激震★
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669169114245
“――墓守りの諸君、復讐と血の饗宴を求め、わしは今ここに蘇った!”
雷鳴のごとき沈黙を引き裂き、
確かに発声されているはずなのに、直接脳髄に響いてくる魔声。
鋭利な爪先でうなじを擦られるようなおぞましい声音に、広間にいたすべての人間が恐怖しました。
衝撃と、何よりも発せられる妖気の大きさに、誰ひとり身じろぎできません。
「………… “
マグダラ陛下の凍り付いた呟きに、地に打ち倒されたような衝撃がその場にいた全員を襲いました。
“
それは口に出すことさえ禁忌とさる、リーンガミルでもっとも忌み嫌われる名!
二〇年前、十数万の犠牲とともにこの国を滅亡の瀬戸際まで追い込んだ元凶!
空を憎み、大地を憎み、海を憎み、川を、森を、草木を憎む!
太陽を憎み、月を憎み、満天に輝く星々すべて憎む!
この世界に存在するありとあらゆる存在への憎しみに身を焦がす、憎悪の権化!
悪徳の王子! 汚濁の忌み子!
一〇〇〇年王国史上最大の簒奪者!
邪悪の……化身!
「……いいえ――いいえ、そんなはずはありません! わたしはこの目で見たのです! あなたの首が
皆が金縛りにあう中、誰よりも早く立ち直ったのはやはり女王陛下でした。
硬く強張ってはいましたが、そのお声に震えはありません。
気高さを失わないまま、マグダラ陛下が凛と “僭称者” を見据えます。
「“僭称者” は
“……クククククッ”
痛みさえ伴う不快な笑声が、漆黒のフードの奥から漏れました。
“何を驚く、マグダラ。まさか余を忘れたわけではあるまい”
瑞々しさの一滴もない、最古老の
“魔術は無限だ。そも魔法による蘇生が可能なこの世界。消失すら超越する術が生み出されたとしてもなんら不思議ではあるまい”
消失を超越!? 消失から復活したというのですか!?
「生死の可逆は世界の
“嘆かわしいことよ。“賢者” でありながら過去の常識に囚われて、未来の可能性に盲ておる。これも古代魔導帝国に連なるが故の呪縛か”
同情しているのか、嘲っているのか。
“僭称者” を騙る男の肩が細かく揺れます。
“その蒙を啓いてくれるよう――マグダラ、今一度二〇年前と同じ問いをしよう。予の元に参れ。さすれば神をも超える叡知を授けようぞ”
「それではわたしも二〇年前と同じ答えを返しましょう。答えは昔も今も “否” です。あなたの誘いに応じるつもりは、毛頭ありません!」
凛とした声で撥ね付けるマグダラ陛下。
そこにあったのは、誇りと威厳に満ちたリーンガミルの統治者の姿でした。
人々の恐れを払い奮い立たせる、君主としてあるべき振る舞い。
そして、こういう時に水差すのがこの人です。
「おい、マグダラ。おめぇ、いつの間にか奴を “役立たず” だと認めちまってるぜ」
陛下を背中にかばったまま、アッシュロードさんが近しい人にしか用いない “べらんめえ調” で指摘しました。
さすがアッシュロードさんです!
わたしたちにできないことを平然とやってのけます!
痺れも憧れもせず、ただただ呆れるばかりですが、あまりの空気の読めなさ加減に却って皆の “金縛り” が解けました。
「「「「「「「アッシュロード(さん)!!!!」」」」」」」
親善訪問団から大挙して上がる狼狽と非難と叱責の声!
それはそうです!
いくら緊急事態とはいえ、仮にも他国の女王様を “おめぇ” 呼ばわりはないでしょう! “おめぇ” 呼ばわりは!
しかし、ハッと我に帰ったのは、わたしたちだけではありませんでした。
「そ、そうですね。あなたの言うとおりです、ミ――アッシュロード卿」
「おい、闖入者。どこの誰だか知らねえが、ドレスコードを無視して舞踏会に出るなんざ、無粋ってもんだぜ」
い、言っていることは至極もっともなのですが、言っている人が言っている人なので、まったく説得力がありません。
わたしやフェルさんやハンナさんが、毎回正装をさせるのにどれほど苦労していることか……。
“……当代の運命の騎士か。だが “K.O.D.s” の加護もなしに、余を阻むつもりか”
「俺は灯台の運転の騎士じゃねえ。ただの迷宮保険屋――それも余所の国のだ。だがおめえが探索者で迷宮に潜りたいってんなら、相談に乗ってやってもいいぜ」
(何を、何を待っているのです、アッシュロードさん?)
アッシュロードさんが時間を稼いでいるのは明らかです。
舞踏場にはアッシュロードさんを初め、
ですが、当然武装はしていません。
突如現れた怪人が “僭称者” であるかどうかは定かではありませんが、周囲を圧する桁違いの邪気から、尋常ならざる遣い手であることは確かです。
衛兵が駆け付けるのを待っているのでしょうか?
(いえ、そんなはずはありません)
武装し相応の訓練を積んだ衛兵隊であっても、この怪人に抗し得るとはとても思えません。
混乱に拍車が掛かり、犠牲が出るだけでしょう。
可能性があるとすればマグダラ陛下の “
(舞踏会に参加していない近衛騎士が、駆け付けてくるのを待っている?)
ですがそれは、この人にしては随分と “あやふや” に思えました。
アッシュロードさんは、もっと
運部天部、偶然の要素が大きな “悪巧み” は、本当に追い詰められた最後の最後でしか企みません。
この人が待っているのは、狙っているのは、もっと確実な何か――。
ですからその人が移動し、怪人の背後に回ったことに気づいていた人は、アッシュロードさんを除いては誰もいなかったでしょう。
それほどその人の動きは、広間にいた全員の呼気を盗んでいました。
瞬きの合間を縫うような動き。
紛れもない忍者の動き。
当然です! 一国の統治者であるマグダラ陛下には、どんな時でも
その攻撃は後衛のわたしはもちろん、生粋の前衛職であるレットさんやスカーレットさんから見ても、魔人すら屠る必殺の
ガキッ!
――えっ!?
ですが
「
わたしは絶句しました!
あの完璧な奇襲を防ぐなど、すべての物理攻撃を阻止する最高位の防御魔法しか考えられません!
しかしそれは人の身には余り、ついぞ人間には与えられなかった魔法のはずです!
まさに神々の御業のはず!
それがどうして!?
まさか、本当に新たな魔法を生み出したというのですか!?
畏怖におののくわたしを余所に、マグダラ陛下を小脇に抱えたアッシュロードさんが走り込んできました。
他の誰とも違い、この瞬間を狙っていたアッシュロードさんは反応できたのです。
「へ、陛下!?」
「無事か、マグダラ!?」
トリニティさんも駆け寄り、陛下のご無事を確認します。
「え、ええ」
目を白黒させて、胸に手をお当てになるマグダラ陛下。
「アッシュロード卿のお陰で、どうにか」
陛下はお顔を上げて(幸いなことに)感謝の眼差しでアッシュロードさんを見ましたが、本人はすでに背中を向け、広間の中央で対峙する怪人とメリッサさんを凝視しています。
緊急事態ですから当然といえば当然なのですが――。
(迷宮なら迷宮でお城ならお城で、本当に心臓に悪い人です、あなたは!)
「――メリッサ!」
奇襲に失敗し武器を失ったメリッサさんを見て、再び陛下のお声が強張ります。
“
怪人がメリッサさんに口を開きました。
“なかなかの手練だが、相手が悪かったな”
メリッサさんは答えず、徒手空拳で身構えながらなおも間合いを計っています。
「あの障壁はいったいなんだ? “
「わからんが、あの奇襲が通らないなら物理的な攻撃は効果がないと見るべきだろうな」
広間中央のふたりを注視したまま分析するトリニティさん。
物理攻撃が通じない以上、残る手段は魔法しかありませんが、呪文にしろ加護にしろ威力の高いものは効果範囲も広く、この状況で使うことはできません。
いくらこの舞踏場が広いとはいっても、壁際では大勢の人が震えながら肩を寄せ合ったままです。
どうやら広間から出る扉という扉がなんらかの力で固く閉ざされてしまい、逃げるに逃げられないようです。
今魔法を使えば、あの人たちまで巻き込んでしまうでしょう。
そもそもあれだけの物理障壁を張り巡らせている
物理に匹敵する
「どう……しますか?」
わたしはカラカラに渇き、ひりついた喉で訊ねました。
「
わたし、フェルさん、トリニティさん、ハンナさん――そしてマグダラ陛下。
アッシュロードさんを中心に固まっていた関係者にはそれだけで意味が通じます。
これまでにも幾度となく用いてきた、呪文無効化能力の高い魔物に対する戦法。
耐呪に関係なく通る魔法の使用。
たとえば “
……ですが。
「……相手は魔術師」
最後言い淀んだアッシュロードさんの考えを汲んで、言葉を繋げます。
「ああ、当然定石は知ってるだろうよ」
相手は知能の低い
魔法の専門家である魔術師です。
探索者の間で確立されている戦術は、無論心得ているでしょう。
「問題はまだあります。たとえ魔法が通ってあの男の視界を遮ったとして、その後どうするかです。あの障壁がある限り、斬り伏せることも取り押さえることもできません」
熟練者の
魔法で視界を奪ったとしても制圧ができなければ、盲目になった怪人が絶対的な物理障壁の中から、破滅的な呪文をまき散らすかもしれません。
(いったい――いったいどうすれば!)
その時、怪人がわたしたちの逡巡を衝きました。
“よかろう、くノ一。饗宴の幕はおまえの血で上げるとしよう!”
嘲りを浮かべたまま、先んじて詠唱を始めます。
“
呪文が完成すればメリッサさんだけでなく、広間は――全滅します!
--------------------------------------------------------------------
※スピンオフ第二回配信・開始しました!
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
--------------------------------------------------------------------
プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます