金属臭
ギコギコギコギコギコギコギコギコギコ――!
「フーッ! こいつはキツい仕事だぜ!!」
作業の手を止めると、早乙女くんが僧衣の袖で額に浮いた汗を拭いました。
南東
その取っ手に巻き付く鎖を切断する作業は、確かに見ているだけでも労苦が伝わってくるものでした。
鎖は大蛇のように太いうえに、幾重にもがんじがらめに巻き付けられていて、一筋縄ならぬ一筋鎖にはいきません。
そんな四苦八苦名な早乙女くんを見て、
「でも、なんか似合ってる」
「うんうん」
「「まるで日曜大工に精を出すお父さんみたい」」
田宮さんと安西さんが、きゃははは! と笑いました。
「そ、そうか」
「いや、それ褒めてねーから」
デレッと表情を緩めた早乙女くんに、五代くんがキツい突っ込みを入れます。
「うるせえ! 本来ならおまえの仕事なんだぞ! 文句があるならテメエがやれ! テメエが!」
手にする “カナ鋸” を突きつけ、怒鳴り散らす早乙女くん。
五代くんは肩を竦めるだけで、それ以上は絡みません。
「俺がやろう」
「悪い、かなり手強いぞ」
代わって申し出た隼人が微笑してカナ鋸を受け取ります。
ギコギコギコギコギコギコギコギコギコ――!
「フーッ、こいつは確かにキツい仕事だ」
「「がんばれ、男子~♪」」
田宮さんと安西さんの声援に後押しされて、隼人くんが鉄粉を飛ばしながら再び鎖に挑みました。
(“カナ鋸” の予備はありません。どうか慎重に)
わたしは背後に伸びる回廊を警戒しながら、胸の内で語りかけました。
都合三回にわたってドワーフの廃工房に侵入し、苦心惨憺の末にようやく見つけ出した品です。
発見できたのはこのひとつだけなので、力の入れ具合を間違って刃を折ってしまわないように祈るばかりです。
結局 “カナ鋸” は、八つある廃工房のうちの八つ目から見つかりました。
早乙女くんの表現を借りれば、今回わたしたちは徹底的に “ガチャ運” に見放されていたのでしょう。
巣くっていた “
(もっともそのお陰で、全員
現在のみんなのレベルは、9。
隼人くんは第三位階の、早乙女くんと安西さんは第五位階の加護や呪文を習得し、
“泥人形” は、“
新しい魔法を覚え、
士気も高まった今こそ、“
ガシャンッ!
背中で重い金属音がして、わたしは警戒する回廊の先から視線を向けました。
『ふぅ……』
と安堵の吐息を漏らす隼人くんの足下に、切断された太い鎖が転がっています。
「「やった、やった!」」
両手を合わせてピョンピョンと跳びはねる、田宮さんと安西さん。
「ご苦労様でした」
「カナ鋸が折れないかとヒヤヒヤだったよ」
労うわたしに、隼人くんが屈託のない笑顔を浮かべます。
「この臭い、金属加工室を思い出しますね」
新鮮な
常に漂っている
「木工室の匂いの方が好きだったけどな」
「わたしもです」
「「「「……」」」」
他の四人の意味ありげな視線に気づいたわたしは、懐かしい空気はここまで――とばかりに気持ちを切り替えました。
「それでは行きましょうか」
「ああ」
同様に表情を引き締めた隼人くんがうなずき、わたしたちは新たな領域へと足を踏み入れたのです。
・
・
・
封印を解かれた扉の奥には、やはり回廊が続いていました。
回廊は三
「……北は二区画先で東に折れていて、西は一区画先で扉に塞がれている……と」
分岐点まできたとき、前を行く安西さんからマッピングの呟きが聞こえてきました。
「どうする?」
「西の扉を調べる。奧に魔物がいれば、北に向かったあとに退路を断たれるかもしれない」
試すように訊ねた五代くんに、隼人くんが冷静に答えます。
パーティは進路を西に取り、一区画先にある扉に向かいました。
――罠も気配も無し。
五代くんのハンドサインに、全員が突入に備えます。
バンッ!
扉を蹴破りまずは前衛の三人が、次いで後衛の
魔物の姿は――ありません。
「玄室なのに占有者はなしか?」
「警戒を緩めるな。まだ安全が確かめられたわけじゃない」
拍子抜けしたような早乙女くんを、油断なく魔剣を構えた隼人くんが注意します。
玄室は南北三×東西二の広さがありましたが、“
「やっぱり魔物はいないようだぜ?」
「
“火の七日間” の最後の一日。
「一方通行の壁や扉は見つけられませんが、せめて隠し扉がないか確認しておきましょう」
わたしの意見は反対されることなく、パーティはたった今入ってきた扉を除いた九面の壁を調べていきました。
この迷宮の隠し扉は過去の迷宮と違い、魔法の光だけでは発見できないのです。
調査することしばし……隠し扉はありませんでした。
「よし、玄室を出て北に向かう。一通の壁は気になるが、こちら側から見つけられない以上気にしても仕方がない」
ひとまず安全が確認されたことで、隼人くんが進発を指示します。
元々慎重な性格だった彼には今や、探索者のリーダーとして何よりも重要な石橋を叩いて渡る細心さが身に付いていました。
玄室を出たわたしたちは、分岐路を今度は北に向かいます。
二区画進んで東に折れると、現れたのは “漆黒の正方形”
ここでまたしても
迷宮の除霊を請け負うだけあってショートさんの仕事場は、なかなかにたいへんな場所にあるようです。
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