凸凹コンビ★

 先を歩くパーシャが右手を挙げて立ち止まります。

 小さな背中が緊張し、腰を落として身構えました。


 徘徊する魔物ワンダリングモンスター


 二手に分かれた回廊のうち南側から、確かに “何か” が近づいてくる気配がします。それも

 今のわたしたちには集団グループの敵と戦って勝てるような力は、もちろんありません。

 先ほどの打ち合わせで、魔物と遭遇した場合は極力やり過ごすことに決めています。

 もし見つかってしまった場合は全力で逃走。

 この状況では、それ以外に取り得る方針はないでしょう。

 パーシャとわたしは回廊の壁にピタリと張り付いて、息を潜めました。

 心臓が鋼を打ち始め、冷たく不快な汗が額を伝わります。

 足音が近づいてきます。魔物の数は……多いようです。


(お願いします……気づかずに行きすぎて)


 気づかれた場合は全力で逃走する。

 逃げる方向は目的地を知っているパーシャが決める。

 でもただ逃げるだけでは、回り込まれたり追いつかれてしまう危険があります。

 その場合の行動も決めてはあるのですが……わたしはまだを試したことがないのです。


 わたしは暗闇の中で思わず顔を顰めました。

 吐き気を催す、酷い悪臭。

 生ゴミの……いえ、それよりももっと酷い、まるで世話をされていない糞尿まみれの家畜のような、そんな臭い。

 その臭いが統制のない足音とともに、最接近してきました。


 “人間型の生き物小柄な人影” !


 それも以前に遭遇した “犬面の獣人コボルド” ではありません。

 これは―― “オークゴブリン” !

 “小鬼” とも呼ばれる、迷宮で最弱の魔物。

 なによりも臆病で、そしてそれ故に凶悪。

 迷宮に群生するヒカリゴケの微かな発光。

 薄ぼんやりとした光の中に、その醜悪な魔物が3、4、5――五匹も現れたのです。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669333591366


 わたしとパーシャは息を止めて、彼らがこちらに気づかず行きすぎるのを待ちます。

 わたしは戦棍メイス。 

 暗くて見えませんがパーシャは短刀ダガーを、指が白くなるほど強く握りしめているはずです。

 わたしとパーシャが張り付いているのは、迷宮の北側の壁です。

 南の回廊から現れた “小鬼” たちが、西……迷宮の入り口の方に行ってくれるなら、やり過ごすことが出来るのですが……。


(もし東に行かれたら、わたしたちと同じ方向に向かわれてしまう。その時は――)


 え? その時は、どうするの?

 そこまで打ち合わせていなかった気づいて、わたしは慌てました。


(戦うの? それとも “小鬼” が遠ざかるまでジッとしてるの? でもパーシャの友だちは大量に出血している。わたしたちがここで息を潜めている間 耐えられるの? いえ、それよりも?)


 わたしは隣で “小鬼” たちを睨んでいるだろうパーシャに視線を向けました。

 気配を感じるだけで、その表情までは窺い知ることはできません。

 パーシャは魔術師です。

 理性的な判断ができると信じたいところですが……。

 友だちの命が懸っているこの状況で、いつまで冷静さを保てるのか。

 現にさっきまでの彼女は激しく取り乱していました。

 しょせんはつい今し方知り合ったばかりの関係です。

 以心伝心など望むべくもなく……。


 そしてわたしの危惧は当たってしまいました。

 “小鬼” たちが回廊を東に向かったとき、パーシャが背後から襲い掛かる気配を見せたのです。

 わたしは慌てて戦棍を握ったままの手で彼女を制しました。

 パーシャがわたしを睨み付けました。

 頭二つ低い彼女に向かって、わたしはブンブンと顔を振ります。

 ホビットの少女はハッとすると、恥じ入るようにうつむきました。

 どうやら、我に返ってくれたようです。

 内心で胸を撫で下ろします。

 今は無用な戦いは避けなければなりません。

 わたしたちには死どころか、消耗すら許されないのですから。


 やがて “小鬼” たちの足音が遠ざかり回廊の奥へと消えました。

 辺りには饐えた悪臭の残り香だけが漂っています。


「……ごめん」


 パーシャがうつむいたまま謝ります。


「パーシャ、あなたの気持ちはわかります。わたしも迷宮で全滅した仲間を助けに――回収に行ったことがありますから」


「えっ?」


「わたしにもあるのです。迷宮でパーティが壊滅した経験が」


 それは今思い出しても、身体の内側から心臓を鷲掴みにされたような強い孤独と不安。そして絶望でした。


「だからこそお願いです。取り乱さないでください。案内役のあなたが落ち着いて居てくれなければ、わたしは何もできません。あなたがお友だちの所まで連れて行ってくれなければ、わたしは力になってあげられないのです」


 柄にもなく、本当に柄にもなく、熱弁を振るっています。

 それでもパーシャには理解してもらわなければなりませんでした。

 そうしなければわたしたちはここに、この迷宮に、“苔むした墓” を建てることになってしまうのですから。


「力も装備もないわたしたちが迷宮で出来るのは考えることだけ。それには何より冷静でいる必要があるのです」


 パーシャはわたしの言葉を黙って聞いてくれました。


「あんた、すごいな。まるで古強者ベテランの探索者の言葉だよ。あたいと大して違わないレベルなのに」


「え? あ、違います、違います。これはわたしの言葉じゃないのです。これはわたしの……」


 そこまで言って、わたしは詰まってしまいました。

 これはわたしの……なんでしょう?


「? わたしの?」


「い、いえ、なんでもありません。とにかく冷静に落ち着いていきましょう。呪文や加護は有限ですが、考えることは無限……のはずです」


「それって本来 魔術師がいうセリフだよね。はぁ、レベル3になったからちょっと調子に乗ってたのかなぁ。未熟すぎて自分が嫌になるよ」


「そ、そんなこと。わたしだって昨日までレベル1だったですし」


「はぁ?」


 パーシャが思わず素っ頓狂な声を上げたとき、わたしはパーシャの頭の先にいた “小柄な人影” と目が合ってしまいました。

 “小鬼” が一匹、ポカンとした顔でこちらを見つめています。


 ……え? なんで戻ってきてるの?


 一瞬のお見合いの後……。


「GiGyaーーーーッ!!!」


 “小鬼” が耳障りにも程がある叫び声をあげました。


「あいつ! 仲間を呼んでる!」


 パーシャが短刀の切っ先を “小鬼” に向けて怒鳴りました。

 パーシャは魔術師です。

 武器は弱く鎧は薄く、生命力ヒットポイント も低い。

 ここはわたしが前に出るしかありません。

 ありませんが……。

 いきなりすぎて動揺は隠せません。

 それでも、パーシャを背に戦棍と盾を構えます。


「わ、わたしが相手です!」


 大丈夫! 大丈夫!

 わたしはすでに一度、これよりも強い “コボルド” と戦っている!

 それに今のわたしはレベル4!

 だから大丈夫!


 自分に暗示を掛けながら戦棍で “小鬼” を威嚇します。

 “小鬼” も鹿、仲間が来る前に襲い掛かってきたりはしません。

 でも、それでいいのです。

 それが狙いなのです。

 わたしたちは回廊を東に向かわなければならないのですから。

 この一匹だけでなく、戻ってくるだろう他の “小鬼” も突破しなければならないのですから。

 だから――。


「Gugyaーーーーーっ!!!」

「「「「Gyagyaーーーーーっ!!!」」」」


「戻ってきた! 四匹! 合計五匹! さっきの全部!」


「はいっ!」


 東の回廊からドタドタと駆け戻ってきた四匹の “小鬼”たち。

 当然今度は一斉に襲い掛かってきますよね! 当たり前です!

 そしてわたしは祝詞を唱え、帰依する女神に加護を願います。


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを―― “棘縛ソーン・ホールド” !」


 授かったばかりの聖職者系第二位階の加護、“棘縛” です。

 目に見えぬいばらで対象集団を縛り、動きを封じる加護です。

 この加護を効率よく使うために、すべての “小鬼” が戻ってくるまで我慢していたのです。

 突然 “小鬼” たちが走ったままの姿勢で、次々に転倒していきます。


 1、2、3、4――四匹固まり、一匹に耐呪レジストされました!

 残りの一匹が頭に血が上ったのか、他の仲間が転倒したことにも気づかず、粗末な短剣でわたしに殴りかかってきます。

 これは――受けるしかありません!

 加護を嘆願した直後で、避けることも殴ることも出来ません。

 わたしは盾を構えて、歯を食いしばりました。

 “小鬼” が短剣をその時、


「召しませ! 伝説のホビットの一太刀、ここにあり! ご先祖様、ご照覧あれ!」


 横合いからパーシャが短刀を腰だめにして、猛然と “小鬼” にぶつかって行きました。


「!!? Gyaaaaaaaaーーーーーーーッッッ!!!」


 パーシャの短刀は、 “小鬼” のお腹に深々と突き刺さり、ドス黒い血を噴き出させました。

 お腹を抑えたまま悶絶し、ズルズルと崩れ落ちる豚面の小鬼 。


「シャイア!」


 見事な一撃に思わず鬨の声をあげてしまいます。


「今よ、今、今!」


「はいっ!」


 わたしたちは床に転がっている “小鬼” たちを飛び越えて、回廊を東に向かって走りました。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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