遭遇★

「「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――」」


 フェルさんとわたしが、同時に “解呪ディスペル” の祝詞を唱えます。

 探索者一の美声といわれているフェルさんのソプラノに、わたしのメゾが重なって、聖歌を思わせる清澄な合唱となりました。


 “騒霊ポルターガイスト” は低位の悪霊です。

 有名なホラー映画にもなったように、人にではなく家屋に取り憑きます。

 モンスターレベルも1と低く、“紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” で言うなら “腐乱死体ゾンビ” と同じレベルの不死属アンデッドです。


(住んでいた人たちが去ってしまって、寂しくなったのですね。今、解放してあげますから)


 玄室一杯に立ち並ぶ朽ちかけた掘建て小屋バラックが、早晩腐り果てて消え去ったあとも、この騒霊たちはいつまでも漂い続け、次に取り憑く家屋が現われるのを――そこに住む人たちが現われるのを待つのです。

 それは寂しく……悲しいことです。


「「――不浄な意思に縛り付けられし穢れなき魂を、どうか御胸にお抱きください――解呪ディスペル!」」


 身体の中心から女神ニルダニスの慈しみが溢れ出し、聖光となってはしゃぐ霊たちを抱きとめました。

 乱れ飛んでいた食器や家具がバラバラと地面に落ち、砕け散ります。

 玄室に静寂が戻りました。


「……灰は灰に……塵は塵に……どうか安らかに眠ってください」


 わたしは胸の前で聖印を切ると、手を組んで鎮魂の祈りを捧げました。

 フェルさんも同様の仕草をしているのが気配でわかります。


「ヒュ~♪ 鮮やかなもんだ」


「ふたりとも、よくやってくれた」


 ジグさんが感嘆の口笛を鳴らし、レットさんが構えていた剣の切っ先を下げて労ってくれました。


「いえ、元々そんなに悪い子たちではありませんでしたから。ただ、住んでいた人たちがいなくなってしまったところに、わたしたちが現われたので……」


「……嬉しくなって、はしゃいじゃったってわけだね」


 寂しそうに呟いたパーシャに、わたしは軽く目を閉じ頷きました。


「それにしても、エバ、フェル共に1集団グループ四匹ずつか。ほんといいライバルだな」


 ニヤリと笑うジグさん。

 もう、ここでその話を持ち出しますか。


「ええ、そうよ。わたしたちは “強敵と書いて友と読む” 関係なの。上辺だけの付き合いじゃないの」


 と、こちらも澄まし顔で答えるフェルさんです。

 ムードメーカーのジグさんの言葉に上手く乗って、重苦しかった空気を吹き飛ばしてくれました。

 迷宮探索では、時にこうして胸に溜った悪い空気を抜くのです。

 緊張と弛緩のメリハリを上手につけなければ、長時間の探索はできません。

 それもまた、探索者に必要なスキルなのです。

 わたしが控えめな微笑を浮かべたとき、目が合ってしまいました。

 いつの間にかジグさんの背後に立っていた、髭面の男の人と。


 ――えっ?


 あまりにも突然のことで、一瞬固まってしまいました。

 向こうも同じようです。

 頭にかつては白かったと思われる薄汚れたターバンを巻き、緑色の袖無し胴着と縞模様の短ズボンをはいていて、腰には曲刀を帯びています。

 その姿は、まるでアラビアンナイトの世界に出てくる船乗りでした。

 手にはガラクタの盛られたバケツを持っていて……。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669589963121


 ガシャンッ!


 と、次の瞬間、そのバケツが男の人の手から離れ、床に中身をぶちまけました。

 身をひるがえして逃げ出す、髭面の男性。


「――待って!」


 咄嗟に呼び止めますが、もちろん待ってくれるはずもなく――。


「な、なに!?」


「人か!?」


「――逃がすな!」


 フェルさん、ジグさん、レットさんが次々に叫び、泡を食ったようにパーティ全員が走り出します。


「敵じゃない、敵じゃないよっ!」


 パーシャが “街外れの血戦” で見せた見事なピッチ走法で追い掛けながら、声の限りに呼び掛けました。

 船乗り姿の男の人は、それでも立ち止まる素振りを見せずに逃げ続けます。

 開け放たれたままになっていた玄室の扉を北に抜けて、そこからさらに西へ。

 突き当たりにある扉を体当たりするようにこじ開けて、中に逃げ込んでしまいました。


「――止まれ! 深追いはするな!」


 レットさんが命じて、全員が立ち止まります。

 中の状況が不明な扉の奥に逃げ込まれてしまった以上、勢いのままに追い掛けることはできません。


「確かに人間だったか?」


「ああ、間違いない」


「“みすぼらしい男ならず者”?」


 レットさんが確認を取り、ジグさんが答え、フェルさんが訊ね返します。


「そうかもしれません……でも、そうじゃないかも」


 迷宮を根城に駆け出し探索者を襲う、“みすぼらしい男”


「今の人が着ていた服は、船員の――船乗りのようでした。船乗りが迷宮で掠奪行為を働くでしょうか?」


「それを言うなら、そもそもなんで船乗りが迷宮にいるのよ?」


「それは……なんででしょう?」


 パーシャのド正論に、ぐうの音も出ないわたしです。

 陸で難破……はないでしょうし、“陸サーファー”ならぬ “陸船員”? はもっとないでしょうし……。


「どちらにせよ、確かめる必要がある。この奥に奴のねぐらなりなんなりがあるのかもしれん」


「…… “奴” でなく、“奴ら” かもしれん」


「用心していきましょう」


 カドモフさんの呟きに、フェルさんが表情を引き締め直しました。

 ここは灰と隣り合わせの迷宮です。

 暗がりで出会うすべての存在を、敵だと思わなければ生き残れない場所なのです。


 扉は開いたままです。

 中に人や魔物の気配は感じられません。

 息を殺した大勢の人間が、待ち伏せている様子はないです。

 わたしたちが追跡を躊躇している間に、件の船員はさらに奥へと逃げ込んでしまったと考えるのが妥当ですが……。


 わたしたちはジグさんを先頭に、足音を忍ばせながら扉の奥に入りました。

 そこは一×一の玄室になっていました。

 掘建て小屋の類いはなく、見晴らしが利きます。

北は煉瓦造りの内壁で、南と正面の西の壁に扉があり、西の扉がやはり少しだけ開いていました。

 それはまるで、わたしたちを誘っているかのようにも見えます。


 玄室を中程まで進んだあと、ジグさんが “待機” のハンドサインを出し、単身で扉を調べに向かいます。

 罠の探知と解除。そして偵察。

 ジグさんは盗賊シーフであると同時に斥候スカウトでもあるのです。

 わたしたちはいつでも駆け付けられる態勢で、ジグさんが安全を確認し自分たちを呼び寄せるか、あるいは戻ってくるのを待ちました。


 やがて――。


 ジグさんが扉に身を寄せ、奥を警戒しながら親指を立てました。

 その横顔が緊張で強ばっています。

 レットさんを皮切りに、足音を立てないようにジグさんの元に向かいます。

 喉が……カラカラです。

 いったい、あの奥に何があったというのでしょう?


(……どうした? なにがあった?)


(……まあ、覗いてみろよ。ぶったまげるものが見えるぜ)


 ジグさんにうながされ、わたしたちは扉の陰から息を潜めて、恐る恐る中の様子を確かめました。

 そして、ジグさんを除いた五人が同時に息を飲みました。

 ねぐらなんて、そんな生易しいものではありません。

 扉の奥にあったのは、広大な地下空間と、その空間を圧するように築かれた壮大な砦――いえ、“要塞” だったのです。



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