異世界メイドカフェ
「――それでは皆さん、今日もよろしくお願いいたします」
「「「「「「よろしくお願いいたします」」」」」」
挨拶をしたわたしに、アンを含めた六人の
その姿勢、その角度。
本物のオーラが漂っています。
それもそのはず。
彼女たちは全員が本職なのですから。
この迷宮カフェ “湖畔亭” は、アカシニア・地球を問わず、世界初の本物のメイドカフェなのです。
(――あ、でも)
「皆さん、表情が硬いですよ。
侍女たるもの、ご主人様やお客様の前ではあくまで慎み深く、存在しないかのように振る舞わねばなりません。
なので、ともすれば表情が無機質になってしまうのです(なんといっても皆さん本物ですから)。
逆に飲食サービス業では、なにより親近感の溢れた
「さあ、皆さん。心からの笑顔で――お帰りなさいませ、ご主人様❤」
「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」」
「う~ん、まだ少し硬いですね。あなたの好きな人の顔を思い浮かべて――お帰りなさいませ、ご主人様❤」
「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様❤」」」」」」
「よいでしょう」
途端に年相応の明るい笑顔になった侍女さんたちに満足してうなずくと、
「それでは、開店です」
わたしは開店を知らせるディナーベルを鳴らしました。
澄んだ音色が響き、お店の外で開店を待ちわびていたお客さんが入ってきます。
仕事や任務がお休みの人たちで、騎士や従士や兵士や馬丁さん。
女官や侍女さん。
男性もいれば女性もいます。
皆さん思い思いの席に座って、注文の手を挙げます。
すぐにアンを始めとする侍女さんがうかがいます。
わたしも、二人組の若い騎士の方の席にうかがいます。
「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか?」
「おお、今日の女給は聖女様か。ツイてるな」
「馬鹿、失礼だろうが――申しわけありません、聖女様。同僚の無礼をお詫びします」
「いえいえ、このカフェでは
このおふたりの騎士は、どうやら対照的な性格をしているようです。
ひとりは、大らかでざっくばらん。
もうひとりは、謹厳実直なまさに騎士という感じの人です。
「聖女様、今日の日替わりソテーはなんです? コカトリスですか?」
ざっくばらんな騎士さんが、ざっくばらんに訊ねました。
美味で知られるコカトリスのお肉を所望のようです。
「ごめんなさい。今日はコカトリスは出せないのです。今日は
「そうですか、そいつは残念だ。聖女様とお話できるだけで
「おい――申しわけありません。では、その大蛇のソテーをふたつ頂きます」
「はい。ソースは何になさりますか?」
「「迷宮ソースで!」」
「かしこまりました」
「あ、あと食後に葡萄茶も!」
「かしこまりました❤」
でも営業用ではありませんよ、心からの笑顔です。
ふたりの騎士さんは注文を終えると、リラックスした様子で歓談を始めました。
全面オープンカフェな店内には和やかな空気が流れ、客席からはおしゃべりに興じる客様の楽しげな声が響いています。
(良い雰囲気です)
わたしは含み笑いをもらすと、厨房担当の輜重隊の兵士さんに注文を伝えました。
・
・
・
カフェでの仕事は、とても楽しく充実していました。
一〇〇〇人もの人がいれば、全員が顔見知りというわけにはいきません。
ですが同じ境遇に置かれ、同じ危難に立ち向かう者同士の連帯感があります。
もてなす側は真剣に歓待し、もてなされる側は真剣に楽しむ。
そこには “阿吽の呼吸” が確かにありました。
時間はあっという間に過ぎていきました。
いきましたが……。
(むぅ、来ませんね)
なんと言うことでしょう。
予約をしておきながら、あの人が来店しません。
もしかしてこれはあれですか? すっぽかしという奴ですか? ドタキャンですか?
(でも……あの人が約束を破るなんて、そんなことがあるのでしょうか?)
あの人はやさぐれていて、お風呂にも滅多に入らないばっちい人ですが、約束は必ず守ってくれる人です(なかなか約束はしてくれませんが)。
そんなあの人が姿を現さないと言うことは、何か突発的な出来事が起こったのでしょうか?
ですが、緊急事態ならわたしにも連絡が来るでしょうし……。
そわそわ、そわそわ、
「あの、エバさま。少し休憩されてはいかがですか?」
「え?」
「朝からずっと働きづめですし」
「そうですよ、ちょうどお客様も一段落しましたし」
急にそわそわし出したわたしを見て、アンや他の侍女さんたちが勧めてくれました。
「で、でも」
「「「「「「エバさま!」」」」」」
「は、はい! それではお言葉に甘えさせていただきます!」
思いやり溢れる友情にお尻を叩かれ、わたしはいそいそエプロンを外しました。
そわそわの次はいそいそです。
それはもう、いそいそです。
ですが、そんなわたしの乙女チックな挙動は、カフェを出た直後に終了でした。
当の “あの人” が、カフェから程近い岩に腰を下ろしているのが、すぐに見つかったからです。
拍子抜けとは、まさにこのこと。
「アッシュロードさん」
わたしはぽつねんと岩の上に座り込んでいる黒衣の男性に、声を掛けました。
「……」
「アッシュロードさん」
気づいた様子もなく、ぼんやりと宙を見つめているアッシュロードさんに、もう一度呼び掛けます。
「……ライスライトか」
ようやく気づいてくれたアッシュロードさんが、ゆるゆると顔を向けます。
その動作は酷く緩慢で、疲れ切っていて、本当にグレートデンの老犬ようでした。
この人は “暗黒広間の会戦” から戻ってきてから、ずっとこうなのです。
「どうしたのです、こんなところで? 今日はカフェに来てくれる約束ではありませんか」
内心の不安と動揺をデコレートして、ことさら普通に訊ねます。
「混んでたからな……それに俺がいると空気が悪くなっちまうし」
ボソボソと答えるアッシュロードさん。
ああ……これはいけません。
完全に本来のあの人が出てしまっています。
露悪的で人の気持ちや空気など歯牙にも掛けないのが、グレイ・アッシュロードさんという人です。
でもそれは、この人が意識してまとってる “鎧” に過ぎません。
本当は、とても繊細で人の気持ちを考えすぎるくらいに考えてしまう人なのです。
それも不器用なので、感じるよりも先に考えてしまう人なのです。
その “鎧” もまとえないくらいに、本当に疲れ切ってしまっているのです……。
わたしはいたたまれなさに涙が零れそうになるのを必死に抑えて、逆に陽気にアッシュロードさんの腕をつかみました。
「――さ、早く、早く! 早くお店に来てください! 今日はわたしを指名してくれるという約束ではありませんか!」
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