アヒルと巨人

「――よし、出発だ!」


 金色の泉で喉を潤して精神力マジックポイントを回復させると、隼人が矢も楯もたまらない様子で宣言コールした。

 他のメンバーも気持ちを入れ直し、装備を持つ。

 とにかく枝葉瑞穂と合流しなければならない。

 いくら彼女をのが元は人間だったとはいえ、魔物は魔物。

 とてもではないが、安全とは言い切れない。


「ここと……ここに穽陥ピットがあるの。あなただけでなくわたしたちも越えられるの?」


 恋が地図を見せながら、ショートに訊ねた。


「ガァ! 問題ねえ――まってな、今まじないを施してやるから」


 アヒルの霊媒師はそういうと、呪文の詠唱を始めた。

 言語といい韻律といい、聞いたことのない呪文だった。


 と、


「――!?」「うおっ!?」「きゃっ!?」「な、なに?」「……!」


 ショートを除く五人が、自分の身に起きた変化に驚きの声を上げた。

 ほんのわずかばかりだが、身体が宙に浮いている――。


「“反発” の呪文だ。これなら穽陥に落ちることもねえし、足音も消えるから敵に気づかれにくくもなる――なかなか便利なまじないだろ?」


「う、うん……こんな魔法が生み出されていたなんて」


 魔術師メイジ である恋は魔法の進歩を目の当たりにして、初めて一〇〇年という時の流れを実感できた気がした。

 恋にとってこのアカシニアは、異世界。

 その一〇〇年後の世界に再度飛ばされたからと言って、どこか遠くの出来事のように思えていたのだ。


「こんな凄え呪文があるのに、なんで溺れてるんだよ」


「馬鹿ね、宙に浮かんでたら水浴びはできないでしょ」


 月照の無神経な言い草に、佐那子がキツい視線を返した。


「……おいらカナヅチなのに、大切な浮き輪をなくしちまったんだ。あれお気に入りだったんだけどなぁ……」


 しょんぼりと呟いたショートに、気の毒になった佐那子は優しく声を掛けた。


「わたしたちも気をつけておくわ。迷宮で見かけたら必ず届けてあげる」


「ありがとうよ、女のおさむれえ。傷心の身に人の情けは染みるぜ」


 グスッと鼻を鳴らすアヒルに、佐那子はキュン! となった。


「――そうだ。人情をかけてくれたお礼だ。あんたにこれをやるよ、お侍」


「え?」


「まだ浮き輪をなくす前に、この泉の底で見つけたんだ――え~と、どこだったか」


 ショートのアヒルはそう言いながら、だぼだぼの法衣ローブ衣嚢ポケットに片端から翼端を突っ込んだ。

 しばらくそうして法衣のあちこちを引っかき回してから、


「あった、あった。これだぜ、これ」


 目的の品を見つけ出すと翼の端にそれを載せて、佐那子に差し出した。


「鍵! それも黄金の!」


「ああ、いかにもな感じだろう? オイラにもどこで使うもんかはわからねえんだが、おめえさんたちはこれからまだまだ迷宮の深い所に行きなさるんだ。持っていけば何かの役に立つかもしれねえ」


「ありがとう、アヒルさん!」


 佐那子は我慢できなくなって、ショートに抱きついた。

 実は佐那子は、アヒルが大好きだったのだ。


「いいってことよ、ガァ!」


 ショートは満更でもない顔でひと鳴きした。

 そうして臨時にアヒルの霊媒師を加えたパーティは、出発した。


◆◇◆


 パープル翠碧色エメラルドの幾何学模様……そんな目眩のするような床と壁が続く回廊を、わたしとオウンさんは進んでいました。

 オウンさんの左肩に腰掛けたわたしは、右手で彼の白髪を握って身体を安定させています。

 魔物の髪だというのにまるで昨日お風呂に入ったように清潔で、不快な臭いや手触りなどはありません。


(本当に……よっぽどあの人より綺麗好きですね)


 あの人は……どうしているでしょう。

 ちゃんとお風呂に入っているでしょうか。

 ちゃんとご飯を食べているでしょうか。

 お酒ばかり飲んではいないでしょうか。

 

 心配です……。


「オウン」


「……え? あ、どうしました?」


 思惟しいに沈んでいたわたしを、オウンさんが引き戻しました。

 いつの間にかノッシノッシと進んでいた歩が止まっています。


「行き止まりですね……ここがどうかしましたか?」


 回廊は行き止まりで、袋小路になっています。


「オウン!」


 オウンさんはわたしを肩から降ろすと、太く長い指でわたしのお腹の辺りを指差しました。


「お腹? いえ、お腹はまだ空いていません、大丈夫です」


「オウン、オウン」


 違う、違うといった感じで、頭を振るオウンさん。


「ええと、それじゃ……雑嚢? この雑嚢ですか?」


 わたしはベルトに通してある雑嚢を指差しました。


「オウン! オウン!」


 どうやら正解のようです。

 ですがさすがに、雑嚢そのものではないでしょう。

 中身の何のことを、オウンさんは言っているのでしょうか?


「これですか?」


「オウン、オウン」


 軟膏は違うようです。


「それじゃ、これですか?」


「オウン、オウン」


 包帯も違うようです。

 火口石も違う。

 小ぶりの短刀ダガーも違う。

 ハンマーや楔も違う。


「う~ん、あとはメモ用紙代わりの羊皮紙の切れ端しかありませんよ?」


「オウン! オウン!」


「え? これなんですか? でもこれがいったいなんなのです? オウンさんには鼻紙にもなりませんよ?」


 鼻でもかみたいのでしょうか?

 でも別にお鼻がムズムズしている様子はなさそうですが……。


 ツン、ツン、とわたしが差し出した羊皮紙をつつくオウンさん。

 どうやら中を開けと言っているようです。


「でも中に書かれているのは、縄梯子とさっきの泉の座標だけで……」


 オウンさんはニンマリと目をつぶって、もう一度開いた羊皮紙を突きます。

 わたしはハッとしました。


「座標! ここの座標を確認しろというのですね!?」


「オウ~~ン!」


 やっぱり!


 わたしはすぐに左手の指輪に封じられた魔力を使って、自位を確認しました。

 大粒の宝石が “座標コーディネイト” の呪文を解放し、頭に正確な現在位置が浮かびます。


 現在位置は、“12、25”


 これだけでは何もわかりません。

 なので記されている他のふたつの座標と見比べてみます。


 始点縄梯子、“E12、S14”

 先ほどの泉、“西2、S14”


「――あっ!」


 思わず大きな声が上がりました。



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