翼を持った少年★

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211789542151


 わたしは懸命に “怪物百科モンスターズ・マニュアル” の該当項目を思い出していました!


 “黄銅色の悪魔ブラスデーモン” のモンスターレベルは10!

 “滅消ディストラクション” で消し去ることはかないません!

 耐呪レジスト率は五〇パーセントですが、炎と氷の魔法に耐性があり、たとえ呪文が通ったとしてもダメージを半減します!

 致死耐性もあるので “酸滅オキシジェン・デストロイ” で窒息させることもできません!

 自身は第三位階までの魔術師系の呪文を操り、集団での “焔爆フレイム・ボム” は脅威です!

 単体での強さはそれほどではありませんが、数が出現すると――。


(嫌らしい相手です!)


「志摩、田宮! 手負いのデカブツをまず片付けろ! こっちはなんとかする!」


 五代くんが短剣を逆手に叫びます!


「枝葉、月照ゲッショー! “静寂サイレンス” だ! やるだけやれ!」


「了解です!」「ゲッショー言うな!」


 巨体と怪力の代償として重い高位悪魔系の “赤銅色の悪魔” と違い、低位悪魔系の “黄銅色の悪魔” は小柄で飛翔することができます!

 出現した三体すべてが頭上を飛び交い金切り声を上げている状況では、新しい魔法封じは使えません!

 耐呪される危険を承知で “静寂” を使うしかないのです!


「わ、わたしは!?」


「枝葉を手伝え!」


 すがりつくような安西さんに、五代くんが短弓を肩から外しながら叩きつけます!


「生き残れるかどうかは枝葉しだいだ! こいつはパーティの要で頭脳だ!」


「評価していただけるのは嬉しいですが、ご期待に添えるかどうか――」


「おまえはの女だろう! だったらなんとかしてみせろ!」


 くだんの短弓で飛び交う悪魔を牽制しながら、怒鳴る五代くん!

 次々に放たれる矢は悪魔たちの詠唱を妨げていますが、矢には限りがあります!


「酷え他力本願だ!」


「ですが、そう言われては引き下がれません! まずは “静寂” から! 合わせてください!」


 顔を歪める早乙女くんに叫びながら、チラリと隼人くんたちを確認します!


(大丈夫! “赤銅色の悪魔” はまだ次の呪文を唱えていません!)


「お、おう! 任せろい!」


 倍掛けユニゾンで唱えられる、沈黙の加護!

 五代くんの矢が尽きて、三匹の悪魔がようやく呪文の詠唱を始めたとき、わたしと早乙女くんの嘆願が帰依するそれぞれの神に聞き届けられました!

 ひとつ、ふたつ――掻き消える “焔爆” の韻律!

 最後の一匹は、何事もなかったように詠唱を続けます!


 ですが不意にその一匹がぐらつき、腐葉土の堆積する床に落下しました!

 間髪入れずに飛びつき、心臓に短剣を突き立てる五代くん!

 瞬息の速さで唱えられた安西さんの “昏睡ディープ・スリープ” です!

 第一位階の呪文だけあって詠唱は極短く、“黄銅色の悪魔” の唱えていた “焔爆” を抜き去り眠らせたのです!

 ここ一番で呪文を通した安西さんの集中力はさすがでしょう!


(それにしてもあのふたり、息の合ったコンビネーションではありませんか!)


「よし! これで呪文は全部封じた!」


 早乙女くんがガッツポーズを決め、形勢は再びわたしたちに傾――。


 直後、真っ赤に染まる視界!


 爆炎に包まれ吹き飛ばされたわたしは、湿った腐葉土の上を転げ回って必死に炎を消しながら、混乱の極みに叩き落とされます!


(“焔嵐ファイア・ストーム” !? そんな! 詠唱はしていなかったのに!)


 七転八倒の末どうにか消し止め、ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返します……。

 肺が……内側から焼けるようです……。

恒楯コンティニュアル・シールド” のお陰で着衣に燃え移らず……火達磨にならなかったのは幸運でしたが……それでも熱傷によるダメージは防ぎ切れず……。

 先の “氷嵐アイス・ストーム” と合わせて……わたしは……死亡デッド寸前でした……。


 最後の力を振り絞って……顔を上げます。

 そうしてわたしは悟ったのでした……自分たちの身に何が起ったのかを。


 ――ガシュウウウウゥゥゥ!


 仁王立ちする “赤銅色の悪魔” の口から吹き零れる、高圧の蒸気……。


「ブ、竜息ブレス……!」


 わたしはヒリつく喉で呻きました……。

 この “高位悪魔グレーターデーモン” の亜種は、原種にはない竜息を持っていたのです……。


 魔物にとっての竜息は、わたしたちにとっての魔道具マジックアイテムのようなもの……。

 詠唱に囚われず、魔法に匹敵する強大な力を行使できるのです……。

 竜息の威力は、魔物の生命力ヒットポイントに比例します……。

 隼人くんと田宮さんが手傷を負わせてくれていなければ、パーティは全滅していたでしょう……。


(残る……敵は……)


 “赤銅色の悪魔カッパーデーモン” ×1

 “黄銅色の悪魔ブラスデーモン” ×2


 “黄銅” は封じましたが、“赤銅” の呪文は生きています……。

 パーティは壊滅寸前で反撃する余力は……ありません……。

 

 それでも……。


 視線の先で隼人くんが、よろよろと立ち上がりました……。

 田宮さんも腐葉土に愛刀を突き立て、立ち上がります……。

 背後では早乙女くんや……安西さんまでもが立ち上がる気配がします……。

 誰も彼も……死にたくはないのです……諦めたくはないのです……。

 

 勝利を確信したのでしょう……。

 悪魔たちは呪文を詠唱することも、竜息を吹き付けることもせず……わたしたちの最後の足掻きを見下ろしています……。


 わたしはどうにかその油断を衝こうと、考えを巡らせました……。


 “赤銅”、“黄銅” ともに魔法への高い抵抗力がある上、さらに炎と氷と致死にまで耐性があります……。

 “焔嵐” …… “氷嵐” …… “酸滅オキシジェン・デストロイ” ……。

 どれも抵抗されてしまえば……待っているのは……全滅……死。

 唯一可能性があるとすれば……。


(電撃…… “神威ホーリースマイト” )


 聖職者が……わたしが嘆願できる……最強の攻撃魔法……加護……。

 でも魔法は魔法……加護は加護……。

 それすらも抵抗される可能性が……危険が……。

 でも耐性がないのは……電撃……雷のみ……。

 電撃……雷……。

 電撃……。


 電流が全身に走り、わたしの命の残り火が燃え上がりました!


「前衛! 時間を稼いでください!」


 わたしは叫ぶなり、息も絶え絶えの早乙女くんと安西さんを振り返りました!


「手伝ってください! これが正真正銘、最後の悪巧みです!」


◆◇◆


 瑞穂の声に隼人と佐那子は、己が最後の命を燃やして吶喊した。

 ふたりは瑞穂を信じていた。

 熟練者マスタークラスの迷宮無頼漢であり、自分よりも遙かに経験とセンスに秀でた彼女を。

 なによりも生きたかった。死にたくはなかった。

 隼人も佐那子も、こんなところで朽ちたくはなかった。

 “苔むした墓” を建てたくなかった。

 だから走った。

 剣を振り上げた。

 だが “氷嵐” を受け竜息を浴びたふたりの動きは、悲しいほどに鈍かった。


 そんな人間たちの健気な足掻きを、巨大な悪魔と二匹の眷属は優越と愉悦に浸って見下ろしていた。

 “赤銅色の悪魔” は思った。

 強靱な外皮と太い筋繊維の束に守られている自分にあのような弱々しい斬撃など、もはや脅威にならない。

 “黄土色の悪魔” にいたっては、剣も刀も届かぬ絶対安全な上空からをしゃれ込むだけである。

 ふたりの人間はついに力尽き、その場に膝を突いた。


 “赤銅色の悪魔” は地響きを立てて、隼人と佐那子から距離を取った。

 呪文にするか、竜息にするか。

 どちらにせよあっけなく踏み潰すよりもその方が、絶望を与えられるだろう。 

 呪文がいい。

 呪文に決めた。

 竜息と違い、時間を掛けてゆっくりと唱えることができる。

 充分に離れたところで “赤銅色の悪魔” は、二発目の “氷嵐” を唱え始めた。

 “黄銅色の悪魔” は金属質の歓声で囃したてている。


 だから足をすくわれた。


 かつてやさぐれた迷宮保険屋は、彼ら魔族を評して言った。


“馬鹿ではないが間抜け”


 文字どおり滑るような速さと滑らかさで向かってくるに気づいたとき、“赤銅色の悪魔” は意味がわからなかった。

 そもそもは動かない物であったし、仮に動かしたにしても非力な人間にこんな勢いが出せるはずがない。

 状況がさっぱり理解できなかった。


 


◆◇◆


「押っせええええええっっっ!!!」


 肺腑を絞り尽くす絶叫を上げて、わたしは――わたしと早乙女くんと安西さんは、渾身の、身体に残る最後の力を振り絞って 宝箱チェストを押しました!

 “反発レビテイト” の呪文が掛けられた宝箱は、氷上を滑るカーリングの石よりもずっと速く、“赤銅色の悪魔” に向かって滑走します!

 摩擦係数の高い腐葉土の上でも関係ありません!

 わずかなりとはいえ、完全に浮き上がっているのですから!


 電撃が通りやすいとはいっても、例えそれが聖職者系最高位の加護とはいっても、加護は加護! 魔法は魔法! 耐呪の対象です!

 ですがこれなら――宝箱に仕掛けられているなら!


 ガツンッ!!!


 そして勢いを減じることなく、巨大な悪魔の足に激突する宝箱!


「どうだぁ!!?」


 これで上手くいかなければ――死です!!!


「あ、ああ……」


「そ、そんな……」


 安西さんの……早乙女くんの口から……絶望が漏れます……。

 起死回生をかけた宝箱は “赤銅色の悪魔” を直撃したものの開くことはなく、制止してしまいました……。


「万事……休す」


 万策尽きて呟いたわたしの視界を、動くものがありました。

 宝箱に駆け寄り振り向いた微笑みは、彼が始めて見せる邪気のない表情でした。

 それはわたしに向けられた微笑ではありませんでしたが、それでもわたしは思ったのです。


 “ああ、やっぱりこの人はあの人に似ている”


 ……と。


 “きっとあの人もわたしの心の迷宮で炎に巻かれるとき、こんな風な透明な笑顔を浮かべていたのだろう”


 ……と。


「だめえええーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!」


 安西さんの絶叫に背を向けると五代くんは宝箱を蹴り開け、“電撃エレクトリック・ボルト” を作動させました。



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※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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