内なる宇宙①

「―― “変身獣人ドッペルゲンガー” か!?」


「ばっかじゃないの! 本人がここにいるのに化けてどうするってのよ!」


 突然玄室の入口に現われたもうひとりのリンダを見て、空高くんと当の本人が困惑します。

 確かに本物のリンダの言うとおりです。

 隙を衝いて本人を殺害して入れ替わり、油断している仲間を襲うのが、魔物 “変身獣人” の手口です。

 リンダ本人が一緒にいるのに化けて現われても意味がありません。

 わたしたちを動揺させるのが狙いでしょうか?


 さらにはその隣にいる、小さな革鎧レザーアーマーを着た小柄な――小柄な――あれは、なんといったらよいのでしょう?

 小さな三角形耳と、左右三本ずつ生えている細く長いヒゲ。

 肌を覆う手触りの良さそうな体毛。

 あれはまるで――。


「……ありゃ、なんだ? イウォークか?」


 道行くんが困惑気味に呟きました。

 たとえがまたなんとも古く、なんともマニアックなところが泣けてきます。

 まったく……同年代の女の子の果たして何パーセントが、彼の言っていることがわかるでしょうか。

 もちろんわたしには理解できます。


「そ、その発想はさすがだね……でもそれよりもだいぶスマートじゃないかな」


 なぜならそのキャラクターの話は、お父さんから聞いたことがありからです。


「むしろ有名なオンラインゲームに出てくる “猫人族” の子供みたいです」


 そのオンラインゲームも、わたしが小さい頃までお父さんがプレイしていたので知っています。

 成長するとセクシーなキャット・ガールになるのです。

 わたしは、子供心にその種族が大好きでした。

 そしてその猫族の子供は、なぜかわたしを見て目を見開いていました。


「エ、エ、エ……」


 エ……?


 なにかの発作でしょうか?

 引きつけを起してしまったのか、言葉が出てこないようです。

 わたしはまだ友好的フレンドリーかどうかも分からないのに、思わず駆け寄りそうになりました。

 その衝動を抑え込んだのが、隣に立つリンダ……の偽物でした。

 わたしを剣呑極まる表情で睨み付け、そして呟きました。


「……やっと見つけた」


 玄室の入口に立つ偽物のリンダ。

 双眸に激しい憎悪が燃え滾るのを見て、ゾクッと背筋に悪寒が走ります。

 怯えたわたしを察した道行くんが、スッ……と前に出て、偽リンダの視線を遮ってくれました。

 わたしは安堵して彼の陰に隠れます。

 今はもう触れていなくても彼の体温を感じることができます。

 彼の温もりがいつでもわたしを包み込んで安心させてくれるのです。

 偽物のリンダはそんなわたしの仕草を見て、ますます剣呑な表情になりました。


「――ちょっと、あんたいったい何者!」


 ですが先に激したのは本物のリンダの方でした。


「敵なら敵でさっさとかかってきなさいよ! ぼけっと突っ立ってられても気持ち悪いのよ!」


 確かにその通りです。

 すでに偽物であることはバレているのですから、襲い掛かってくるなり逃亡するなりするのが普通でしょう。

 リンダの偽物は、そこでようやく本物のリンダに視線を移しました。

 憎悪に燃えていた瞳に、今度は明らかな嫌悪の色が浮かびます。

 軽蔑よりももっと強い、まるで唾棄すべきものを見たかのような色彩。


 なにかが……変です。

 いえ、変なのは当然です。リンダがふたりもいるのですから。

 でも本来なら本物のリンダが浮かべるべき表情を、偽物が浮かべているのです。

 な、なんなのでしょうか、この違和感は……?


「な、なんなのよ、こいつ……気持ち悪い」


「ああ、さっさと始末した方がよさそうだ」


 空高くんとリンダが身構えました。

 しかし偽物のリンダは動じる素振りも見せずに、短剣を手に腰を落とした本物の肩越しにその背後を見ました。

 青く豪奢な扉の奥から現われた、真っ白な石の壁を。


「――やっぱり出られないみたいね」


 ……やっぱり?


 やっぱりって、どういう意味です?


「……おまえ、何か知ってるのか?」


 偽物のリンダが漏らした言葉に、道行くんが反応しました。


「道行、構うな! こいつは人を騙すタイプの魔物だ、言葉はこいつの武器だぞ!」


「そうよ! さっさとやっつけちゃいましょう!」


 空高くんとリンダが、今にも斬り掛かる気配を見せています。

 “友好的フレンドリー” な魔物には寛容な空高くんやいつも彼に合わせるリンダが、いつになく好戦的です。

 ちゃぶ台返しを喰らってしまった今の状況に、焦り苛立ち動揺しているのです。


「――まて!」


 そんなふたりを、道行くんが強い口調で制します。


「今はなにより情報が欲しい。嘘か真実かは聞いてから判断すればいい。それに――これがこのアトラクションの本当のラスイベかもしれん」


 ラスイベ? ラストイベント?

 そ、そうです! 道行くんの言うとおりです!

 最後の戦闘に勝利してからの、どんでん返し!

 終わったと思ったあとの、さらなるイベント!

 もしそうだとするなら、ここさえ突破すれば今度こそ本当にこの冒険をクリアすることが出来るかもしれません!

 さすが道行くんです!

 それに間違いありません! 絶対にそうです!


「最後の敵が自分たちのクローンというのは、充分に考えられる演出だと思います」


 わたしは道行くんの背中に隠れながら、うんうんと頷きました。


「ラスボスにしてくれるなんて光栄ね。でもここから出たいならわたしを倒しても無駄よ」


「……どういうことだ?」


「だってラスボスはわたしじゃなくて、あんたの後ろに隠れてるその娘だから」


 そういって偽物のリンダが再びわたしを見ました。


「……え?」


 わたし……???

 偽物のリンダのいきなりの言葉に、面食らって思わずキョトンとしてしまいました。


「い、いえいえ、さすがにそれは無理があるでしょう」


 予想を裏切る展開というのは必要ですが、お客さんの期待まで裏切ってはいけませんよ。

 伏線もなにもなしに、いきなりお客自身が “犯人ヤス” だなんて、さすがにそれはアトラクションの台本としてはどうかと……。


「バッカじゃないの! それじゃ瑞穂を倒せばゲームクリアで、この迷宮から出られるってわけ!?」


 本物のリンダが偽物のリンダに怖いことを言います……。


「そうね、瑞穂を倒しても、それもきっとバッドエンド」


 皮肉めいた冷笑を浮かべる偽物リンダ。

 これが、あのフランクで快活なリンダ?

 またも大きくなる違和感。

 化けるなら化けるで、もう少し本物に似せるべきでは?

 その努力をするべきでは?

 まるで、“わたしたちを騙す” ということを放棄したような――いえ、そもそもそんなことは最初から頭にないような表情や態度です。


「言ってる意味がわからないな」


 隕鉄を用いて鍛えられた漆黒の魔剣を構えたまま、空高くんが偽リンダを睨みます。


「ここはその娘の心の中なのよ。その娘の――枝葉瑞穂の心に描かれた風景。心象風景なのよ」


 鼻で笑うリンダの偽物。


「だからその娘を倒してその娘が死ねば、この世界は崩壊してあたしたちは全員死ぬ。だからバッドエンド」


 わ、わたしの心の中……?

 わたしの心象風景……?

 こ、この人、何を言ってるの……?


「はぁ!? ますます意味不明! あんた、あたしたちをバカにしてるわけ!?」


「……確かに意味がわからない。世界が崩壊するってんなら、おまえだって死ぬはずだ。おまえの目的はなんだ? なんのために俺たちの前に姿を現した?」


 わたしにギュッとローブの背中をつかまれた道行くんが、押し殺した声で質しました。


「あたしの目的……? ……目的。そうね、それはもちろん――」


「そんなの決まってるニャ! ニャーたちは、エバを助けに来たニャッ!」


 その時、それまで固まってしまっていた猫人族の子供が、可愛らしい女の子の声を上げました。



--------------------------------------------------------------------

迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

--------------------------------------------------------------------

迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る