自意識高い系少女 's

 わたしの口がパクパク。

 わたしの胸がバクバク。


「へぇ、なんかここだけ名前の雰囲気が違うね」


「“アイノス” か。誰かの名前かな?」


 え? え!? え!?!

 いえ、いえいえいえ!

 そ、そうじゃないでしょう!

 “アイノス” じゃなくて “愛の巣” でしょう!


 ここは “そういう宿屋さん” じゃなくて、宿ですよ、きっと!

 も、もしかして、気づいているのはわたしだけですか?

 お、落ち着きなさい、瑞穂。

 ま、まだです。まだ慌てるような時間ではありません。

 

「……男にも女にも聞こえる名前だな。ユニネームか? ――痛ててっ! おい、強く握りすぎだ」


「どうしたの?」


「……わからん、急に油が切れたロボットみたいになっちまった」


「瑞穂?」


「……ギギギギッ、ダイジョウブ、デス……ギギギギッ」


 ガシャン、ガシャン、ガシャン、


「いらっしゃい。お泊まりかね? 短時間の “休憩” もできるよ」


「どんな部屋があるんだ?」


「一週間で大部屋簡易寝台が金貨一〇枚。個室エコノミーが五〇枚。スイートが二〇〇枚。ロイヤルスイートが五〇〇枚」


(どうする? 持ち金を考えれば “大部屋” しかないけど、女の子もいるし……)


(……いや、個室だといざって時にかえって気づきにくい。大部屋で雑魚寝した方が安全だ)


(あたしは雑魚寝平気よ――瑞穂は?)


(ギギギギ……ワ、ワタシモ……)


(――よし、大部屋に泊まろう。どっちにしても精神力マジックポイントを回復させないと)


「――大部屋を四人分たのむ」



 大部屋に入ると、ようやくわたしの四肢に油が差されてきました。

 宿屋の番頭?さんは、赤ら顔のでっぷりと太った大きな人で、両手の指に沢山の指輪を嵌めています。

 その人に案内されたのがこの広い大部屋で、ざっと見渡すと二〇ほどの簡素な木のベッドが並んでいました。

 先客がいて男女のペアが二組。あとから入ってきたわたしたちを見ています。


 わたしの……勘違いでした。

 ここは普通の “そういう宿屋さん” でした。

 わたし…… です。


「ちょうど壁際のベッドが空いてる。女の子ふたりはそっちを使うといい」


「ありがとう」


「あ、ありがとうございます」


 右奥の壁際のベッドを四つ確保しました。

 シーツその他は、一応清潔なようではあります。

 寝心地は……推して知るべし……です。

 

「……念の為に全員では寝ない方がいいな。ひとりは起きていた方がいい」


「ふたりずつ見張ろう。うたた寝の心配がない。MP持ちのふたりが先に寝てくれ」


「お風呂はないのかな? あっても別料金?」


「……お風呂、入りたいです」


「……少し様子を見てからの方がいい」


「そうだな。気を抜いた瞬間が危ない」


 道行くんも空高くんも、同い年とは思えないほどに慎重です。

 このふたりとアトラクションに迷い込んだリンダとわたしは、そこだけは幸運だと思います。


「……待ってろ」


 そういうと、道行くんはベッドに魔術師のとんがり帽を置いて、大部屋から出て行きました。


「トイレ?」


「それなら “待ってろ” じゃなくて、“待っててくれ” だと思いますけど?」


「でも、“天上天下な道行くん” だよ?」


 失敬な、そこまでわがままじゃないです!

 少ししてから戻ってきた道行くんの手には、大きな水差しにいっぱいのお湯と洗面器がふたつ、それに(いちおう清潔な)タオルがありました。


「……どうも “言わないと出て来ない店” らしい」


 仏頂面でボソッと呟く道行くん。


「……これで顔と手だけでも拭えば、少しは寝やすくなるだろう」


「きゃ~! 道行くん、ナイス気づかい! リンダの感謝のウィンク、あ・げ・る」


 パチッ、


「――はっ!」


 ガシッ!


 枝葉瑞穂、鉄壁のブロック!


「感謝のウィンク、あ・げ・る」


 パチッ、


「――はっ!」


 ガシッ!


 鉄壁のブロック!


「……なにそれ?」


「リ、リンダのウィンクは年頃の男の子には魅力的すぎます。危険です。なにしろ道行くんは、“弱くて死にやすい” 魔術師さんですから」


 わ、わたしにはこの人を守る義務があるのです。


「~あたしは “夢魔サッキュバス” かなんかかい」


「珍しく気が利くな」


「……貴理子がいないからな」


「自分で動かなきゃならないってわけか。普段いかにあいつにおんぶに抱っこかわかるな、おまえが」


「? 誰よ、貴理子って?」


「俺たちの幼馴染みさ。道行にぞっこんの」


「ええーーっ!?! 道行くん、彼女いたの!?!」


「……なにいってやがる。貴理子が気があるのはおまえだろうが」


「ちょっと、どういうことよ、どういうことよ。怒らないからお姉さんに言ってみなさい」


「……眠いんだよ、俺は」


「なに倦怠期の旦那みたいなことをいってるのよ。だめ、今夜は寝かせない」


「……おまえこそ、排卵期の嫁みたいなこといってるぞ」


「んで、どういう関係なの、その貴理子ちゃんとは?」


「……どうもこうも、俺ぁ不精者だから、結果的にあいつに迷惑かけてるだけだ」


「――自覚はあるんだな、迷惑をかけてるって」


「ちょ、なに今の。少し斬られた感じがしたけど。あんたたち、ガチで “トライアングラー” してるわけ?」


「……そんなんじゃねえよ。いいから俺はもう寝るぞ。不寝番頼んだからな」


「いつもこれだ」


「なかなか複雑な兄弟関係みたいね――ま、“幼馴染み三人組” なんてどこもそんなもんか」


「枝葉さん、君も眠って精神力を回復させておいてくれ」


「……」


「枝葉さん?」


「は、はいぃぃっ! わ、わかりました、それじゃ先に休ませていただきます!」


 そういって、わたしは少し冷めてしまったお湯で、リンダとふたりで手と顔を洗いました。

 とてもサッパリしました。

 これでよく眠れるはずです。

 眠れるはずなのですが……。


 ……なんだか、いっぺんに眠気が吹き飛んでしまった、わたしがいます……。


◆◇◆


 昨日までは石造りの雨よけに覆われた “小さな穴” だった、地下迷宮への入口。

 今や荒野に口を開けた “巨大な坑” となったその縁に、老ドワーフの工兵隊長の指揮の下、設営部隊によって次々に丸太で組まれたクレーンが建てられていた。

 クレーンの先には滑車が取りつけられており、周囲で兵士たちが丈夫な麻袋に土を詰めて作った土嚢が吊され、地下一階まで下ろされていく。


 パーシャはその作業風景を横目で見ながら、縦坑に何本も下ろされた縄梯子を目指していた。

 これから自分たちのパーティは一階の南西部――俗に “駆け出し区域ビギナーズエリア” と呼ばれる区域エリアの巡回警備に向かう。

 すでに区域は、探索者最強のパーティ “緋色の矢” や最強の探索者ドーラ・ドラらの手によって魔物の掃討が完全に成されていた。

 今回の逆侵攻作戦に選抜された探索者たちの中で、もっともレベルの低いパーシャたちが迷宮に潜るのはこれが初となる。

 馬鹿にされているとは思わないが、悔しくないというのも嘘になる。

 自分たちはまだ三軍であり、予備の予備だと考えられているのだから。


 縄梯子を使っての地下への降下はすでに何度となく繰返し、身体に染みついた行動だ。

 パーシャたち五人は危なげのない動作で地下一階の始点。 “0、0” に降り立った。


「こいつは、驚いたな」


 リーダーのレットが、呆気に取られて漏らした。

 そこは、彼らが知っている地下迷宮ではなかった。

 外壁に等間隔で灯された “永光コンティニュアル・ライト” の加護が煌々と回廊を照らし、いっさいの闇が払われている。

 その中を諸肌を脱いだ屈強な兵士たちが、地上から下ろされてくる土嚢をリレーで迷宮の奥まで次々に送り込んでいた。


「ほんと、まるで別の世界にいるみたい」


 パーシャも驚きを隠せない。

 レットから “迷宮の中に高さ七メートル、幅一〇メートル、厚さ三メートルの壁を一日で築く” と聞かされたときには、の頭の中身を疑ったが、これならば本当に築けてしまうかもしれない。


 どうやら自分は、あの おっちゃんを見損なっていたようだ。

 魔軍ごと城塞都市を滅ぼしかけたあの大洪水といい、馬鹿なことは確かだが、馬鹿は馬鹿でも “顎の骨が外れるレベル” の途方もない馬鹿のようだ(あくまで馬鹿であることが前提)。


「さすがだわ! こんなことを思いつくのはやっぱり彼だけよ!」


 と、ひとり士気を青天井で上げているエルフの少女を、“うへぇ”……といった目で見ながらも、パーシャは内心で敗北感を禁じ得なかった。

 彼女は魔術師メイジである。

 魔術師は単に攻撃呪文で敵をなぎ払っていればよい職業クラスではない。時としてパーティの軍師・参謀を務めなければならない職業だ――少なくともパーシャはそう思ってる。

 だから彼女は常日頃から魔道書だけでなく、兵書の類いにも可能な限り目を通していた(今はまだ貧乏なので、ほとんどが贔屓にしている魔道書屋での立ち読みだったが)。

 そのためパーシャは戦略・戦術のおおよその要諦は掴んでいた。

 大切なのは “兵理に基づいた常識に囚われない自由で柔軟な発想” なのだ――と。


 それにしても、この発想の奔放さはいったいなんなんだろう?

 自由とか柔軟とか、もはやそんなレベルではない。

 あのおっちゃんは、機動力が何よりも重要な迷宮でをやろうとしているのだ。


(そもそも常識がないんだから常識に囚われることもないわけよね……やっぱりあの おっちゃんは馬鹿だ)


 結局そう結論づけるしか、自分とアッシュロードの違いを見出せないパーシャなのである。

 経験の差ではない。

 経験者ほど “自由で柔軟な発想” から遠ざかるものだ。

 自分の成功体験に縛られて、型に嵌った発想しかできなくなる。

 古来より名将と呼ばれる存在の多くが、若くしてその軍才を世に示してきたのがいい例だ。

 そしてほぼ例外なくその引き立て役となっているのが、将軍様なのだ。


 軍才……軍事的才能の差……だとは思いたくない。思えない。

 思えるなら、自分はあのおっちゃんを尊敬の対象としてみることが出来ただろう。

 では、そう思えないのはなぜか。

 性格が “悪” だから? それもあるだろう。

 性格に難があるから? それもあるだろう。

 不潔そうだから? それもあるだろう。

 でも、一番の原因は……。


 その時、パーシャらが向かっている回廊の北から “呼子” の甲高い音が響いた。

 土嚢リレーをしている兵士たちの手が止まり、その顔に不安げな表情が浮かぶ。

 最前線で何かしらの異変が起こったのだ。

 もちろんまだ土嚢による築城は終わってはいない。

 今はまだ機動力がものをいう段階――すなわち彼女たち探索者の出番だ。

 パーシャはホビットの敏捷性を活かして、異変に向かって駈け出した。



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