。


『さあ、早いとこ、座った、座った!』


(よいでしょう! どちらにせよこの船を操れないことには、湖の中を調べられないのですから!)


 わたしは意を決すると、左側面に並ぶふたつのシートのうち、左側に着きました。

 早乙女くんが右側、そして隼人くんがブリッジ中央の船長席です。


『皆の衆、心の準備はいいかい? そんじゃ行くぜ――ガ、ガ、ガ、の、ガァ!』


 ショートさんがアヒル語で1、2の3! と叫んだ、その瞬間!

 わたしの中に膨大な情報が流れ込んできました!

 数々の船乗りたちの記憶と経験!

 それがわたしの精神に着床・融合して、新たな魂魄へと昇華します!


「はぁ、はぁ、はぁ――!」


 本当に――本当に一瞬の出来事でした。

 ですがもうこの時には、わたしは僧侶にして潜水艦乗り――それも熟練の水雷員になっていたのです。

 

「驚いたな……潜水艦の指揮の仕方がわかるぞ」


「あ、ああ、俺もこの船の機関の仕組みが全部理解できる。すげえ……」


「わたし、この船の操船ができる。わたし操舵手だ――恋は?」


「わたしも操舵手。佐那子ちゃんが主で、わたしが副みたいだね――忍くんは?」


聴音手ソナーマン


『ガァ、ガァ、上手くいったみてえだな! 改めて、オイラの船にようこそ!』



 船長 :隼人くん

 操舵長:田宮さん

 副操舵:安西さん

 水測長:五代くん

 機関長:早乙女くん

 水雷長:ライスライト



 各員のこの船での担当です。


「各員、船体のチェックを。問題がなければ出港する」


「「「「「ヨーソロ」」」」」


 隼人くんの指示に、五人から思わずその言葉が返りました。


「船舵、問題なし」


「副船舵、問題なし」


「聴音、問題なし」


「機関、問題なし」


「火器管制、問題なし」


 全て問題なし。A-OK.


「よし――機関始動」

 

「機関始動、Aye-aye-Captain」


 隼人くんが一拍置いたあと指示を出し、機関長の早乙女くんが復唱してコンソールを操作すると、船体に微かな振動が走りました。


対消滅機関補機、圧力上昇。問題を認めず――臨界まで5、4、3、2、1――臨界。フライホイール接続、点火。縮退炉主機、始動」


 振動は瞬く間に力強い鼓動へと変わり、船が目覚めます。

 そして、


「万能潜水艦ハワード号――発進」


 志摩船長が、発進を宣言します。


「微速前進」


「微速前進、Aye」


 田宮さんがゆっくりと舵輪を操作すると、船体が静々と進み始めました。


「船体の離岸を確認。5、10、15、20――――湖岸からの距離100。水深80」


「潜航深度50、ベント開け」


「潜航深度50、ベント開きます」


 ――さあ、いよいよ初めての水中探索です!



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※スピンオフ第三回予告

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第三回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579/episodes/16818023212439343883

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プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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