バックボーン
(やはり時間は、記憶と強く結び付いているらしい)
それが時間
(こうなると意識体が
精神力とは肉体から魔力が消費されるときに消耗するものらしく、今のトリニティにはそれがなかった。
肉体の消耗がないので、疲労もない。
同様に睡眠欲も、食欲も、性欲もなかった。
(生物としての欲求がないのは、わたしにとっては便利だな。純粋に知識欲だけを求められる)
これが美食家や漁色家であれば、満たされぬ欲望に激しい欲求不満に陥ったかもしれない。
しかし、記憶が時間遡行に干渉する現象には困りものだ。
何度 “
トリニティはその都度座標の調整を行ってみたが、上手くはいかなかった。
(まあ、そのお陰で父上や母上の顔を久しぶりに見られたわけだが……)
“
王統で難を逃れたのは、王女マグダラとその双子の弟王子。そして “大アカシニア”の魔術アカデミーに留学していた彼女だけだった。
二〇年ぶりに見た両親の顔は変わらずに優しく、激しい懐かしさとそれ以上の痛みをトリニティの胸にもたらした。
(しかしこうして客観的に見せられると、わたしの想い出の多くは冒険者時代のもののようだな)
転移の度にたどり着くのは、その大半が “
青春……などという青臭い言葉で現すには羞恥心を覚えるが、きっとそうなのだろう。
常に灰と隣り合わせではあったが、信頼できる仲間たちに囲まれた充実した日々だった。
(……戻れるものなら戻りたいものだ)
トリニティは柄にもなく、素直にそう思った。
しかしトリニティは、自分がもう少女時代に生きてはいないことを知っている。
心の奥底に小さな箱を作り、そこに記憶を収め封じる。
意識には “現在” しか残さない。
そうして、さらに何度目かの越次元を繰り返した彼女の眼前に、不意にそれまでとは明らかに異なる光景が広がった。
未だかつて見たことのない光景。
それは星空に浮かぶ、巨大な青い球体だった。
球体には白い靄がまとわりついていて、緑や茶、
トリニティの意識は、ひとめでそれが母なる
散々地図で眺めてきたいくつかの海岸線が見て取れたからだ。
その母なる星に向かって、流星が堕ちていった。
おそらくは大気との摩擦のせいだろう。
星に近づくにつれ、流星は真っ赤に燃え上がった。
さらに観察するために、トリニティの意識は流星に近づた。
驚いたことに、その流星は巨大な
赤い炎をまといながら地上に堕ちていく円盤は、ところどころ青く、あるいは赤く、規則的に明滅していた。
知性を持つ存在よる人工物であることは明白であった。
(これは……船?)
トリニティは、唐突にそんなイメージを抱いた。
アカシニアの海を行き来する
童顔の天才賢者は、今度こそ自分が目的としていた時空に近づいたことを直感した。
そして、その予感は正しかった。
彼女の見ている前で燃える流星が堕ちたのは、“
轟音と衝撃。
そして天高く登る火柱。
火吹き山と化す “龍の文鎮”
(いったい、いつの出来事なのだ……?)
意識体のトリニティは、視点を転じた。
標高一〇〇〇メートルに達する岩山の近郊には、リーンガミル聖王国の王都 “リーンガミル” の高く厚い城壁がそびえているはずである。
しかし転じた視点の先に、外敵に対しては難攻不落を誇った城塞都市の威容はなかった。
古代魔導帝国の流れを汲む一〇〇〇年王国リーンガミル。
その象徴である都が、影すらもない。
一〇〇〇年どころの話ではない。
今彼女が見ているのは、源流となった魔導帝国すら成立していないほどの過去の情景なのである。
トリニティは時間軸を固定したまま、縦軸・横軸・高さ軸を調整して今一度 “転移” の呪文を唱えた。
確かめなければならない。
確認しなければならない。
そのためにトリニティは、数多の時間と空間を溯ってきたのだ。
彼女の意識は、未だ “リーンガミル親善訪問団” の探索者たちが足を踏み入れることのできない、迷宮最上層へと飛ぶ。
そうして、彼女は見たのだった。
だが不意に身体が――意識が強く引っ張られる感覚が、賢者を襲った。
(ば、馬鹿! アッシュ、今は駄目だ! 今はまだよせ! もう少しで、もう少しですべてが――)
トリニティの叫びは届かず、彼女の意識は強制的に今回の事件の
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