計算ミス?
第一層の孤島から続く長い縄梯子を登りきると、剣呑な気配がわたしを迎えました。
まとわりつくような危険な匂いは一層の比ではなく、この
“
わたしたちは、三度戻ってきていました。
「……やっぱり対になってるな。五階の雰囲気とよく似てるぜ」
ふぅ、と一息吐き、薄らと浮かんでいた額の汗を拭うわたしの耳に、真っ先に到着していたジグさんの硬い呟きが届きました。
「……うむ」
カドモフさんが珍しく声に出して同意します。
他にも “緋色の矢” のゼブラさんとヴァルレハさんが手伝っていました。
アッシュロードさんたち前衛職が護衛をし、ヴァルレハさんが “
単純な仕事ですが、何を切っ掛けに狂信者に豹変するかわからない “十字軍”の相手をするのは、とても神経を使います。
最初の約束分を渡し終えたアッシュロードさんたちは、酷く消耗していました。
『あたいたちとの
久しぶりの正規メンバーでの編成に、出立前パーシャが半ば本気でジグさんに訊ねたものです。
やがてそのパーシャが到着し、殿のフェルさんも姿を現しました。
「――よし、行こう」
全員の息が落ち着いたのを見計らって、レットさんが出発を宣言しました。
今日の目的は、この階層に残された未探索の
残る未踏破区画は三箇所。
・北東
・同、一×一区画の玄室。
・北西区域にある、直前に探索者風の
最初の “熱風の扉” を通るには
おそらく残りふたつの未踏破区画のどちらかにそのキーアイテムがあると考えられ、まずはより危険の低そうな北東の一×一の玄室に向かう段取りになっていました。
そこでキーアイテムが見つかれば、いかにもな “石像の部屋” にひとまず踏み込む必要がなくなるからです。
(石像が石化した人間なら “
地図の九割五分は埋まっているので、最も通過する玄室が少ないルートを選んで進みます。
玄室にはほぼ確実にねぐらとしている
わたしたちは一度だけ、どうしても迂回できない玄室での戦闘を危なげなく突破したあとは、長い回廊をただひたすらに目的の玄室に向かって進みました。
気温は低く、湿度は一〇〇パーセント。
まるで晩秋か初冬の雨の日のような肌寒さ……冷気です。
そんな冷たく不快な空気が満ちる回廊を、うねうねと進むこと四十区画ほど。
レットさんに目配せをされたジグさんが進み出て、引き締まった表情で扉を調べます。
罠の有無、扉の奥の物音、息遣い――
作業が終わると、ジグさんが振り返り親指を立てました。
問題なし――のハンドサインです。
ジグさんが扉の前を離れ、代わって愛用の魔法の
やはり全員が手に手に武器を握って、突入に備えます。
1、2、3――バンッ!
前衛の中で一番体格のよいレットさんが勢い良く蹴り破ると、両開きに開いた扉からジグさんとカドモフさんがすかさず突入し、すぐに態勢を立て直したレットさんが続きます。
トリニティさんから頂いた魔法の
しかし五番手のパーシャが踏み込んだときには、玄室の安全は確認されていました。
扉の奥に、魔物の姿はなかったのです。
「――上方警戒。まだ気を抜くな」
レットさんが突入時の死角になりがちな、上空からの奇襲を警戒します。
わたしはハッとして、天井を見上げました。
飛行系の魔物や、スライムの落下攻撃の心配は――ないようです。
「どうやら、本当にもぬけの殻のようだぜ」
ジグさんが、腰の後ろの鞘に
「魔物がいないのはいいとして――それ以外にも何もないわね」
戦棍を腰のベルトに吊しながら、フェルさんが怪訝な表情を浮かべています。
彼女の言うとおり一〇メートル四方の玄室はがらんどうで、目に付く限りは何もありません。
「
「あったとしても意味はないよ。この周囲は全部踏破してるから」
「そうだったな」
レットさんがパーシャの指摘にうなずきます。
借りに隠し扉があったとしても既知の区画に抜けるだけなので、確かにキーアイテムを求めているわたしたちには意味がありません。
「
「ちょっと待って」
わたしの言葉に、パーシャが口の中で小さく呪文を唱えます。
念の為に “
「うん、やっぱりどこにも飛ばされてないよ」
「駄目だな。なんにもねえぜ、ここには」
やはり念の為に室内を探っていたジグさんが、戻ってきて肩をすくめました。
「外れですか……ここは」
「おかしいよ、それじゃ計算が合わない」
わたしが嘆息すると、パーシャが不審げな表情で首をかしげ、腕組みをしました。
「必要なキーアイテムはふたつ。未踏破区画もふたつ。その前提が崩れちゃった」
キーアイテムが必要な場所は、“熱風の扉” と 最上層―― “第六層へ続く縄梯子” の二箇所です。
当初の予想では、ここでそのどちらかが見つかるはずだった……というか、見つからなければパーシャの言葉のとおり数が合わないのです。
「残る玄室に、ふたつの効果を合わせ持ったキーアイテムがあるのかもしれないな」
「“石像の部屋”」
「そうだ」
レットさんとわたしが、気持ちを切り替えるようにうなずき合います。
やはり、あの玄室は避けては通れないようです。
「行ってみよう。あの玄室が “妖獣” の
これで今回の事件に決着……。
そうです。
それこそ、望むところです。
そうなれば、これ以上あの人に負担をかけずにすみます。
「――行きましょう、皆さん」
立ち並ぶ石像に守られるように残された、第四層最後の扉。
その奥に待つものはいったいなんなのか。
確かめるときがきたのです。
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