朧影
バンッ!
北の壁に並ぶ二
「迎撃!」
隼人くんが即座に、簡潔で聞き間違えようのない指示を出します。
(
「前列を固めます!」
わたしは敵の戦力を確認すると、間髪入れずに告げました。
雷速の速さで
“
「す、すげえ! 全員かよ!」
「感心してないで殴りなさい! 前衛でしょ!」
固まったひとりを抜打ちの一刀で斬り捨てた田宮さんが、隊列三番手の早乙女くんに怒鳴りました。
「お、おう! ――後列も頼まぁ!」
叫ぶなり怒声を上げて
わたしから譲られた魔法の戦棍が振り下ろされ、なんの防具にも守られていない盗賊の頭骨をその
隼人くんも鮮やかな魔剣の三回攻撃で、ひとりを屠っています。
わたしはチラリと安西さんを確認しました。
安西さんは疲労困憊の様子で
呪文も唱えずただ目だけが、爛々とした光を放っていました。
(よいでしょう! 彼を運ぶこと、それがあなたの戦い――愛なら、貫いてください!)
「後列も固めます!」
不可視の棘が、さらに六人の凶盗を絡め取ります。
・
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「どうやらこの盗賊たちが、あの
血溜まりに転がる一二体の屍を、田宮さんがやるせない表情で見下ろしています。
「そう考えるのが一番しっくりくるな」
同意する隼人くん。
玄室には静けさが戻った代わりに、ムッとする鉄錆の臭気が漂っていました。
「だけどコイツら、その何というか……全員、物狂ってたぜ?」
早乙女くんは釈然としないようでした。
しきりに首を捻っています。
「きっと枝葉さんと五代くんが話していたとおりなんでしょう。狂気に囚われて黄金への妄執が強まったのよ」
「瑞穂はどう思う?」
「ええ、そうですね……考えるべきは結果ではなく原因の方だと思います」
「原因……どういう意味?」
「隧道を掘ったのがこの盗賊たちか否かは問題ではありません。問題なのはどうしてこの盗賊たちがここにいるかです」
わたしを見る田宮さんの表情が、ますます怪訝なものになります。
「ショートさんの話を思い出してください。あの人は『この
「つ、つまり、どういうことだ?」
「……誰かが召喚した」
早乙女くんの疑問に答えたのはわたしではなく……。
「ええ」
杖にすがる安西さんにうなずきます。
「今世界で生き残っている人類は一階でラーラさんたちに守られている人々の他は、各階層にごく少数の
「そ、それってつまり」
ゴクリと生唾を呑み込む早乙女くんに、顔を向けます。
「つまり、この迷宮には
沈黙が場を支配しました。
「確証はありません。ですがそう考えるのが一番しっくりとくるのです。この憐れな “みすぼらしい男” たちを召喚し狂わせた何者かがいると考えるのが」
「……そいつが……そいつが五代くんをあんな目に……」
「それは不明です。“
しかしわたしの言葉は、凄惨な輝きを瞳に宿す安西さんには届きませんでした。
「その答えはいずれ出るだろう。今は一階への帰路を見つけ出すのに集中だ」
隼人くんが会話を打ち切り、わたしは黙礼を返しました。
「まあ、良い方に考えようぜ! ここが盗賊のアジト――ギルドのなれの果てなら、出てくるのはみんな盗賊だ。魔法も加護もねえ。与しやさし、って奴さ!」
ムードーメーカーの早乙女くんらしいポジティブシンキングです。
「もうしばらく前衛をお願いします。加護が残り少なくなったら代わりますので」
「おう、肉弾戦なら1-Aの誇るビッグマンに任せろい!」
早乙女くんの口から漏れた懐かしい言葉につかの間、優しい空気が流れました。
「よし、絶対に生きて還るぞ」
迷宮支配者の気配を感じつつ、パーティは進発します。
◆◇◆
そこは蒼氷の世界だった。
床も壁も天井も、吐き出した息さえも凍り付く、氷結の世界。
変容が極まった一〇〇年後の “呪いの大穴” の中でも環境の厳酷さでは、他の追随を許さない階層。
迷宮第六層。
その極寒の階層を、ふたつの影が進んでいた。
ひとつは小さく、ヒタヒタと。
もうひとつは大きく、ドスンドスンと。
人影と表現するにははばかられる陰影が、蒼白い氷壁に揺れている。
「ブワーーーックション! ううっ、寒ぶ寒ぶ!」
小さい方の鳥影が両翼で身体を抱きしめながら、激しく身震いした。
「ズズッ……ここまで寒いと、さすがのオイラの羽毛でも苦戦するぜ、ガァ……」
“
「殿下は寒くねえのかい……?」
「オウ~ン」
ひとつ目の巨人が紫の身体を揺らして、快活に答える。
「そうか。殿下の毛皮はアヒルの羽毛より高性能なんだな……羨ましいよ、ガァ」
奇妙な
「……オウ~ン」
「なんだい? ライスライトたちが心配ぇなのかい?」
「……オウン」
「なに心配はいらねえよ。オイラの見立てじゃあの聖女様はなかなかになかなかな、なかなかの女傑だぜ。仲間の連中はまだちょっとばかし尻に卵殻をつけてるけどな。ま、それぐらい良いハンデキャップだろうよ」
アヒルはそういいながら、心配そうな感情を湛える巨人のひとつ目を見上げた。
どうやらこの心優しい巨人はあの聖女に、憎からぬ想いを抱いているらしい。
「殿下の
「オウン! オウン!」
照れた巨人が顔の前で、大きな手を団扇のように振る。
「ガァ、ガァ、ガァ!」
アヒルが愉快げに笑う。
極寒もこの時ばかりは気にならない。
アヒルは聖女が好きだった。
巨人のことも好きだった。
ふたりが
だがそのためには、巨人にかけられた邪悪な “呪い” を解かなければならない。
呪いを解き、巨人を元の姿に戻してやらなければならない。
亡国の王子と過去からきた聖女の番。
命をかけるに価する、慶事にして快事ではないか。
邪気が周囲に充ちた。
「殿下、いよいよだぜ」
「オウン!」
身構えるアヒルと巨人の前に、
ふたりがこの蒼氷の階層に降りてきた
巨人に呪いをかけた張本人。
この迷宮最凶の魔術師 “
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