暗闇に光を求めて
このお話は、エピソード『同胞』と『救出』の間のお話となります
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「
早乙女くんの朗々とした読経が、玄室に響き始めました。
『少しだけ、時間をくれねえか?』
『別に
実家が仏寺の早乙女くんが誠実な表情で頼んだのです。
わたしたちはうなずき彼と飯牟礼大尉たち八人のために、聖水で魔除けの魔方陣を描きました。
異世界の迷宮に張られた
それは不思議で、荘厳な光景でした。
わたしにはこのお経の意味はわかりません。
好きな歴史小説に出てきて、少し調べた程度の知識です。
でもわたしの中に残っていた日本人である部分に、確かに響いたのです。
故郷から遠く離れてしまった身だからこそ、琴線を震わせるのです。
きっと飯牟礼大尉たちも同じだっただろうと思います。
やがて読経は、
そして唱題へ。
それも終わり最後に題目を三唱して瞑目すると、早乙女くんが立ち上がりました。
「すまねえ。ありがとう」
「もういいのか?」
「ああ」
「それじゃ行こう」
わたしたちは今度こそ、玄室の北にある扉を慎重に開けました。
「? 暗黒回廊じゃねえな」
早乙女くんが怪訝な声を上げます。
そこは一×一
「ねえ、ちょっと見てよ、これ」
周囲を見渡していた田宮さんが背後、南側の扉に打ち付けられた木板に気づいて、顔をしかめました。
表札とも看板とも採れるその板きれには、
“伝説の盗賊のアジト”
と仰々しく刻まれていました。
「盗賊が自分たちのアジトにこんなの掲げる、普通?」
呆れたかえったようでもあり、馬鹿にされて腹を立てたようでもあり、田宮さんが木板に毒突きます。
「迷宮一流の
わたしは手にしている羊皮紙に、その旨を書き込みました。
“一〇〇年後の呪いの大穴” の四層には、“盗賊のアジト” が拡がっているのは確かなのです。
本来マッピングは安西さんの役目なのですが、彼女は今自分よりも重い五代くんの遺灰を背負い、それどころではありません。
「北の扉を開けてみよう」
隼人くんがうながしました。
魔物の気配は感じられないようでした。
それでも
現れる “漆黒の正方形”
これが飯牟礼大尉の教えてくれた暗黒回廊でしょう。
「
安西さんのフルネームと同じ響きなのでいつも微かな笑みが零れるのですが、今は違います。
「先頭は――」
「わたしが行くわ。
田宮さんが進み出ました。
暗黒回廊内の
男女の体格差も合わせて、ザイルビレイのしやすさでは彼女の方が有利でした。
「頼む」
「任せて」
田宮さん。
隼人くん。
早乙女くん。
安西さん。
わたし。
パーティはこの一列縦隊で、お互いをロープで結びました。
「セオリーどおりにいく。まず右手を壁につけ
隼人くんの指示に全員がうなずき、わたしたちは暗闇に足を踏み入れました。
突然視力が奪われ盲目にされるのは、何度経験しても嫌な感じです。
闇中ではマッピングができないので、ここからは歩測での測量となります。
自分の歩幅から一
測量が正確なら、これで暗黒回廊の外縁が浮かび上がります。
あとは雑巾掛けの要領で中を塗り潰せば、暗黒回廊の全体像がわかります。
(パーシャだったら、きっと鼻歌混じりの作業なのでしょうが……)
羊皮紙に進んだ区画数を闇書きしながら、今は遠く隔たれてしまった一番の友達を思いました。
牧歌的なホビットにしては珍しく、行動的で感情的で、口から先に生まれたようによく喋る女の子。
その滑舌を活かした高速詠唱は、探索者随一。
地下の快適な
反面気が短く、腰を落ち着けた作業が苦手で、純粋な魔術の研究や知識の探求ではヴァルレハさんたちには一歩及ばない。
火の玉のような闘志はどんな強大な魔物相手にも怯まない、生粋の迷宮
彼女はあれから、どうなってしまったのでしょうか……。
マグダラ女王の指揮の下、悪魔王と最後の決戦に挑んだらしい彼女は……。
そしてレットさんたち他の人たちは……。
あの人は……。
(今のこの
幸いにして今回の暗黒回廊は、それほどの規模ではありませんでした。
魔物と
いったん扉を出て明るい場所で、ミミズがのたくったような闇書きのメモから地図を起こします。
羊皮紙に浮かび上がった暗黒回廊から、雑巾掛けが必要な区画を確認すると……。
「わずか一区画ですね」
地図を覗き込んでいた全員で苦笑します。
暗黒回廊自体が広くなかったので、外縁を確かめる過程でそのほとんどを踏破してしまったようでした。
パーティは残りわずかになった水で口を湿らすと、最後の一区画に向かいます。
一方通行に次ぐ一方通行で、帰路を絶たれ続けてきたわたしたちです。
この区画に何もなければ生還への道筋はさらにか細く、ほとんどゼロになります。
ひとつだけ残された手段があることはあるのですが……。
ある理由で、到底今の状況では使うことはできません。
ですからこれが、最後の
そしてわたしたちはその運試しに半ば勝ち、半ば負けました。
暗黒回廊の中に現れたのは、朽ちかけて今にも千切れそうな縄梯子だったのです。
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