探索者 機動迎撃戦★

「――まかせて!」


 パーシャが通りの真ん中に立ち止まり、右手の親指を迫り来る竜の群れに向けました。


「引きつけて――引きつけて――引きつけて――今っGust oul! 頼むわよ、あたいの “いとしいしとmy precioussss” !」


 “滅消の指輪ディストラクションリング” が封じられた呪文を解き放ち、三頭の竜を急降下したままの姿勢で硬直させ、次の瞬間には極小の塵へと分解します。

 何度見ても寒気を覚える強力な魔法です。


「相変わらず凄まじいな……」


敏捷性アジリティが一番高いパーシャに持たせて正解でしたね」


 呆れ半分に感嘆するジグさんに微笑みます。


「この指輪がある限り、不死属アンデッドネームドレベル8以上 以外には無敵だよ」


「 不死属は、フェルとエバに期待しよう。ネームドに出会ったら――」


「出会ったら?」


「その時に考える」


 フェルさんに訊ね返されたレットさんが、一見無責任に答えます。

 ですが、今回は迷宮での強襲&強奪ハック&スラッシュではありません。

 遊撃的な迎撃戦なのです。

 課せられた任務があり、果たすべき役割があり、守るべき人々がいるのです。

 敵が強いからといって逃走を前提には出来ないのです。


「その指輪、使い潰す気で行くぞ!」


「「「「「了解!」」」」」


 パーティが走ります。

 城壁を飛び越えてくる “緑竜ガスドラゴン” や “幼竜ドラゴンパピー” を見つけては、声を上げ、剣で盾を叩き、呼び寄せて “滅消” します。


 “探知してサーチ・アンド撃滅・デストロイ

 “探知してサーチ・アンド撃滅・デストロイ


「がんばって、あたいの “いとしいしと” !」


「――見て、火事よ!」


 パーシャが指輪に向かって激励したとき、フェルさんが南東の方角を指差して叫びました。

 街路の向こうから橙色の光りとパチパチとした音、そしてキナ臭い煙が漂ってきました。


「…… “火竜ファイヤードラゴン” が入り込んだのか?」


 むぅ、と唸ってカドモフさんが辺りを警戒します。

 ですがそのような巨大な気配はありません。

 あったのは――。


「――散開ブレイク!」


 バッ!


 レットさんの突然の指示に、間髪入れずに全員が四方に飛びます。

 直前までわたしたちがいた空間を、細い“炎の舌” が四本舐めました。


「気をつけて! “火吹き蝿ドラゴンフライ” よ!」


 フェルさんが戦棍メイスラージシールドを構えて注意をうながします。

 “認知アイデンティファイ” の加護を嘆願してあるので、瞬間的に魔物の正体を判別・認識できるのです!


 “火吹き蝿”


 迷宮中層に出現する昆虫系の魔物モンスターで、その名の通り威力は低いですが、炎の竜息ブレスを吹きます。

 体長は約六〇センチ、数は四匹です。


「竜に比べて小っこくて小回りが利く分、破壊工作サボタージュにピッタリってわけか!」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669533713375


「接敵された! もう指輪は使えない!」


 ジグさんの毒突きを、パーシャの警告が上書きします。


 ネームドレベル8以上ではないわたしたちは、敵味方入り乱れた戦いでは “滅消” の呪文は使えないのです。

 先日の一件で全員のレベルが1つ上がっていますが、それでもわたしたちはまだレベル6。

 名が通ったネームド―― 中堅の探索者ではないのです。


「前衛は一匹ずつ受け持て! 後衛は――」


「「「女の戦い!」」」


 わたし、フェルさん、そしてパーシャの声が重なり、トンボと蝿をミックスさせたようなグロテスクな魔物との肉弾戦が始まります!


「エバ!」


「はい!」


「わたし、負けるつもりはないから!」


「わたしもです!」


「もう、どっちの意味でよ! この戦闘! それとも!」


「「もちろん両方です!」」


 フェルさんが、わたしが、パーシャが、宣言し、受けて立ち、問い掛け、答えます!


「あたいが動きを止めるから、“蝿叩き” をお願い!」


「「はい!」」


「――音に聞け! ホビット神速の詠唱、いざ唱えん! “昏睡ディープ・スリープ” !」


◆◇◆


 “影” が城塞都市の居住区を屋根伝いに走っていた。

 高所から見れば各所に焚かれた篝火の他に、居住区のあちこちから火の手が上がり始めているのが一望できた。

 潜入を許した魔物が “後方攪乱” を始めたのだ。

 それだけではない。

 身の丈三メートル以上ある巨大な “食人鬼オーガ” が我が物顔で街路をのし歩き、家屋を覗き込んでは住人を引き摺り出して喰らっている。

 その数、三、四――いや、もっと遙かにいる。


 ――まさか竜にぶら下げて運んでくるとはね! その発想はなかったよ!


 すぐ間近、住居からつかみ出した住人にかぶり付こうとした “食人鬼” の首が飛び、その手の中でガタガタと震えていた中年の女が呆気にとられる。

 鈎縄を使った “立体機動” で次々と “食人鬼” を屠りながら、“影” は盟友と合流するために外郭城門を目指す。


◆◇◆


 負傷者の治療が行われる “カドルトス寺院” は、城塞都市側にとっては内郭王城と並ぶ最重要防衛拠点である。

 広大な寺院の各所には “永光コンティニュアル・ライト” の明かりが灯され、武装した寺僧プリースト侍祭アコライト修道士フライヤー――そして彼らを指揮する司教ビショップが隊伍を組んで配置されており、正面の大正門にはそれらに加えて王城から派遣された守備隊や、さらには――。


「――衛兵隊の諸君! ネームドレベル8以上の魔物は我ら “緋色の矢”に任せてもらおう! 諸君らはそれ以外の魔物を頼む!」


 それはすなわち “雑魚は任せた” ――という宣言なのだが、金で縁取りされた “白金の鎧極上品” を身にまとい、燃えるような赤毛を市街地から吹き込んでくる火災風に棚引かせた長身・美貌の女戦士に言われては、逆に士気が鼓舞されると言うもの。


 自らの名を冠するパーティを率いた “スカーレット・アストラ”が、守備隊の一歩前で “真っ二つにするものSlashing” の銘を持つ愛剣――魔剣を鞘から引き抜き、夜空を見上げた。

 おあつらえ向きに、彼女の言葉どおりの相手。

 獅子の上半身と黒山羊の下半身、蛇の尾、そして巨大な竜の翼を持つ、モンスターレベル9の魔物―― “合成獣キメラ” が舞い降りてくるところだった。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330668525160408


◆◇◆


 アッシュロードは城門脇の防御塔、その内部を貫く螺旋階段を三段飛ばしで駆け下りた。

 入り口で怯え固まるふたりの衛兵をすり抜け、外に飛び出る。

 叱咤はしない。

 すぐ向こうから自分の倍もある “食人鬼” が二匹、凶悪な得物と表情で突進してくるのをみれば、誰だって足が竦む。


 アッシュロードは左手で、それまで抜いていなかった右腰の短剣ショートソードを引き抜いた。

 “魂殺しスレイ・オブ・ソウル” と呼ばれる、 “悪” の属性の者にしか扱えない魔剣だ。

 右手の “悪の曲剣イビル・サーバー” と同等の+3相当の魔法強化がなされている。

 怯えた兵士たちを鼓舞する一番の方法は、指揮官がもっとも勇敢に戦うことだ。

 それだけでいい。

 そして、それ以外にはない。


 アッシュロードは漆黒の鎧を鳴らしながら二匹の “食人鬼” に向かって疾駆した。

 元々醜い “食人鬼” の顔が侮蔑を浮かべてさらに歪む。

 自分に向かってくる小癪なチビに向かって、右手の棍棒を頭の上に振り下ろす。

 挽肉ミンチにして食ってやるつもりだった。

 挽肉は好きだ。人間のは特に。


(??? あれれ、右手がないぞ?)


 少々鈍い頭で “食人鬼” が疑問に思ったときには、“魂殺し” で棍棒を持つ手首を切り飛ばしたチビが、今度は “悪の曲剣” でその胴を真一文字に切り裂いていた。

 ぶちまけられた血と臓物を浴びるよりも速く、アッシュロードはもう一匹の “食人鬼” に躍りかかり、右脚を切断。倒れ込んできたデカい頭を呆気に取られたままの表情で、都大路の先に転がしていた。


「――死守するぞ」


 左右の剣に血振りをくれると、漆黒の鎧をまとう指揮官が怯え竦む兵士たちを一瞥いちべつした。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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