灰原道行の遺したもの

「――わたしに考えがあります」


 肌を焼くような“焔嵐ファイア・ストーム” の残熱が籠もる陣地で、わたしは顔を上げました。

 視線の先には、成熟し積み重ねてきた厳しい人生を滲ませる、もうひとりの彼。


「……聞こう」


 アッシュロードさんがうながします。

 わたしは鋭い胸の痛みと共に浮かんだ考えを、手早く説明しました。

 周りではスカーレットさんを始めとする探索者や、各中隊を指揮する騎士位の人が “高位悪魔” に意識を向けながらも聞き耳を立てています。


「――いかがですか?」


「……なるほどな」


「問題は、どうやって誘い込むかなのですが……」


 実はわたしの “悪巧み” には大きな弱点があって、その解決策がまだ見つかっていないのです。


「いや、その必要はない」


「……え?」


 アッシュロードさんが “問題にもならない” とばかりに解消策を示します。

 呆気にとられるわたし……および周りの人たち。

 そ、それは確かに、そのとおりなのですが……。

 なんというか、予想の斜め上過ぎるというか、そもそも前提が覆ってしまっているというか……。


「だが、どうやってその?」


 すぐに気持ちを切替えたスカーレットさんが、決行を前提に話を進めます。


「――ヴァルレハ」


「は、はい」


 スカーレットさんの言葉にアッシュロードさんが “緋色の矢” の魔術師であるヴァルレハさんに向き直り、早口で何かを命じます。


「――えっ? そんな話、聞いたことないわ!」


「確かだ。“呪いの大穴” では切り札に


「ちょ、ちょっと、おっちゃん ! なんでおっちゃんが、そんなこと知ってるのよ!」


 パーシャがまったく意味不明! といった形相でアッシュロードさんを問い詰めました。


「それは――」


 答えかけて、ぐっと詰まってしまうアッシュロードさん。

 自分でもなぜそんなことを言ったのか理解できない――といった風な、当惑した表情が浮かんでいます。


「――とにかくそうなんだ。いいからおまえは後方基地リア・ベースに行け」


「後方基地?」


「大まかなは済ませてある。必要なのはのための正確な距離の算出だ。測量はおまえの十八番オハコだろう、地図係マッパー


「わかった!」


 アッシュロードさんの指示に、パーシャが大きな瞳をらんと輝かせて頷きました。


「おまえも行け。ホビットだけじゃ心配だ」


「良い人選だ」


『――ぬがっ!』っと重度の顔面神経痛を発症するパーシャの横で、肩を竦めるジグさん。


「行くぞ、パーシャ」


「あのおっちゃん、あとで “焔嵐ファイア・ストーム” で焼き鳥にしてやる!」


 ふたりが敏捷性アジリティの高さを活かして後方基地に向かって駈け去ると、アッシュロードさんは周辺にいる全員に大きな声で言い放ちました。


「やられたらやり返すぞ! 今度はこっちの番だ!」


 そしてヴァルレハさんに向き直り、


「頼むぞ」


 と小さくも力強く頼みました。

 コクリと頷くヴァルレハさん。

 ビキビキッとエルフさんから不吉な音がしましたが、きっと極限状態ゆえの幻聴でしょう。


 七体の “高位悪魔” は一〇〇名以上の射手から放たれるクロスボウの “最終防護射撃” ―― “突撃破砕射撃” を受けて陣地への接近こそ阻まれているものの、返礼とばかりに次々に高位の攻撃呪文を投げつけてきていて、状況は射撃戦・砲撃戦の様相を呈しています!

 その時、スクッとヴァルレハさんが身体を起こして、土嚢の壁の上に立ちました。


「フェル! ライスライト!」


「うんっ!」「はい!」


 フェルさんとわたし、そしてアッシュロードさん、さらには “緋色の矢” の聖職者ノエルさんも加わって、四重の “光壁ホーリー・ウォール” が嘆願され、呪文を詠唱するためにトランス状態に陥っている無防備なヴァルレハさんを守ります!


(……本当に、本当に効果があるのでしょうか!?)


 高位魔法特有の長い詠唱を紡ぐヴァルレハさんをハラハラした気持ちで見守りながら、わたしは焦燥に駆られました。

 蒼氷色の七体の魔神はそれぞれ高位の攻撃魔法を投射しながら、ジリジリと接近してきています。

 この呪文が通じなければ、ついに陣地は強大な悪魔の侵入を許し、蹂躙されてしまうでしょう。

 “光壁” の嘆願を終えたアッシュロードさんはヴァルレハさんの傍らで、クロスボウの矢を雨と浴びながらも徐々に近づいてくる “高位悪魔” たちを睨んでいます。


 そして、


「……いけ!」


 アッシュロードさんが小さくも力強く呟いたとき、ヴァルレハさんの呪文が完成しました!

 同時に、七体の “高位悪魔” のうち四体が、糸の切れた操人形のようにバタバタと地響きを立てて倒れます!


「「「「「「「「「――やったっ!」」」」」」」」


 陣地に籠もった探索者や兵士から快哉が上がります!

 これこそアッシュロードさんがヴァルレハさんに囁き、パーシャが仰天した秘策!

 魔術師系第六位階の中規模集団グループ攻撃魔法――空中酸素破壊呪文 “酸滅オキシジェン・デストロイ” です!

 その効果は対象の周囲に存在する酸素を全て滅し去ること!

 この呪文に巻き込まれた生物は強制的に “酸欠” 状態に陥り、一瞬で行動不能に陥ってしまうのです!

 しかも効果はすでに体内に取り込んでいる酸素にまで及び、血中の酸素濃度を強制的にゼロにします!

 つまり、即死です!


「でも、どうして――」


「この呪文に呪文無効化能力は意味がない。周りの酸素を全部消さられるわけだからな。大気エーテルを遮断しての耐呪レジストじゃ防げねえんだ」


 アッシュロードさんが依然として健在な三体の悪魔を警戒しながら説明してくれました。


「本来なら血中の酸素まで消し去るが、奴らにはそこまでの効果はない。呪文無効化能力のせいで体内のエーテルにまで効果が及ばないからだ。だが生物である以上、酸素のない空気を一息でも吸い込んだら――ああなる」


 その時、土嚢の上に立っていたヴァルレハさんがぐらりとよろめき、アッシュロードさんが咄嗟に支えました。


「――はぁ、はぁ。ご、ごめんなさい。全部は仕留められなかった」


「上出来だ。少し休め」


「……はい」


 アッシュロードさんの腕の中で、ぐったりと頷くヴァルレハさん。

 その表情は疲労に滲みながら、どこか満足気で……。

 ビキッ……!

 あれれ? 今わたしの中からも何やら不吉な音がした気が……。


「「「――GiGYAaaaaaaaaaッッッッ!!!!」」」


 ――そ、それどころではありません!


 呪文の効果が及ばなかった三体が、再びあの叫び声を上げたのです!

 空間が歪み、魔界と直結した “ゲート” が開かれ、三つの青い火球が出現しました!

 こ、これでは元の木阿弥です!


「……思い出したぜ、一七年前に初めて奴らと遭遇したときの気分をよ」


 凄みのある声が、アッシュロードさんの口から漏れます。


「……ありがとうよ。最悪の気分だ」


 そしてチラリと、パーシャたちが駈け去った後方基地の方を見やり、


「――ホビットが仕事をするまで、持ちこたえるぞ!」


◆◇◆


 パーシャは走った。

 小さな身体の不利を補うべく猛烈な速さで左右の足を回転させ、見事なピッチ走法で “後方基地” を目指す。

 しかもその歩幅は寸分の狂いもなく同じだった。

 驚異的なことに数ミリメートルの誤差もない。

 当然だ。

 たとえ1センチの誤差も一〇〇歩走れば一メートルだ。

 今彼女に求められているのは、何よりも正確な “測量技術” なのだ。


(――五五一、五五二、五五三、五五四、五五五)


 パーシャはわずかな高低差まで歩々記憶しながら、後方基地目指してまっしぐらにひた走った。


◆◇◆


 押し切れない!

 いえ、それどころか押し切られそうになるのをすんでの所で、土塁の防御効果と三個中隊の兵力。そして指揮官アッシュロードさんの統率力と探索者たちの奮闘で、必死に押し留めているのが現状です!

 このまま押し切られ、一匹でも陣地内に侵入されたら戦線は一気に崩壊して全軍潰走です!


 巨人族ジャイアンツの中でも特に大柄な “霜巨人フロストジャイアント” をも上回る、全高五メートルの巨体。

 巨躯相応に生命力ヒットポイントは高く、装甲値アーマークラスは魔法の防具を一式揃えた戦士並に低く、岩をも切り裂く鋭く巨大な爪からは麻痺と毒の二種類の有害物質まで分泌されるのです。

 蒼氷色の魔神―― “高位悪魔グレーターデーモン” !

 まさに……最凶最悪の魔物です。


「――奴らはこの世界じゃ飛べない! 重すぎるんだ! とにかく撃ちまくれ! 絶対に陣地に入れるな!」


 アッシュロードさんが叱咤し、自身も予備のクロスボウにボルトをつがえては引き金を絞ります。

 唯一有効打を与えられる弩砲バリスタも、限界に近い射撃速度で太矢を放っています。

 しかし、戦いが始まった直後より明らかに火力が――勢いが落ちていました。


(アッシュロードさん! 予備を――第五中隊を投入するべきなのではないのですか!?)


 予備隊である第五中隊はすでに後方基地を出て、陣地後方に待機しています。

 これまで戦闘に参加していないので戦力の消耗はありません。

 今投入しなければ手遅れに――。

 わたしがすぐ隣でクロスボウの射撃を続けるアッシュロードさんの横顔を、悲痛な思いで見つめた時でした。

 わたしたちの頭上を、後方から飛来した何かが轟雷のように飛び越えて行きました。


 弩砲!? いえ、違います!

 これは――これは!


「パーシャ!」


 わたしは後ろを振り返り、叫びました!

 遙か後方基地から巨岩が、物の見事に “高位悪魔” を直撃! 打ち倒したのです!

 そうです!

 後方基地に設置され狙いを迷宮の入口に合せている “投石機カタパルト” こそ、わたしたちの切り札なのです!

 しかも、これは試射でしかありません!

 修正射をせずにいきなり初弾を命中させるなんて、パーシャあなたって本当に最高の地図係測量手です!


「――ライスライト!」


「はい!」


効力射本命が来たら――」


「わかっています! にしてやります!」


 わたしがアッシュロードさんに即答するや否や、


「――本命が来るぞ!」


 レットさんが叫び、後方基地から無数の次弾が飛来しました!

 それは巨大な質量を持つ物体でしたが、巨岩ではありません!

 それは――。


 ドシャッ!


 “高位悪魔” たちに次々に命中し、飛散する洋樽!

 中からまき散らされるのは、燃焼性の高い軍用オイルです!

 そう、それは東方の砂漠の国イラニスタンからもたらされた、あの油!


(――道行くん! 力を貸して!)


 そしてわたしは、自分が願える最大の火力―― “焔柱ファイヤー・カラム” の加護を嘆願するのです!



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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