豪商ボルザッグの奸計
「えっ、ボルザッグ? それってもしかしてこのお店のオーナーさんのですか?」
「いかにも、わしがそのボルザッグじゃ」
なんでそんな偉い人が店員さんみたいな真似を?
わたしは呆気に取られた顔で、ドワーフの店員さん――ボルザッグさんの顔を見つめました。
「ただし、先代のな」
「先代?」
「店はもう息子に譲っとる。今は名前だけのオーナーじゃ」
そういうとボルザッグさんは、また “ふんっ” と気難しそうに鼻を鳴らしました。
それからボソッと、
「わしは店仕事が好きでの」
ボルザッグさんは頑固で怖そうな方ですが、決して人嫌いというわけではなさそうです。
引退した大企業の創業者が、セカンドライフに元々好きだったお店での仕事に戻ってきたのでしょう。
「僧侶。レベルは3、いや4か。
「わ、わかるのですか?」
すごい、能力判定の魔法も使わないで。
「装備屋がその程度のこと見ぬけんでどうするんじゃ――それで予算は?」
「ええと……100 D.G.P. ……ぐらいで」
段々と小さくなる声。
100 D.G.P.……迷宮金貨一〇〇枚といえば、登録したての探索者が初めて装備を買いにきたときに提示する金額です。
「100 D.G.P. だと? おまえにはその一〇倍貸したはずだぞ?」
案の定、アッシュロードさんが反応しました。
いつの間にか、“あんた” が “おまえ” になっています。
「でもみんなと分けたら170 D.G.P.で……そこから生活費を引くとどうしてもそれぐらいしか……次のパーティもまだ決まってないですし」
「だからなんで馬鹿正直に頭割りしてるんだ。五割でも六割でも取って、残りを連中にくれてやればいいだろう。おまえがした借金だろうが」
「そんなこと、できませんよぅ……」
心底呆れた様子のアッシュロードさんと、小さくなるわたし……。
「ったく、これだから “
「すみません……」
“自分だけ多目に“ なんて考えもしませんでした……。
「……パーティ、みつかりそうなのか?」
アッシュロードさんが声のトーンを落としました。
「今、ハンナさんに探してもらっているところです」
パーティを探している旨は、先ほどハンナさんに伝えてあります。
でも希望する “一ヶ月で4,500 D.G.P. 稼げるパーティ” というのは、わたしのレベルではなかなか難しいらしく、すぐには見つからないとのこと(それはそうですよね)。
だから、そういう意味でも所持金の全てを装備の購入には充てられないのです……。
「いくらなんじゃ?」
ボルザッグさんが陳列されている
「え?」
「おまえさんがこの男にしている借金じゃよ」
「ああ……4,500 D.G.P.です」
江戸川くんが一度蘇生に失敗して “灰”になっているので、その分だけ最初に想定していた金額よりも高額になっています。
「期日は?」
「ひと月……は、ないです」
嘘をつく理由もなく、お金を借りている当人が側にいるので正直に答えます。
ボルザッグさんは手にしていた
「こいつは “
魔剣……魔法の剣。
初めて見ます。
「鑑定済みなら、うちはこいつを 7,500 D.G.P.で買い取っとる」
「7,500ですか!」
日本円にして約七五〇万円!
「そうじゃ。こいつは運が良ければ地下三階からみつかるようになる」
「……六人パーティなら一人頭 1,250 D.G.P.ですか」
それでもやはり全然足りません。
「そこはあんたの交渉力次第じゃろう。
「……」
「もっとも三階に下りるには最低でも7レベルは必要じゃがの。今のおまえさんの力じゃとても無理じゃ」
そういうと、ボルザッグさんは魔剣を元の棚に戻して、再び 戦棍が並べられている棚に向き直りました。
「教えていただき、ありがとうございます」
わたしはボルザッグさんに頭を下げました。
借金を返すための重要なヒントを教えてもらいました。
そうです。
アッシュロードさんも言っていましたが、何も馬鹿正直に
それでも、三階に下りられるようになるには、あと3レベルも必要です。
仮にわたしと同じぐらいの実力のパーティを見つけられたとしても、返済期限がくるまでにレベルを上げて三階に下りることができるかどうか。
いえ、そもそも三階に下りられたからといって、目的の魔剣がみつかるとは限らないのです。
やはり前途は多難です……。
「こいつを着てみるがいい」
わたしが胸の内でため息を吐いていると、バルザックさんが手にいくつかの武具を持ってきてくれました。
戦棍、
いわゆる “駆け出し僧侶の3点セット”です。
わたしも初めて買った装備がこれでした。
あ、でも――。
「駄目です。わたしの予算じゃこれはちょっと」
わたしの記憶が確かなら、
“戦棍” が 30 D.G.P.
“鎖帷子” が 90 D.G.P.
“盾” が 40 D.G.P.
……だったはずです。
全部で160 D.G.P.
買えることは買えますが、そうするとさっきも言ったとおり当座の生活費が……。
「これよりランクを下げるとなると、あとは
ぐうの音も出ないとは……まさにこのこと。
「いいから取りあえず着てみろ。
「あ、ありがとうございます」
わたしは鎖帷子と鎧下を受け取ると……。
受け取ると……。
「なんじゃ、まだ何かあるのか?」
「す、すみません。このお店って確か試着室が……」
あはは……と引きつった笑いを浮かべて訊ねます。
そうです。
そうなのです。
このお店には試着室がないのです。
前回来たときもそれで困ってしまい、結局他の五人に囲んでもらって(もちろん後ろを向いてもらって)着替えました。
ボルザッグさんは何か言いたそうな顔しましたが、わたしが “転移者” であることを思い出したのか、
「奥を貸してやる。そこで着替えろ」
顔を振り振り店の奥へ案内してくれました。
「そ、それじゃ行ってきます」
ペコペコとお辞儀をして、わたしはボルザッグさんの後に続きました。
お辞儀をされたアッシュロードさんが他人の振りをしていたのは、きっと気のせいでしょう。
以前に一度買ったことのある防具なので装備するのは簡単でした。
アッシュロードさんに借りたままになっているローブを脱ぐと、サービスしてもらった鎧下を身に付け、その上に鎖帷子を着込んですぐにまた店内に戻ります。
手早く装備を身に付けられるのも探索者には重要なスキルですから。
「どうでしょうか?」
「窮屈じゃないかの? 動き難くは?」
「大丈夫です。前に買ったものよりも動きやすいくらいです」
軽く前屈みになったり、逆に反ったりしてみましたが、鎖帷子自体が適度に柔軟性のある防具なので、それほど違和感はありません。
以前の品は他の店員さんが見立ててくれたのですが、やはりというかさすがというか、ボルザッグさんの方がしっくりきます。
「まあ、こんなところかの」
「アッシュロードさんはどう思います?」
「ボルザッグがいいっていうなら、俺が口を挟むことじゃない」
「……そうですか」
……そうですか。
「ほれ、次はこれじゃ」
「あ、はい」
手渡されたのは戦棍と盾です。
両方とも前回買ったものと似た品ですが……。
「あれ、なんか軽いですね」
ブンブンっ! よっ――と!
軽く振ったり構えたり――うん、やっぱり前のよりも軽いです。
「筋力がついたからだろ。11っていや戦士の最低ラインだ。前みたいに武器に振り回されることがなくなった」
アッシュロードさんが眠そうな声で論評してくれました。
「ああ、そうでしたね」
でも。
「なんか一晩で武器が扱えるようになるって変な感じです」
「一晩寝たことで “神経がつながった” のさ。
「ああ、それなら同じような話を聞いたことがあります」
……リンダから。
バスケットボールで前の日に何百回練習しても出来なかったことが、一晩寝たらサラッと出来るようになっていた……って。
「それじゃ、あとは試し打ちじゃな」
アッシュロードさんとわたしのやり取りを見ていたボルザッグさんが、頃合いよしとばかりに言いました。
「アッシュロード。今からその娘を連れて少しばかり “トモダチの部屋” に行ってこい」
……? “トモダチの部屋” ?
「テメエ、最初からそれが狙いだったな」
ボルザッグさんにアッシュロードさんが噛みつきます。
「これがアフターサービスってもんじゃよ。客商売ってもんをまったくわかっとらんおまえに、その道の先達としてご教授垂れてやったんじゃ。感謝するんじゃな」
なにやら
「あの、“トモダチの部屋” っていうのは……」
「地下一階の特定の玄室に出現する “固定モンスター” じゃ。あんたひとりじゃ荷が勝ちすぎるだろうが、こいつが一緒ならどうにかなるじゃろ。上手く倒せりゃいい経験になるし、しばらくは宿代にも困るまいよ」
……あ、そういうことだったんだ。
だから所持金ギリギリの最高の装備を……。
「すみません、なにからなにまで」
「まあ、わしがお節介せんでも、誰かが面倒みたじゃろうがな」
そういってバルザックさんは意味ありげな視線をアッシュロードさんに向けました。
「……さっさと代金を払え。潜るぞ」
「は、はい」
急いで支払いを済ませているわたしの背中に、だんだん聞き慣れてきたアッシュロードさんのぼやき声が届きます。
「……やれやれ、またパワーレベリングか」
◆◇◆
わたしはボルザッグさんのお店を出ると、装備を取りに戻ったアッシュロードさんと別れて、一足先に街外れの迷宮に向かいました。
武器や防具どころか
本当はそういった道具類も今日あのお店で買うつもりだったのですが……。
「仕方ないですよね……またアッシュロードさんから借りましょう」
ため息まじりに呟きます。
アッシュロードさんのぼやき。
わたしのため息。
どちらも癖になってきているようです。
「僧侶のエバ・ライスライトです。レベルは1……じゃなくて4です。これから
併設されている衛兵の詰所で手続きを終えて、目の前の迷宮の入り口に向かいます。
『わかってるとは思うが、俺が先に下りるまで勝手に潜るんじゃないぞ』
もちろん、わかっています。
あんなところ頼まれたってひとりでは下りません。
風雨を避けるための石造りの壁と天井に囲まれた、巨大な縦穴。
大地に穿たれたこの黒い穴こそ、無限の死と富を吐き出し続ける深淵への入り口なのです。
と、その深淵から人の気配がしました。
誰かが垂れ下げられた長い縄梯子を上ってきます。
わたしは緊張して腰に吊っていた戦棍を右手で握りました。
側にいた衛兵の人も、気配に気づいて槍の穂先を縦穴に向けます。
おそらくは先に潜っていた探索者が帰還したのでしょうが……。
万が一にも迷宮一層の魔物が登ってこないとは言い切れません。
ですが、現れたのはやっぱりローブを着た小柄な
縄梯子を登りきって肩で息をしていたその探索者は、顔を上げてわたしを見つけるなり、
「あ、あんた、聖職者だよね!? お願い、一緒にきて! 仲間が、仲間が死にそうなんだよ!」
汗と、そして血にまみれた顔で哀願しました。
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連載開始
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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m
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迷宮無頼漢たちの生命保険
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