暗黒広間の会戦①

 “暗黒広間” には、苛立ちの空気が膨らみ続けていた。

 気配の元は、天使側の軍勢である “十字軍クルセイダーズ” だ。

 広間の西に万全の布陣を敷き、剣槍を手に、いざ来たれ! とばかりに気負っていたのだが、充溢していた士気はいつまで経っても現れない敵軍への困惑へと変わり、今やその困惑はハッキリとした苛立ちになっていた。


「――どういうことだ! なぜ現れぬ!?」


 天使側を率いる髭面の “テンプル騎士クルセイダーロード” が、指揮官陣頭の統率の要諦に従い、率先して苛立ちを爆発させた。


「異教徒め! 野蛮人め! 約定を違えおったか!」


 天使側は事前の取り決めに従って先に入場し、布陣を終えている。

 次は悪魔側が入場し、広間の東側に布陣する手はずになっていた。

 悪魔側が布陣を終えるまで、天使側は手を出さない。

 これは “騎士道精神に則った正々堂々の戦いをするため” という口上になっていたが、もちろん建前に過ぎず、広間の入り口に仕掛けられている魔法封じアンチマジックの罠を、悪魔側の邪僧全員に踏ませるためである。

 天使側が一番恐れる “呪死デス” の加護さえ封じてしまえば、あとは多少武器を扱えるとはいっても坊主は坊主。

 本格的に訓練を積んだ、“十字軍” の騎士や兵士の敵ではない。

 勝利は約束されたも同然。

 それなのに、肝心の対戦相手が現れない。


「馬鹿にしおって! これでは我らはただの道化ではないか!」


(……スポーツだったら不戦勝ってのがあるんだけどな)


 ナメクジのような大粒の唾を飛ばしす髭面の騎士のかたわらで、アッシュロードは思った。

 吠え猛るテンプル騎士とは対照的にポーカーフェイスを保っていたが、内心ではやはり困惑を隠せない。


「――アッシュロード! 貴様、大口を叩いておいてこの様か! よくも恥をかかせてくれたな!」


 テンプル騎士の怒りの鉾先が、アッシュロードに向く。


「現れないなら現れないで、奴らの葬式が先に伸びただけだ」


 悪びれもせずに答えるアッシュロード。

 ここで動揺した様子を見せたら、自分の首が飛びかねない。


「まさか我らをここに集めている間に、食料を集めているのでは!?」


「せいぜい数日分の食料を集めてなんになる」


「ならば、我らの留守中に手薄になった神殿を襲うつもりでは!? あそこには十分な食料と燃料があるぞ!?」


「留守部隊の他にも、神殿はふたりの使が守ってる。あそこは条約で魔族が立ち入れない。腹を空かせた坊主どもだけじゃビクともしねえさ」


「そ、そうだ! 我らの魔法だけを封じて、この広間から出たところを襲いかかるつもりなのだ!」


「ずっと神殿に引き籠もってる坊主どもが、加護を封じるられるうえに、普段は真っ暗なこの広間の出口を知ってるものか。仮に足を踏み入れた奴がいたとしても、漏れなく魔物の餌食になってるだろうよ」


「では、では――」


 必死に次の “現れない理由” を探す髭面の騎士に、アッシュロードは心底うんざりした。

 そして同様にうんざりする、もう二翼の天使の気配を感じた。

 四翼の天使のうち半数が神殿の護りに就き、残りが暗黒回廊ダークゾーンの闇を払い手下の戦いぶりを見守る見張るために、この広間に降り立っている。

 その二翼の天使が、敬虔ではあるが無能なテンプル騎士団の総長に、愛想を尽かし始めているのだ。


(それはともかくとして……理屈に合わねぇ)


 部下やの前で醜態を晒す髭面はさておき、アッシュロードも激しい据わりの悪さを覚えている。


(坊主どもにしても、今のままじゃジリ貧だってことぐらいはわかってるはずだ。この機会を逃せば、もう決戦にはもちこめねえ。あとは痩せ衰えて、遠からず戦うどころか食料の調達にすら出れなくなる)


 アッシュロードは合理的な男だ。

 怠惰で物臭な分だけ、効率を重んじる。

 そのアッシュロードからしたら、悪魔側が戦場に現れない理由が見当たらない。


 自分で否定しておいてなんだが、鬼の居ぬ間になんとやらで、まさか本当に数日分の食料をかき集めているのだろうか?


 それとも “十字軍” が留守の神殿に攻めかかっている?

 いやそんなことになれば、すぐに留守組の天使からそこの天使にが来るはず。

 天使同士の会話に、距離は関係ないのだ。


 やはりこの広間からの再出現テレアウト地点を知っていて、そこで待ち構えているのか?

 いや再出現地点を知らなくても、神殿までの岐路で待ち構えてる?

 だが “呪死デス”が切り札の坊主とたちと違って、“十字軍” は加護を封じられてもそこまでの痛手はない。

 せいぜいお守り代わりの “静寂サイレンス” が使えなくなるだけである。

  “十字軍” の方がレベルが低く、“静寂” が効果を及ぼすのは望み薄なのだ。

 加護を願ってるくらいなら剣で斬り掛かった方がよほどマシなのである。

 巣に引き籠もっていた坊主どもが出てきてくれて、却って助かるぐらいだ。


 どれもしっくりこない。

 どれも補給線が断たれている側が採る策ではない。

 そもそも奴らは聖職者であり、戦が本分の騎士ではない。

 手の込んだ戦術など、元から駆使は出来ないのだ。

 に考えて、連中にとって一番勝利の成算が立つのは短期決戦であり、今日の会戦を避ける理由はないはずなのだが……。


(……狂信者の頭を信じすぎたか)


 アッシュロードは胸の内で自嘲した。

 所詮は行きすぎた信仰に曇った脳味噌。

 合理性なんて言葉から一番遠い連中なのだ。

 思考を洞察するのも、おのずと限界がある。


(……動揺は素人の常……戦いを前にブレて気が変わったってのが、一番正解に近いかもしれねえな……奴らが決戦を回避するなら、このまま兵糧攻めを続けるだけだ。あとひと月もすれば加護も願えなくなるほど衰弱するだろう。二度手間でこいつら天使側の方はまた別の策を考えなければならねえが……)


「あと少し斥候スカウト からの報告を待とう。連中がねぐらを出ればすぐに伝令が――」


 アッシュロードが内心で術策の大幅な変更を思いながら言ったとき、一陣の風が灰色の前髪を揺らした。

 直後、視界を閃光が覆い尽くす。

 “転移テレポート” の魔法特有の発光現象。

 だが、本来なら極短い時間で消えるはずのその光が、どういうわけかいつになっても治まらない。

 ようやく光が消えたとき、広間の東の端に数百人の武装した緋色の僧衣をまとった男たちが出現していた。

 悪魔側のが魔法封じの罠を飛び越えて、戦場に現れたのである。



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