レベルアップ
「レベルを測るって、わたしのですか?」
「はい」
キョトンとしたわたしに、ハンナさんが抜群の受付スマイルでうなずきます。
「報告いただいた昨日の “
「でもあの戦いは、アッシュロードさんがならず者たちを斬り伏せていくのを、離れた場所で見ていただけで……」
わたしが積んだ経験といえば、もう “二度と経験したくない” という強い思いくらいです。
あの玄室での光景は……二度と目の当たりにしたくはありません。
「探索者にとってその “二度と経験したくない” 類いの経験ほど、自身を大きく成長させるものなんです」
わたしの話を聞いたハンナさんは、そう説明してくれました。
「目を覆いたくなる残酷な光景や、身じろぎひとつできないほどの圧倒的な恐怖。そういった死の臭いを潜り抜けることは、訓練場での何ヶ月、何年の修練に匹敵するんです」
「実戦こそ最高の訓練……みたいな感じですか?」
物語などでよく聞く言葉ですが……。
“訓練の終わってない兵隊さんを戦場に送り出す無能な指揮官” のセリフ……みたいで、あまりよい印象はありません。
「厳密には、実戦を潜り抜けたことで訓練場で身につけた技術が発揮できるようになる――いわゆる “場慣れ” という言葉が近いですね」
――訓練は結局訓練でしかないんです。
実戦を経験して、死の恐怖を乗り越えて、場慣れして、ようやく訓練で身につけた技術が迷宮での戦いでも活かせるようになるんです。
当たり前と言えば当たり前ですよね。
でも、その当たり前を乗り越えられない人が多いのも事実なんです――。
そういったハンナさんの表情が、少しだけ翳ったように見えました。
探索者ギルドで受付嬢をしていれば、きっと思い当たる人が何人もいるのでしょう……。
だからわたしにも、あんなに熱心に迷宮保険を勧めてくれたのだと思います……。
「見たところ蘇生の翌日だというのに血色がとてもいいですし、もしかして昨夜はよく眠れたのではありませんか?」
「は、はい。今までにないくらいグッスリ」
「それは経験が血肉になったときに現れる典型的な兆候なんです。普通なら酷い経験をしたあとは身体が疲れていても神経が昂ぶって眠れないものでしょう? それがとてもよく眠れたと言うことは――」
「つまりわたしは、図太くなったということでしょうか?」
いろいろな意味で。
「まあ、論より証拠です。まずは測定してみましょう!」
ハンナさんは身を屈めて受付の事務机の引き出しに手を伸ばしました。
チラッと待合所を見ると、ハンナさんが淹れてくれたお茶を飲み終えてしまったアッシュロードさんが、こっくりこっくり船を漕いでいます。
ひょろ長い手で両膝を抱えて眠りこけている姿はどこかユーモラスで、なぜか “キリンの居眠り” なんて言葉が頭に浮かんで可笑しくなってしまいました。
「お待たせしました――どうかされました?」
机の引き出しから両掌大の水晶玉を取り出したハンナさんが、顔をほころばせているわたしを見て不思議そうに首をかしげました。
「い、いえ、なんでもありません――その水晶玉でレベルがわかるのですか?」
「はい。これは “人物鑑定” の魔法が付与された
今わたしがいるこの国は “大アカシニア神聖統一帝国” と称する帝政国家で、その皇帝がこれまでにも何度か名前が出てきている “
そしてこの城塞都市の名前が帝都 “大アカシニア” ……。
ちなみにこの世界の名前が “アカシニア” なので、今わたしのいる場所は、“アカシニア” という世界の “大アカシニア神聖統一帝国” という国の、“大アカシニア” という帝都になります……。
ややこしいことこの上ないので、ほとんどの人がこの都のことを “トレバーンの城塞都市” と呼んでいます。
(名前になんでも “大” を付ける為政者には碌な人物がいない……とは、歴史好きなお父さんの言葉です)
ハンナさんのいう軍とは、もちろんこの国の軍隊である帝国軍のことでしょう。
魔術アカデミーというのは、魔術を志す者にとってこの近隣での最高学府である(らしい) “アカシニア魔術アカデミー” のことだと思われます。
つまり現代日本風にいうと、自衛隊と東大が共同で作ったすごく便利な道具といったところでしょうか。
「この魔道具が発明されるまでは、軍人や冒険者のレベル判定はとても大変だったんですよ。いちいち高位魔術を修めた人間を呼んできて呪文を掛けてもらうか、さもなければ面倒な体力テストや知力テストを受けてもらわなければならなかったんで」
「ええと、どうすればいいのですか? この水晶玉に触れればいいんですか?」
「はい。お願いします」
わたしはハンナさんに言われるままに、恐る恐る右手を水晶玉に伸ばしました。
簡素ですが安定感のある木製の台座に据えられたクリスタルの球体は、見る者を吸い込むような怜悧な光を放っています……。
でも触ってみると、見た目の印象とは裏腹に掌に温かな感触が拡がりました。
まるで孵卵器に入れられている卵に触っているようです。
痛みどころかなんの刺激もありません。
待つことしばし、です……。
「あ、出ましたね――わ、すごいっ!」
水晶玉が蒼白く発光したと思ったら、ハンナさんが興奮気味に叫びました。
「一気に3レベルもあがってますよ!」
「え?」
「ほら、見てください」
うながされるままに、どれどれ? と発光の治まった水晶玉をのぞき込むと――。
職業 :
レベル:1 ⇒ 4(+3)
HP :10 ⇒ 28(+18)
筋力 :8 ⇒ 11(+3)
知力 :8 ⇒ 11(+3)
信仰心:11 ⇒ 12(+1)
耐久力:17 ⇒ 18(+1)種族上限に到達
敏捷性:8 ⇒ 10(+2)
運 :9 ⇒ 6(-3)
球体の中に文字が浮かび上がっています。
(球形状なのに表面ではなく、その中に平面上に浮かび上がるんだ。すごいなぁ、スマホ並みの解像度で見やすい)
表示された文字や数値ではないところに感心してしまう、スマホ世代の悲しい性です。
「ふむふむ。上昇率もいいですね。
……あ、でも。
と、ハンナさんがそこで、なんとなく申し訳なさそうに水晶玉から顔を上げました。
「運が……レベルが上がる毎に下がっちゃってますね」
あははは……と、ハンナさんと乾いた笑いを浮かべ合います。
それからふたりして肩を落とします。
「なんというか……納得してしまう自分が悲しいです」
「そうですね……エバさんの探索者としての短いながらも波瀾万丈の足跡を現しているみたいです」
運が悪ければ迷宮保険に入らずに、あのまま迷宮で屍を晒していたことでしょう。
でも運が良ければそもそも死ななかったはずですし、もっと言えばこの世界にだって来てはいません。
やっぱりわたしは運が悪いのでしょう……それもかなり。
「運気の下降も気になりますけど……」
「ま、まだ何かあるのですか?」
健康診断にビクビクする、お父さんたちの気持ちがわかった気がします。
「ええ、
それは……仕方ないかも。
と聖職者にあるまじき呟きを、胸の内で漏らしてしまいました。
なんといっても元の世界では、信仰心の低さで世界に冠たる?日本人だったのです。
帝釈天で産湯を浸かり……とまでは行きませんが、七五三では神社に詣で、家族や恋人とクリスマスを祝い、結婚式もまた教会で。そして人生の最後は仏式でお別れするくせに、宗教的DNAは当たり前のように家長制度の儒教……な国民性なのですから。
いきなり異世界の女神さまに帰依しろと言われても、なかなかになかなかなのです……。
「でも不思議なんですよね」
ハンナさんが形のよい顎に手を当てて、うーんと悩んでいます。
その仕草がまたチャーミングで絵になって、女のわたしでもドキッとしてしまいます。
「なにがですか?」
「信仰心が1ポイントしか伸びてないのに、第二位階までの加護を全部授かってるんです」
「え?」
「気づきませんでしたか。エバさんは今朝目覚めたときから、今まで授かっていた四つの加護に加えて、さらに五つも新しい加護を願えるようになってるんです」
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プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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