帰還
緑色の焔は、爆心地である火薬庫から要塞内部を駆け巡った。
“妖獣”の体液によって石扉と化していた最初の遮蔽物を微塵に砕き、続く通路を爆焔の奔流となって突き進んだ。
天井や床、壁に比べて強度の低い扉が爆圧によって次々と吹き飛び、部屋という部屋、通廊という通廊が、緑焔の嵐に粉砕されていく。
高熱圧の焔にまかれたものは、有機物、無機物問わず、瞬く間に炭化、あるいは溶解し、それも一瞬で燃え尽きた。
城門に集まることもなく未だ無数にある部屋に潜んでいた海賊たちは、手にしていた陶杯を置く暇もなく、轟音と共に扉を突き破ってきた超高熱の侵略者に虐殺された。
海賊たちが、リーンガミル海軍との決戦に備えて長年にわたり備蓄を重ねていた、敵船を焼くための “
それはまさしく……地獄の焔だった。
有機物も、無機物も、人も魔物も――妖獣すら
この緑色の焔に灼かれては、この世界にあるどんな物体もその存在をまっとうすることは出来ないだろう。
すべての物体を焼き付くし、灰となるまで燃やし尽くす……。
そして灰は塵に……。
城門を封じた五人の探索者が、劫火に焼かれる地下要塞を目の当たりに出来たのは、ほんの数瞬だった。
彼らには眼前に繰り広げられている壮絶な光景に呆けている余裕などなかった。
要塞
リーダーの戦士と盗賊の若者が、それぞれ背負っていた少女を下ろし、たった今駆け込んできたばかりの扉に体当たりをする勢いで肩をぶつけて閉ざした。
密閉される瞬間、吹き込んできた熱風に端正な顔撫でられ盗賊が悲鳴を上げる。
火膨れのできた顔を顰めながら、盗賊は再びここまで運んできた少女を背負おうとした。
しかしエルフの少女はよろよろと立ち上がると盗賊の手を振り払い、
願いが聞き届けられるはずもないのに、何度も何度も祝詞を唱える姿は鬼気迫っており、それだけに悲痛だった。
やがて……精根尽き果てた少女は再びくずおれ、大声を上げて泣き伏した。
盗賊がその震える肩に手を置く。
リーダーの戦士は、もうひとりの少女を再度背負い上げた。
ホビットの魔術師に呪文をかけられ、意識を失っているかに見えた
その表情に感情はなく、虚ろで、疲れ果てていた。
要塞の火勢が衰え近づけるようになるまで、何日もかかるだろう。
リーダーの戦士は、仲間たちをうながして帰路に着いた。
拠点に戻り、事情を説明し、人手を募り、捜索隊を組織する。
装備を補充し、疲労した仲間たちに休息を摂らせ、そしてまた戻ってくるのだ。
戦士の決意は強まりこそすれ、微塵も揺らいではいなかった。
幸運にも、帰路に魔物と遭遇することはなかった。
地底湖湖岸に設営されつつある拠点に戻ると、すぐに大柄な赤毛の女戦士が駆け寄ってきた。
女戦士はまず恋人である戦士が無事であることに安堵の表情を見せ、次に顔色を変えて事情の説明を求めた。
彼女の仲間である五人の女探索者も、深刻な表情を浮かべている。
特に最年長でもっとも理知的な美貌の持ち主である魔術師は、同時に探索に出た “悪” のパーティの姿がないことに、瞳を震わせている。
五人は女戦士たちに伴われ、すぐに拠点の本部に向かった。
本部の天幕では、この拠点の指導者である “大アカシニア神聖統一帝国” の筆頭国務大臣が、臨時の補佐官である帝国軍中尉の階級章をつけた女性士官と、備蓄されている物資の状況を精査していた。
リーダーの戦士はすぐに事情を説明し、自分たちが遭遇した出来事を報告した。
話を聞くうちに、不安げだった女性士官の顔が見る見る青ざめていく。
要塞に取り残されたふたりの探索者の安否を確認するため、
反応は……なかった。
生きていればいたで、死んでいればそれで、何かしらの反応があるのがこの加護である。
例え “灰” になるまで燃え尽きてしまっていたとしても、“探霊” の加護は迷宮内に漂う “魂” を探知するのだ。
その “魂” すらも見つからないということは……。
エルフの少女の慟哭が、天幕にから拠点の隅々まで漏れ響いた。
箱馬車から取り外された座席に寝かされていたもうひとりの
疲れ切り、心が摩耗してしまったのだろうか。
それとも、心が壊れてしまったのだろうか。
一度目は耐えられた……でも二度目は無理だった。
そうなのだろうか……。
そうではなかった。
少女はただ、知っていたのだ。
知っていて、待っていたのだ。
直後、その時は来た。
突然、地底湖湖岸に一陣の風が巻き起こり、天幕が揺れた。
拠点にいた、すべての人間の時間が奪われた。
そして再び時間が戻されたとき、拠点の人口が三人増えていた。
要塞に取り残されていた探索者たちが、
少女の表情に、ようやく感情が戻った。
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