孤島までは何マイル?

「――孤島に辿り着いたら合図を送ります、確認したら手はずどおりにお願いします!」


「心得ました、聖女様どうかご無事で! 探索者諸君、武運と “男神カドルトス” の加護を!」


 出立する直前、最後の念を押すわたしに、留守を守る第三小隊長さんが力強くうなずきました。


「行きましょう!」


 わたしは振り返り、背後に控えていたパーティを見ました。

 戦況は逼迫しています。

 グズグズしている余裕はありません。


「おっしゃ! それじゃピクニックと洒落込もうぜ!」


海藻ケルプの森のね!」


 ジグさんとパーシャが冗談めかした言葉で、気持ちを奮い立たせます。

 目的地である沖合の孤島までは、湖面に生い茂る “動き回る海藻クローリング・ケルプ” の森を抜けていかなければなりません。

 これがピクニックなら、危険極まる命懸けのピクニックです。


「よし、行くぞ! 頭の上に十分に注意しろ!」


 レットさんの号令一下、わたしたちは駆け出しました。

 先頭を行く斥候スカウト のジグさんが、出来るだけ海藻の密度の薄い場所に向かって分け入っていきます。


(要は――要は反射神経の問題です!)


 全長五〇メートル以上。

 湖面上に姿を現している部位だけでも二〇メートルに達する巨体にもかかわらず、なぜ “動き回る海藻” が迷宮最弱の魔物と呼ばれているのか。

 それはこの海藻に、人を襲う本能――習性がないからです。

 迷宮に澱む魔素によって動き回る能力を得た、ただそれだけの魔法生物なのです。

 人を襲って養分にするような習性はなく、当然巨体を打ち下ろすようなこともありません。

 相手をするわたしたちにしてみれば、柔らかく大きさ故に攻撃の外しようもない、迷宮最弱の魔物なのです。

 ですが――。


 バシャンッ!!!


「きゃっ!?」


 予期せぬ方向から間際の湖面に叩きつけられた一撃に、わたしの全身に冷たい汗が噴き出ました。

 伐り倒すのは容易な相手。

 しかしその森を強行突破していくとなると、一転してやっかいな存在となります。

 攻撃する意思がない分その動きは予測しづらく、数が多いこともあってどこから不意の一撃が飛んでくるかまったく見極めがつきません。

 普段駆除しているときのように動きを注視していれば大丈夫、というわけにはいかないのです。

 まして今回は “妖獣THE THING” に寄生されたことで、その動きは激烈になっています。


「守りの加護は使えないわ! しっかり回避して!」


 フェルさんが叫ぶとおり、“神璧グレイト・ウォール” のある第三位階の精神力マジックポイントは、この森を抜けきったときにこそ必要なのです。

 ここで使ってしまうわけにはいきません。


 “瓶詰めの帆船模型シップ・イン・ア・ボトル”の効果で湖面を歩けるのは、わたしたちだけです。

 巨大な海藻が至近に打ち下ろされる度に、冷たい湖水がつぶてのように跳ね、わたしたちに痛痒を与えていきます。

 直接重い一撃を受けなくても、少しずつですが生命力ヒットポイントが削られていくのです。。


「足を止めるな! 立ち止まれば揉み潰されるぞ!」


 レットさんが叫びます。

 どんなにダメージが蓄積していこうと、治療はおろか立ち止まることすらできません。

 生き残るには、この危険極まる森を駆け抜けるしか――走り抜けるしかないのです。

 だから孤島まで例え何メートル、何キロ、何マイルあろうとも、


RUN走れ! RUN走れ!! RUN走れ!!!」


◆◇◆


(――まだか! まだか! 聖女様、まだですか!?)


「見張り! 合図は上がったか!?」


 自身も群がり寄る海藻の一本を斬りつけながら、第三小隊長が叫んだ。

 一秒毎に負傷、あるいは石化で、戦闘不能になる者が出続けている。

 戦況は悪化する一方で、もはや防衛線が破られるのは時間の問題であった。


「まだです! まだ上がりません!」


「絶対に見逃すな!」


 “妖獣” に寄生された海藻は狂ったように暴れ回り、痩せ細った戦力でこれ以上押し留めることは不可能だった。

 事ここに至っては、あの聖女の悪巧みにすがるしかない。


「――踏みとどまれ! 破られるな! 海藻如きに退いたとあっては、騎士として末代までの恥辱ぞ!」


 だが卓越した指揮官の統率力も、もはや限界に達していた。

 どんなに叱咤激励しようと、石化した騎士や従士には届きようがない。


(……んぬるかな


 自分は迷宮最弱の魔物に敗れた騎士として、汚名を残すことになるだろう。

 小隊長が絶望に喘いだとき、地底湖の沖、湖面から階層フロアの天井に向かって、ヒュッと赤い光が走った。

 さらにもう一本。

 天に向かって放たれた、細く鋭い炎の矢サラマンデル・ミサイル


「――小隊長殿合図です! 聖女様からの合図です!」


「金鼓を鳴らせ! 拠点のボッシュ殿に知らせるんだ!」


◆◇◆


「――今じゃ、アップルトン!」


「はい!」


 東から響き渡った打ち鳴らされる鉦鼓のに、ボッシュが命じた。

 “フレッドシップ7” の専属侍女メイドであるアン・アップルトンが凛々しくうなずき、榛色ヘイゼルの三つ編みを揺らして、自分が受け持つ丈高いくいを操作する。

 同様に拠点内に設置されたすべての杭に、予め指示されていた女たちが取り付いた。


「……後は任せたぞ、ライスライト」


 偉大なる老ドワーフは種族特有の赤外線暗視インフラビジョンが効果を現しだした瞳で、東の彼方を見つめた。


◆◇◆


「――今のが最後の “火弓サラマンデル・ミサイル” !」


 残っていた第一位階の呪文を天に向かって撃ち尽くすと、パーシャが顔を振り向かせました


「ありがとう!」


(さあ、合図は送りましたよ! 小隊長さん! ボッシュさん! アンッ!)


 黒々と蠢く海藻の森。

 その森間に見え隠れする拠点の光に向かって、胸の中で叫びます。

 万が一パーシャの送った合図を守備隊が見逃してしまうようなことがあれば、万事休すです。


(まだですか、まだですか、まだですか――)


 ですが一秒経っても二秒経っても、拠点に変化はありません。


(まさか、本当に見逃してしまった!?)


 心が不安と絶望に押し潰されそうになったとき、


「キターーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」


 パーシャが怒号を上げました。

 海草群の隙間に見え隠れしていた光が、次々に消えていきます。

 統制などない、てんでバラバラな不規則な消灯でしたが、 確かに “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” から暗い迷宮を照らしていた灯りが消えていきます。


、きました! ――フェルさん!」


「ええ!」


「「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――!」」


 そしてわたしとフェルさんは残る第三位階のすべての精神力を注ぎ込んで、孤島に“永光コンティニュアル・ライト”を灯します。


「さあ、寄って来なさい! “妖獣” に寄生されて習性が強まっているのなら、この光を無視することは出来ないはずです!」


 そう! 人を補食する習性などないにも関わらず、“動き回る海藻” が拠点に上陸してくる答えがこれなのです!

 光合成!

 海藻たちは、拠点に煌々と灯されている魔法の光に引き寄せられていたのです!


「――ほっ、ほっ、ほ~たるこいっ! あっちの水は苦~いぞ! こっち水は甘~いぞ!」


 ほっ、ほっ、ほ~たるこいっ!



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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