“マネキン”

「いらっしゃいませ、お客さま。“時の賢者” さまはただいま外出中です」


 部屋の中央にいた身長一八〇センチはある大きな人形マネキンが、扉の外にいるわたしたちに気づき、丁寧に頭を下げました。


 銀髪アッシュブロンドのいわゆるツインテールに、新雪のように白い肌。

 身体に比して小さめの顔には大きな紅玉ルビーの瞳が輝いていて、歓迎の色さえ湛えています。

 本当に精巧な造りで、一見しただけでは人間と見誤ってしまうでしょう。

 わたしたちが人形だと見破れたのは、部屋の中央に立ち尽くして身じろぎひとつせず、気配がまるでなかったからです。

 黒と赤のシックなゴシック調のメイド服を着たその人形が、小さな点検鏡の中で不意に動き出し、わずかに開いた扉に向かって丁寧にお辞儀をしたのです。

 わたしたちは面食らい、顔を見合わせました。


(おい、どうする?)


(……罠だ。離れよう」


(でも害意は感じられないわよ?)


(そ、それは人形だからじゃないかな……)


(……)


 早乙女くん、五代くん、田宮さん、安西さんが口々に囁き、隼人くんは考え込んでいます。


「さあ、どうぞお入りになってください。あいにくご主人さまはご不在ですが、今お茶の支度をしますので」


(……志摩くん?)


 副リーダー格の田宮さんが、隼人くんの判断を求めます。


(招待に応じよう。“時の賢者” という言葉が気になる。ここが一〇〇年後のアカシニアなら、何か関連があるかもしれない)


 今度は五代くんも反対はしませんでした。

 タイムスリップと “時の賢者”

 この符号は、無視できるものではありません。


(パーティを別けますか?)


 わたしは隼人くんに訊ねました。

 不測の事態に備えて、何人かが扉の外で待機しているのです。

 人形の誘いが罠だった場合の保険になるでしょう。

 卵をひとつの籠に盛るのはよくありません。


(いや、万が一にも分断されたくない。またどこかの時間に飛ばされないとも限らないからな。入るなら全員でだ)


 わたしは強いて反論はせずに、意見を収めました。


(それに……もしもの時、六人でなら本望だ)


 隼人くんの真摯な呟きに、田宮さん、早乙女くん、安西さんがうなずきました。

 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた五代くんでさえ、本心では同じ気持ちなのがわかります。

 違うのはわたしだけです。

 わたしは何があっても、ここでは死にたくありません。

 ひとり表情の冴えないわたしに気づかない振りをして、隼人くんが扉に手を置き押し開けました。


「……うへっ」


 早乙女くんから思わず賛嘆のうめき声が漏れます。

 玄室には “永光コンティニュアル・ライト” が灯されているようで、室内をほどよい明るさで満たしていました。

 とても豪華で貴族的ノーブルですが、黒と木目を基調としたゴシック調の内装に派手さはなく、むしろ大人びた落ち着いた雰囲気を醸し出しています。


「歓迎を感謝する。俺たちは訳あってこの迷宮を探索している冒険者だ。君に危害を加えるつもりはない」


「もちろんそのとおりでしょう。さあ、こちらに来てお座りください。ご主人さまに代わって歓迎いたします」


 にこやかに微笑む人形のメイドさん。

 隼人くんは意を決した様子で、勧めるがままに玄室に足を踏み入れました。

 他のみんなも用心深く、あとに続きます。

 わたしは注意深く室内を観察しながら、最後に入室しました。


(……どうやら、書斎のようですね)


 四方の壁にそれぞれ書棚があり、革表紙の分厚い本が収められています。

 南の壁際に大きな書斎机が置かれていることからも間違いないでしょう。

 それでも部屋の中央には、来客用と思われるセンターテーブルとソファーが置かれていて、人形の侍女さんはそこに座るように勧めてくれました。


「どうぞ、お掛けください」


 テーブルの両脇に置かれているソファーに三人ずつ、いつでも立ち上がれるように浅く腰を下ろします。

 三人掛けなうえに、早乙女くんは身体が大きく、隼人くんは板金鎧プレートメイルを着ているので少し窮屈です。


「君の主だという、その “時の賢者” っていうのは何者なんだ?」


「“時の賢者” さまは、お名前を “ルーソ” さまと仰います。わたしを造ってくれた偉大な錬金術師で、五八年と二〇五日前にお出かけになりました」


「五八年前だって!?」


 他の全員を代表するように、早乙女くんが頓狂な声を上げました。


「それじゃあんた、その間ずっとそいつの帰りを待っているのか!?」


「はい。主の留守を守るのが侍女の務めですから」


 ニコニコと愛らしく微笑む侍女さんに、全員が顔を見合わせました。

 いくら魔術で造られた機械仕掛けの人形とはいえ……です。

 カチャカチャと茶道具ティーセットを鳴らして、お茶の支度をする人形の侍女さん。

 やがて支度が調ったのか、それらをワゴンに乗せて運んできました。


「失礼いたします」


 そういうと侍女さんが腰を折り、センターテーブルにティーカップとソーサーを並べ始めました。


「あなた、右手が……」


「はい。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。わたしの右腕は経年劣化により動作を停止しています。ですがご安心ください。ご主人さまがお戻りになられたら直していただけますから」


 無作法にも訊ねてしまったわたしに、気を悪くした風でもなく人形の侍女さんが答えます。


「どうぞ」


 そして差し出される空のティーカップ。


「どうぞ……って、なに「ありがとう、いただくわ」」


 素直すぎる早乙女くんの反応を、田宮さんの大人の対応が上書きします。

 他のみんなも田宮さんにならって、ティーカップを手に取り口を付ける仕草をしました。


「お、おう、これは美味いな!」


 自分の未熟さを恥じ入ったのか、早乙女くんがギコチナイながらも明るい声で侍女さんに笑いかけます。


「お気に召していただけたようでとても嬉しいです」


 嬉しげに頬染める(本当にほんのりとピンク色に染まっているのです)侍女さん。

 身長は高いですが童顔で、性格も幼く設定? されているようでした。


「あなた、お名前は?」


「名前……」


「そう、あなたの名前」


 社交的な田宮さんが気さくに訊ねたところ、侍女さんは少しの間小首をかしげ、


「申し訳ありません。検索したところ記憶領域に不良セクタがあるため、思い出すことができませんでした。ご不快な思いさせて申し訳ありません」


 深々と頭を下げました。


「ううん! いいの、いいの! 全然気にしてないから!」


「そう仰っていただけると安心いたします」


 田宮さんに慌てて謝られた侍女さんは、胸に手を添えて安堵の表情を浮かべました。


「あなたのご主人さま―― ルーソさんはいつお帰りになるのですか?」


 わたしの質問に、再び小首をかしげる侍女さん。

 やがて、


「申し訳ありません。検索したところ記憶領域に不良セクタがあるため、思い出すことができませんでした。ご不快な思いさせて申し訳ありません」


「……そうですか」


 それからわたしたちは元の時間に還る方法も含めて、各自思いつく限りの質問をしてみましたが、最初から知識を与えられていないのか、それとも記憶領域に不具合があるためなのか、侍女さんからはこれといった情報を引き出すことはできませんでした。


「……ご期待に添えず、申し訳ありません」


 すっかりしょげてしまった侍女さんを田宮さんと安西さんに任せて、残りのメンバーが顔を寄せ合い声を潜めます。


(……おい、どうするよ?)


(……イカれた人形なんてほっといて部屋を調べよう)


(……だが俺たちが無作法を始めた途端、凶暴になるかもしれないぞ。留守を守るのが自分の務めだと言ってたじゃないか)


(……ア、アサシンメイデンか)


 早乙女くん、五代くん、隼人くん、そしてまた五代くんと、囁き合いは続きます。


(……一斉にかかるか?)


(……かかるって、戦うのか!? 俺は反対だ、絶対に!)


(……なんだよ、もう情が移ったのかよ)


(……こんな所に五〇年以上独りだったんだぞ! 気の毒だとは思わねえのか!)


(……戦うのは最後の手段だ。まずは……)


(……ええ、そうですね)


 小声で言い争う五代くんと早乙女くんを無視して、隼人くんとうなずき合います。


「侍女さん」


 わたしは顔を上げると、田宮さんと安西さんに慰められる侍女さんにお願いしました。


「わたしたちに、このお部屋を調べさせていただけませんか?」



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