ふたつの絶対
崩落した土砂と瓦礫は、玄室の半分を埋没させていました。
古く湿った、埃を被った土の臭い。
初めて迷宮に潜ったときに嗅いだ、死の臭いです。
パーティは言葉もなく、目の前の惨状に囚われていました。
一方通行の迷宮をひたすらに進み、最後に辿り着いたのがこの光景だったのです。
絶望が心をへし折ります。
「いえ、まだです。どこかに抜け道がないか探してみましょう」
わたしの言葉に、隼人くんたちがハッと我に返りました。
玄室は一×一
瓦礫の陰に扉や内壁の破れ、あるいは
「また崩れるかもしれない――瑞穂、調べる前に固めてくれ」
冷静さを取り戻した隼人くんの指示に、わたしは
これで多少は崩れにくくなったでしょう。
「大丈夫、大丈夫だ! 出口はある、必ずある! ないならないで掘ればいいだけの話だ!」
早乙女くんがわたしたち――というより、安西さんを励まします。
疲労で土気色になっている安西さんを座らせると、パーティは玄室の各所を調べて回りました。
最少の玄室が、さらに半分埋まってしまってるのです。
調べ尽くすまでさほど時間は掛かりません。
現実は……過酷でした。
「よ、よし、それじゃプランBだ。こっちが本命だからな。とっととこの瓦礫をどけちまおう」
それでも好漢早乙女くんは陽気な声で腕まくりし、瓦礫の山に向かいました。
彼が力を込めて大きな土塊を持ち上げた瞬間、
「――よせ、早乙女!」
パラリと天井から破片が落ち、隼人くんの鋭い声が飛びました。
ソロリソロリと手にした固まりを下ろす早乙女くん。
そしてついに空元気を失い、安西さんの側にガックリと座り込んでしまいました。
「少し休みましょう……魔物に襲われる心配はなさそうだし」
田宮さんも瓦礫から遠い壁際に座り込んでしまいました。
隼人くんも溜息を吐き、みんなに
わたしは壁抜けしてくる霊体系の魔物に留意しながら、座り込む前に千切れ落ちた縄梯子を確認しました。
ポッカリと口を開けた穴――垂直の
ザイルを使っても下りられるかどうかわかりません。
たとえ下りられたとしても、どこにも行き場のない閉ざされた “盗賊のアジト” に戻るだけです。
向けられる視線に頭を振ると、わたしも壁際に座り込みました。
それから左手の指に嵌められている魔法の指輪を使って、現在地を確認しました。
「第一層の “第二禁区” とラーラさんたちが呼んでいる区画ですね。おそらくですが “
「それが崩落で埋もれて、一〇〇年のうちに忘れ去れた……ってわけか」
「この区画が無事だったなら四層の “盗賊のアジト” は、既知の
隼人くんの述懐に、『今さら言っても詮無きことですが……』と答えます。
「そんなことより、どうやってここから出るの……?」
安西さんの押し殺した声が響きました。
「方法はふたつあります」
「ふたつもあるのかよ!」
行き詰まった状況に空元気を萎ませしまった早乙女くんが、頓狂な声と一緒に顔をあげました。
「ひとつはここで助けを呼ぶことです。“ララの自警団” は常にこの階層を警戒しています。壁を叩くなどしてわたしたちの存在を知らせれば、きっと救助の算段をしてくれるでしょう」
「そうか。そうだよな。ここはあの人たちの拠点だもんな。それこそが本命だよな」
「ですが問題もあります。わたしたちがここにいることに気づいてもらえたとして、瓦礫を除くにしても内壁を穿つにしても相応の時間が掛かります。ですがもう食料と水が残りわずかしかありません。飢えはともかく渇きに人間は長く耐えられません」
飢渇の苦しみのうち飢えは、頑健な肉体があれば数週間は耐えられます。
ですが渇きは、一滴の水分も摂取しなければ一週間も持ちません。
そして長く迷宮を彷徨ったわたしたちは、すでに軽度の脱水状態にあります。
「“
「もうひとつは?」
ゴクリ、と唾を飲み込む早乙女くんを無視して、安西さんが刺すように訊ねます。
「聖職者系第六位階の加護 “
「なによ、そんな良い方法があるならそれ一択でしょ。考えるまでもないじゃない。そもそもなんで今まで使わなかったのよ? ――な、なによ?」
田宮さんが快活にまくし立てたあと、隼人くんと早乙女くんから気まずげな視線を浴びて狼狽えました。
「そう単純にはいかねーんだよ。 “帰還” ってのは別名『すっぽんぽんの加護』って言われててよ。“
「すっぽんぽん……パンツって……」
想像したのでしょう。早乙女くんの説明に、田宮さんが表情を歪めます。
「装備を失う覚悟があって、羞恥心にさえ耐えられれば、使うべきだろう。だが今の状況では使えない……」
早乙女くんと同様、加護の知識がある
「当然よ! 絶対に駄目! 五人で助かったって意味ない!」
安西さんが五代くんの遺灰が詰められた背嚢を抱きしめて、全員を睨みました。
「わかってる。五代を置いていくわけにはいかない。装備も――特に
隼人くんが宥めますが、安西さんは背嚢を掻き抱いたままわたしたちを、わたしを睨み続けます。
直感的にわたしが、自分たちにとっての脅威であると感じているようです。
「五代くんを助けたいなら生きてください。あなたが渇きに耐えきれずに死んだら、わたしは他の人を、なにより自分自身を助けるために “帰還” の加護を嘆願します。
わたしにも絶対に生きてもう一度会いたい人がいるのです」
「そんなことはさせない、絶対に」
ぶつかり合う、ふたつの絶対。
「それなら壁の結露を舐めて生き延びることです」
わたしは立ち上がり、戦棍で壁を叩きました。
規則的に三回。
崩落が起きないことを確認してから、さらに三回。
近くを巡回するラーラさんたちが気づくように。
力を込めて、何度も、何度も、繰り返します。
最も困難な戦いは、人を信じる――信じ続けること。
ラーラさんを信じて待つ、最後の戦いが始まりました。
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