ララ

「ドーラさん!?!?」


「にゃんだって?」


 わたしの頓狂な声に、机の向こうの猫人フェルミスの女性がやはり頓狂な声を上げました。


 大きな目と大きな瞳。

 平べったい鼻。

 顔の左右にピンと伸びた、六本の長い髭。

 艶やかな体毛に、頭の上にちょこんと三角形の小さな耳。

 蠱惑的コケティッシュな表情としゃなりとした所作は、どこからどう見ても城塞都市 “大アカシニア” 最強の探索者、マスターくの一ドーラ・ドラさんです!


「どうしてあなたがここにいるのです!?」


 驚きのあまり、まるで詰問するような口調になってしまいました。


「ちょほいと待ちな、ちょほいと待ちな。あたしはあんたなんて知らないよ。そもそもあたしはドーラなんて名前じゃない」


 困惑した様子で両掌を向けると、ドーラさんが否定します。


「えっ?」


「あたしの名前は “ラーラ・ララ”。この “兄弟愛ブラザーフッドの自警団” の頭目さね」


「ララに賞賛あれ」


「ララに賞賛あれ」


 ドーラさん……新ためラーラさんが名乗るや否や、疵面しめんの戦士さんや護衛の自警団の人が口々に称えました。


「それやめとくれと言ってるだろ。尻がこそばゆいったらないよ」


「そうはいきません、ララ。あなたはわたしたちの象徴であり誇り。士気を保つためには必要なのです」


「~にゃったく」


 やれやれと言った様子で、肩をすくめ顔を振るラーラさん。

 そのやりとりの間に、わたしは落ち着きを取り戻していました。

 ここは一〇〇年後の世界です。

 ドーラさんがわたしたちのように越時空してきていないのなら、目の前にいるこの人はやはり別人なのでしょう。


「失礼しました。親しくしていた人によく似ていたものですから……」


 わたしは謝罪しながら、不躾にならないようにもう一度ラーラさんを観察しました。

 声も容姿もドーラさんにうり二つですが、冷静に見ればわずかな差異が見受けられます。

 体毛がドーラさんよりも若干明るく、また瞳の色も違うようです。

 ですが確かに見覚えのある物もありました。

 机の上に置かれた革鞘に納め得られた大振りのナイフ。

 精巧なバタフライの飾りが施された一振りには、確かに見覚えがあります。


(……もしかしたら、この人はドーラさんの……)


 ここが一〇〇年後の未来であるなら、その可能性はあるでしょう。

 ファンタジーだとばかり思っていたら、今度はSFだなんて。


「わたしはエバ・ライスライト。女神ニルダニスの導きによって一〇〇年前のリーンガミルからやってきました」


 ラーラさんの瞳孔がスッと細まるなか、わたしはここに到るまでの経緯を語りました。


 一〇〇年前のリーンガミルで、王位継承権を持つ王女が凶悪な魔術師に連れ去られたこと。

 その王女を助けるために “呪いの大穴” 潜っていたこと。

 迷宮の一階にある “礼拝堂” で女神の宣託を受け、この時代にやってきたこと。

 親切な “ダック・オブ・ショートショートのアヒル” の助言で “兄弟愛の自警団” の存在を知り、ここまで来たこと。

 途中で “時の賢者ルーソ” の部屋や “酔いどれの自称賢者” と出会ったこと。


 ――などをできるだけ詳細、かつ理解しやすいように説明しました。


「……」


 ラーラさんだけでなく護衛の疵面の戦士さんたちも黙って耳を傾けています。

 それはわたしが語り終わったあとも、少しの間続きました。


「あんたが銀髪の聖女だってことは、そこにるドッジたちが見ている。魔女の力で幻惑でもされてない限りはね」


幻術イリュージョンは使えません」


「なら、信じるしかないだろうさ」


 キッパリと返答したわたしに、ラーラさんは吐息混じりにうなずきました。


「だけど、これはいったい何の予兆だい? あんたたちは別にこの世界を救いに来てくれたわけじゃないんだろ?」


「それは……はい。確かにそのとおりです」


 当惑顔のラーラさんに、困惑顔で答えます。


「わたしたちも、なぜこの時代に来たのかわからないのです。女神がわたしたちに何を見せたいのか、何を課したのか、何を成させたいのか……」


「神様の使命クエストなんて、得てしてそんなもんさね――ま、あたしたちにしてみれば、あんたたちがすぐにでもあいつを倒してくれると願ったり叶ったりなんだけどね」


「あいつ……ですか?」


「“悪魔王” だよ」


 わたしを含めたパーティの全員に緊張が走りました。


「そんなにこたぁないよ。見たところ聖女を除けばようやくネームドレベル8に届くか届かないかのヒヨッコじゃないか。そんな連中をけしかけたところで、魔王の姿を見ただけで悶死もんししちまうのが関の山さね」


 ――追い詰められてるとはいえ、あたしたちはそこまでとち狂っちゃいないよ。


「ラーラ・ララ。確かに俺たちはまだまだ未熟な冒険者だ。だがそれでも、これまで迷宮の凶悪な魔物たちと戦って生き延びてきた。姿も見ないうちから可能性を閉ざすつもりはない」


 自嘲気味に肩を竦めるラーラさんに、隼人くんが言いました。


「わかってるよ。“オークゴブリン” や “犬面の獣人コボルド” を狩ってきたって言いたいんだろ」


「それだけじゃねえ! “食人鬼オーガ” や “亜巨人トロル” もだ!」


 侮辱されたように感じたのでしょう。

 早乙女くんが憤然と食って掛かりました。


「ララ。あなたの言うとおりこの者たちは未熟です。ですがわたしはこの目で見、この肌で感じたのです。聖女ライスライトに宿った女神の息吹を。それは信じるに足る力でした」


 疵面の戦士――ドッジさんが、沈着な声で述懐しました。


「“悪魔王魔王” については軽々に発言できません。情報が不足しすぎているからです。わたしたちはこの時代に来たばかりで、まずはこの世界のことを知らなければなりません。教えてくださいラーラさん。アカシニアはどうなってしまっているのですか? 世界は本当に滅んでしまったのですか? 地上にはもう希望はないのですか?」


 わたしを見つめるラーラさんの瞳孔が、スッ……と細まります。


「そこまで言うなら案内してあげるよ。その目で見てみるといいさ。世界の現実―― “災禍の中心ハート・オブ・メイルストローム” を」



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