談合
エバ・ライスライトの言うところの “就職面接” は、リーンガミル城に数ある応接室の一室で行われた。
瀟洒な
面接を受けるのは、隼人、佐那子、月照、忍、恋の五人。
面接官は、アッシュロード、エバ、そしてハンナの三人だった。
応接に通された隼人たちは先に席に着いていた三人を見て、なんとも微妙な空気になった。
エバ――枝葉瑞穂はもちろん問題ない。
ハンナ・バレンタインと名乗った自分たちよりもふたつ~三つ年上の女性にも、知的で聡明な印象を抱きこそすれ、悪い印象は持たなかった。
しかしそのふたりに挟まれて座っていたのは、自分たちが加わるかもしれない
「……適当に座ってくれ」
なんとも覇気のない声が、瑞穂とハンナの間から漏れた。
長身痩躯なのはよいとして……。
猫背気味の背中。
半分閉じた垂れ目の三白眼。
数日剃っていないと思われる、ピンピンと伸びた無精髭。
ボサボサの総髪をよく見れば、灰色の髪にフケまで浮いている。
恋が汚い物でも見たように(実際汚いわけだが)、露骨に顔をしかめた。
他の四人も大なり小なり似た反応だ。
少年が将来こうはなりたくない。
少女が将来を問わずこういう人間とは関わりたくない――そんな大人像が間にあった。
しかし隼人たちの微妙な空気など気づいた風でもなく、反面教師な大人は五人を一瞥し……。
「……よし、採用」
それだけいって立ち上がりかけ、にこやかに微笑む左右の女性にピッ! と両袖をつままれて再びお座りをさせられた。
「「「「「……」」」」」
呆然とする隼人らの前で部隊のリーダー……グレイ・アッシュロードは天を仰いだ。
「全員レベル7にして
代わって、履歴書代わりの “
「呪文や加護の覚え残しもなし――見事なものです」
この会社、社長はブラックだが秘書は有能らしい。
「あなた方がここにいるエバさんを、パーティに迎えたいという話はうかがっています。それに対するエバさんの条件が、あなたたちがわたしたちの部隊に参加しアライアンスを組むこと――間違いないでしょうか?」
「間違いない」
首肯する隼人。
「あなた方にその意思があるのでしたら、わたしたちは部隊に迎えることにやぶさかではありません。問題がないようでしたら詳細を詰めたいのですが?」
「その前にひとつ訊ねたい」
話を進めるハンナを隼人が制した。
あくまで対等の立場ということで、あえて敬語は用いていない。
この辺り、隼人も
「どうぞ」
「なぜ俺たちを加えてもいいと思った? 情報を仕入れるだけなら何も俺たちにこだわる必要はないはずだ」
ぶちまけた話。
隼人が情報と引き換えに瑞穂にパーティの加入を求めたのは、子供っぽい精神の発露でしかなかった。
彼の元を去った瑞穂に拗ねて見せただけの幼稚な反応で、“
あっさり断られるだろうと思った上での発言でしかなく、本気ではなかった。
それがこんな大事になってしまった挙げ句、部隊への加入を条件に瑞穂をパーティに加えてもよいという。
一見しただけの迷宮の情報とレベル12の瑞穂では、価値に差がありすぎる。
この取引は成り立たない。
本来なら――。
「ぶちまけた話。あなた方を守るためです」
ハンナがにこやかなドスを利かせてやり返す。
今こそ駄目社長の秘書に収まっているが、彼女の本分は探索者ギルドの受付嬢である。
海千山千の迷宮無頼漢を日々あしらってきたのだ。
尻から卵の殻が取れたばかりのヒヨコの相手など造作もない。
「俺たちを守る?」
「あなた方は “勇者” を始めとする
ハンナはこの談合に先立ち、エバとアッシュロードから説明された
「もちろん、わたしたちにも利益があります。わたしたちは義勇探索者とはいっても “大アカシニア神聖統一帝国” の人間です。わたしたちがエルミナーゼ殿下救出の前面に立てば、快く思わない人たちも出てくるでしょう。そういった人間との軋轢を避けられます」
「俺たちを……弾除けにするというのか?」
ハンナの言葉に、隼人ら五人の顔色が変わった。
「おまえらだって、これまで散々自分たちの肩書きを利用してきたはずだ。今回だっておまえたちが “勇者” のパーティじゃなかったら、寺院がそこまで手厚い治療を施したかどうか……そういう話だ」
答えたのはハンナではなく、間だった。
凄んだわけでも舌鋒が鋭かったわけでもなかったが、その言葉は五人の胸をえぐった。
暗に、利益を得た以上還さなければならない――と言っているのだ。
「それは……!」
佐那子は反論しかけて、言葉が続かなかった。
見知らぬ異世界で生きるために、なりふり構わず利用できる物はなんでも利用する――してきた。
それは間違いではなかったし、後悔もしていない。
男の言うとおり、自分たちが肩書きを使って利益を得てきたことは確かなのだ。
ここで『仕方のないことだった』と言い返すのは簡単だが、子供に思えた。
そして、そんな風に自分たちの言葉を封じてしまった男――グレイ・アッシュロードを、佐那子は狡い大人だと思った。
「俺たちの目的はエルミナーゼを救い出すことだ。そのために必要な “女神の試練” も最速で突破する。
隼人たちは押し黙った。
返事は今日でなくてもよいと言い残し、アッシュロードが席を立つ。
ハンナも続き、残るかと思われた瑞穂も一言も発しないまま退室した。
あとには敗北感にも似た重苦しさが残った。
誰かが口を開くよりも早くマグダラの使いが現れ、隼人らは久方ぶりの謁見を賜ることになった。
どうやら談合が終わるのを待っていたらしい。
だが謁見の間で女王から賜った言葉は、五人の敗北感をいや増した。
マグダラは言った。
『アッシュロード卿はアカシニア最高の迷宮探索者。何事も卿の指示に従うように』
――と。
・
・
・
下城し宿に戻ったあとも、隼人たちを包む空気は重かった。
振り払ったのは佐那子だった。
「わたし、あの人たちの部隊に加わる」
酒場の喧噪に負けない気魂の籠もった声だった。
「本気か?」
「もちろん。早乙女くんの言うとおり、これはいい話よ。これ以上ないくらいね」
思わず訊ね返した月照を、佐那子が凜とした眼差しで見た。
「あの人たちはエルミナーゼを助けることに集中している。女神の宣託をあっさりわたしたちに譲ったのが証拠よ。それに比べてわたしたちはなに? ちっぽけなプライドにこだわって身動きできないでいる。わたし、こんな惨めなのは嫌」
佐那子は向上心の強い娘だ。
剣道でも勉強でも、壁にぶつかるたびに努力して乗り越えてきた。
クラスメートだった瑞穂は、遙か先に行ってしまった。
一秒でも早く追いつきたい。
そして追い越したい。
それなのに、こんな風に腐って足踏みにしているのには我慢できない。
「よ、よし! そういうことなら俺もだ!」
月照が息んで立ち上がる。
元々部隊への参加には賛成だったのだ。
「で、でも本当に信用できるのかな? 枝葉さんはともかく、あのアッシュロードっていう人、“
「虎穴に入らずんば虎児を得ずだ! ここで燻ってても、あいつらに先を越されるだけなんだぜ!」
あくまで
「ゲッショーもたまには良いこと言うな。確かにここで手をこまねいていたら、美味しいところは全部奴らが持って行くことになる」
珍しく忍が、月照の肩を持った。
「ゲッショー言うな! 俺は――」
「まだ在家なんでしょ――恋?」
騒ぐ月照制して、佐那子が恋を見る。
「……みんながいいなら…………わたしもいいよ」
蚊の鳴くような声で、恋も同意する。
恋は極度の人見知りで、知らない人間と行動するのが大の苦手だった。
だからこそ、今さら佐那子たちと別行動などできるわけがない。
これで隼人を除く全員が参加を決めた。
あとは隼人が、あの男の指揮下に入ることを納得できるかどうかだ。
「志摩くん」
「…………わかった」
隼人はうなずいた。
腹の底で覚悟が固まる。
拗ねていたところで、再び失うだけなのだ。
二度はごめんだ――絶対に。
「俺たちはグレイ・アッシュロードとアライアンスを組み、枝葉瑞穂をパーティに加える。そして全員で元の世界に帰還する」
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