三つの指輪★

 “林檎の迷宮” の探索は続きます。

 “食人鬼頭オーガロード” たちとの復讐戦リベンジマッチを制したわたしたちは、東にまっすぐに伸びる回廊を九区画ブロックほど進み、北と東の岐路に到りました。


「ここが東西のほぼ真ん中に当たります。このまま東に進めば外壁に沿って南東の角に。北に折れれば中央区域エリアに達します」


 過去の探索ですでに到達していたわたしの説明に、他の五人が耳を傾けます。

 情報としては知らされていましたが、隼人くんたちが自身の足でたどり着くのは初めてでした。


「合っています」


 安西さんが記した地図を見てうなずきます。

 安心したように顔をほころばせる安西さん。

 彼女がこのパーティの地図係マッパーで、仕事はとても丁寧でした。


「……どうする?」


 五代くんが隼人くんを試すように訊ねました。

 わたしはあくまで相談役アドヴァイザー的なポジションであり、パーティーのリーダーはこれまでどおり彼なのです。


「引き返して始点入り口に近い玄室で強襲&強奪ハック&スラッシュ する」


 迷うことなく隼人くんが答えます。


「迷宮の構造を調べるのは他のパーティに任せる。俺たちがまずやるべきは、腕を磨くレベルを上げることだ」


 チラリと隼人くんと視線が合い、わたしは目だけでうなずきました。

 反対意見は出ず、わたしたちはきびすを返しました。

 西へと引き返すこと七区画。

 北側の内壁に扉が見えてきました。

 わたしの意見で、先ほどは無視して通り過ぎた扉です。

 扉の奥は一×一区画の玄室で、十中八九魔物が巣くっているでしょう。

 なによりこの扉の向こうは、前回隼人くんたちが全滅しかかった場所なのです。

 迷宮に下りたばかりで暖機運転ウォーミングアップができてない状態では、危険と判断したのです。

 再びの緊張が走る中、五代くんが扉を調べます。

 罠を調べ、音を聞き、気配を探る。


(……他の人は周囲の警戒を)


 作業に気を取られている他の四人に、小声で注意を促します。

 隼人くんたちがハッとしたように扉から離れました。

 やがて五代くんが立ち上がり、ハンドサインで魔物の気配があることを告げました。

 隼人くんが全員に目配せし、突入に備えさせます。


 1、2――3!


 五代くんが指で三つ数え、一番体格にすぐれる早乙女くんが扉を蹴り開けます!

 抜剣し、間髪入れず突入する隼人くん、田宮さん!

 すぐに残りのメンバーが続きます!

 玄室で待ち構えていたのは、


 “侍祭レベル7プリースト” ×6

 “侍大将チャンプ・サムライ” ×6


 数はこちらの倍!

 ですがネームドレベル8以上は “侍大将” のみ!


(ならば――!)


「全員で侍に集中攻撃!」


 わたしは叫び、そして左手を魔物の群れに向かってかざします。

 嵌めらている指輪のひとつが一度ひとたび封じられた魔力を解放すれば、六人の侍祭が瞬く間に “塵” と化しました。


「“侍大将” のレベルは10です! 全力で攻撃してください!」


 初めて目にする “滅消ディストラクション” の威力に戦慄する仲間を叱咤し、“静寂サイレンス” の嘆願を始めます。

 “侍大将” は第一位階の呪文を操ります。

 複数の “昏睡ディープ・スリープ” を受ければ、パーティは壊滅します。

 我に返った隼人くんたちが詠唱を始め、ほぼ同時にサムライたちも呪文を唱え始めました。

 たちまち玄室は魔法合戦の様相を呈し、勝敗がどちらに転ぶかは予断を許しません――。



 ――昨晩。


 コンコン、


 “呪いの大穴” にほど近い宿屋 “神竜亭”

 その三階にある、わたしが借りているエコノミーのドアがノックされました。


『はい?』


『……俺だ』


『アッシュロードさん!?』


 あわあわっ!

 これはいったいどういう展開でしょうかっ!?

 これまで一度だって、こんな夜遅くにわたしの部屋に来てくれたことなどなかったのに!?


(というか、昼間だろうが朝だろうが来てくれたことはありません……トホホ)


 わたしは大慌てで寝間着の上にガウンを羽織ると、鍵を開けてドアを開きました。


『こ、こんばんは』


『……こんばんは』


『ど、どうぞ』


『いや、ここでいい。すぐに済む』


『こんな時間に女の子の部屋の前で話していると誤解されちゃいますよ?』


『いや、部屋に入る方が誤解されるだろう』


『少なくとも部屋に入ってしまえば、外からは見えません――さ、どうぞ、どうぞ』


『……なんか卑猥だ』


『あなたは最近そればっかりですね』


 ブツブツ言っているアッシュロードさんを軽くいなすと、後ろに回って猫背を押します。

 そもそも自分のの部屋に入るのに、何をそんなに遠慮しているのでしょうか。


『どうぞ、にでも座ってください――ごめんなさい。エコノミーなのでお茶とかはないのです。焼き菓子ならありますけど、食べますか?』


『いや、立ってるからいい。菓子もいらん。俺ぁ、酒飲みだぞ』


 アッシュロードさんはそわそわと、妙に落ち着かない様子です。

 カワイイデスネー、トッテモカワイイデスネー。


『――それで、どうしたのですか?』


 もう少しエモっていたかったのですが、あまりいじめるのも可愛そうなので水を向けてあげます。


『こいつを渡しにきた』


 アッシュロードさんはそういって、黒革の手袋の包まれた掌を差し出しました。

 その上に乗っていたのは……。


『指輪!』


 ウルウルッ!


『な、なに、その反応……』


『もちろん、感動してるんです……ああ、アッシュロードさんがついにわたしに指輪を贈ってくれました……それも三つも……』


『なに都合の良いこと言ってやがる。誰がやるなんて言った。貸すだけだ』


『ありま』


 わたしはケロッと涙を引っ込めると、ペロッと小さな舌を出しました。


『わかりました。では次善の策として、わたしとあなたの(夫婦)の共有財産ということで……』


『却下だ』


『むぅ』


 ふてくされるわたしに溜息を吐くと、アッシュロードさんの表情が真剣なものに変わりました。


『とにかく持ってけ』


『ありがとうございます』


 わたしも表情を新ためうなずきます。

 “滅消の指輪” に “示位の指輪コーディネイトリング”、そして “癒しの指輪リング オブ ヒーリング

 どれも迷宮金貨にして何千枚、何万枚、何十万枚の価値のある魔道具マジックアイテムです。


『でもよろしいのですか、“癒しの指輪” まで』


『元のパーティと二足の草鞋わらじを履くんだ。体力はいくらあっても足りねえ。それに……ヒヨッコどもとあの迷宮に潜るのは大事だ』


『はい』


 わたしはもう一度、今度はさらに表情を引き締めて首肯します。


『本当ならハリネズミみたいに武装させて送り出してやりたいところだが、おめえの職業クラス を考えればそうもいかねえしな』


『大丈夫です。必ず生きて戻ります』


 微笑んだわたしにアッシュロードさんは口の中で、


“……そう願いてえ”


 聞き取れないほどの声で呟きました。


『……』


『どうした? 早く取れ』


『どうせですから、嵌めてくださいよ』


『あ?』


『おまじないです。嵌めてくれればきっと生きて戻れそうな気がします』


 ダメ元で言ってみます。

 まあ、どうせ “調子に乗るな” とか “一〇年早い” とか、あしらわれるに――。


『……あ』


 アッシュロードさんは小さく嘆息すると、わたしの左手を取り指輪を三つとも嵌めてくれました。


『早く寝ろ』


 そして部屋を出て行く猫背。


『…………こんなの、寝付けるわけがありませんよぅ』



 そして再び、現在。

 戦いは続いています。


「お願い! 手を出さないで!」


 魔法の撃ち合いを制し立っている “侍大将” がひとりになったとき、田宮さんが他のメンバーに叫びました。

 その “侍大将” は呪文こそ封じられたものの田宮さんと安西さんの “昏睡” には耐え、詠唱が掻き消されるや否やすぐに刀を抜いて襲い掛かってきました。

 迎え撃ったのは同じ侍の田宮さんで、ふたりはたちまち激しく白刃を交わしました。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211698364107


「他は眠った奴にトドメを刺せ!」


 火花な散らす斬り合いに魅入られかけた仲間に、隼人くんの鋭い声が飛びます。

 前衛の五代くんが素早く深昏睡に陥っている甲冑武者の喉に短剣ショートソード を突き立てていき、隼人くんも続きました。

 後衛の魔法使いスペルキャスターは、いつでも田宮さんを援護できるように間合いを計ります。


 大時代風の胴丸鎧を身につけた “侍大将” は、レベル10だけあり手練れでした。

 力量で勝る相手に田宮さんは押され気味で、ジリジリと壁際に追い込まれて行きます。

 上段から斬り下げられた大刀を飛び退ってかわしたとき、もう田宮さんに退路はありませんでした。


「佐那子ちゃん!」


 安西さんの悲鳴が鼓膜を打ちます。

 魔法で援護しようにも、ふたりが接近しすぎているのです。


「もう見てられねえ! 巻き込むぞ!」


「まってください!」


 叫ぶ早乙女くんをわたしが制したのと、チンッ……という小さな鍔鳴りが響いたのはほぼ同時でした。

 壁を背にした田宮さんは、納剣した曲剣サーベルに右手を添えて腰を落とし、眼前に迫った “侍大将” を見据えます。


抜刀術居合いの構え!)


 田宮さんが実家の道場で幼いころから習っている古流の剣術で、彼女の奥の手です。


(ですが形状が似ているとはいえ、曲剣は曲剣です! 日本刀と同じように抜き打てるかどうか!)


 固唾を呑んだわたしとは対照的に、“侍大将” からは戸惑った気配が漂いました。

 しかしそれも瞬き程度の間で、次の刹那には青眼に構えていた大刀を再び大上段に振り上げ、振り下ろ――。


 剣光一閃!


 田宮さんの曲剣が目にも留まらぬ早業で鞘走り、抜き放たれた切っ先が鞘の鯉口に瞬間引っかかります!

 の要領で蓄えられた力は次の一瞬には解放され、急加速された切っ先は最短距離で弧を描き、喉輪のどわごと “侍大将” の首筋を断ち切りました!

 噴き零れる鮮血!

 見事な “後の先” です!

 首を半ばまで切り裂かれた “侍大将” は刀を振り上げたままヨロヨロと進み、残心を解かない田宮さんの横を抜けて、背後の内壁に頭から倒れ込みました。


 チンッ……、


「……ふぅ」


 再び澄んだ鈴音のような鍔鳴りが響き、田宮さんが止めていた呼気を吐き出せば、仲間たちが一斉に駆け寄ります。


「田宮流の妙技、見せていただきました」


 わたしも歩み寄って、友人たちに囲まれる田宮さんを労いました。


「この鎧武者、居合いを知らなかったみたい。こっちの世界では林崎 甚助はやしざき じんすけみたいな人は生まれてないのかな?」


 頬に飛んだ返り血をそのままに、はにかむ田宮さん。


「納刀したあなたを観念したと思ったのですね」


 一瞬の油断と誤断が死を招く――これが迷宮です。

 わたしは壁際に頭からもたれ掛かるように絶命してる武者の前に屈み込み、鎮魂の祈りを捧げました。


 ……灰は灰に……塵は塵に……どうか怒りに囚われることなくお眠りください。


「田宮、コイツらの刀でおまえが使えそうなのはないか?」


「見てみる」


 侍たちの装備を新ためる五代くんに、田宮さんが応じたときでした。

 わたしたちが入ってきた扉に気配がして、手に角灯ランタンを下げたみすぼらしい小柄な老人リトル・オールドマンが立っていたのです。



--------------------------------------------------------------------

※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

--------------------------------------------------------------------

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る