強襲座標

 友人たちに瞑目するわたしの傍らで、アッシュロードさんがいくつかの加護を嘆願しました。

 探索の間パーティの装甲値アーマークラスを2下げる “恒楯コンティニュアル・シールド

 そしてパーティの認知力を増大して、魔物の正体を正確に識別できるようになる “認知アイデンティファイ

 特に “認知” の加護は、暗闇の中で遭遇する魔物の正体を的確に見極められるようになり、一瞬の判断が生死をわける迷宮での戦いでは必須といわれている加護です。


「“永光コンティニュアル・ライト” の加護は願わないのですか?」


 わたしは手渡された角灯の明かりに心細さを覚えながら訊ねました。

 “恒楯” “認知”、そして探索の間 永続的に迷宮を魔法の光で照らし続ける “永光” は、聖職者が地下に下りたらまず願わなければならない加護の3点セットだと言われています。


「あれは目立ちすぎる。フルパーティならいざ知らず、小数で行動するときには不向きだ」


 ……なるほど。


 と、わたしは口の中で呟きました。

 先ほどの “探霊” を見ても、アッシュロードさんが聖職者系第五位階までの加護を嘆願できることは確かです。

 君主ロードがその位階の加護の嘆願を許されるのは、確か……レベル12だったはず。


「あ、あの、訊いてもいいですか?」


「なんだ?」


「その……アッシュロードさんのレベルはおいくつなのですか?」


「13だ」


 ――13!?


 レベル13.

 それは、その腕前を称して熟練者マスタークラスと呼ばれる、一流の迷宮探索者の証。


 前衛職なら生命力ヒットポイントが100を超え、僧侶や魔術師なら最高位階の加護や呪文を嘆願・修得できるレベルです。

 うちのお父さんの方がよっぽど若々しく溌剌はつらつに見える、こんなみすぼらしい、ヒョロッとしたオジさんが熟練者 ……。

 人を見かけで判断してはいけないといいますが、その見本みたいな人です……。


 アッシュロードさんはそれ以上のおしゃべりは無用とばかりに、回廊を西に向かって引き返し始めました。

 大門くんたちを残していくことに後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、わたしも後に続きます。

 アッシュロードさんの歩幅はわたしよりもずっと広く、ついていくのが大変で自然と早足になってしまいます。


 往路とは打って変わって、わたしたちはあっという間に七区画ブロックを進み、迷宮の入り口まで戻ってきました。

 迷宮の時空が歪んでいるというのは本当のようです。

 そこから今度は外壁を左手に見て “北” に進みます。

 回廊は八区画進んだところで内壁に突き当たり、東に折れました。

 地図を描いている暇がないので、必死に道順を暗記します。


「地下二階の梯子までは、左手を壁につけて進めばいい」


「……え?」


「歩数を記憶するより楽だ」


「あ、ありがとうございます」


「ある程度レベルが上がって生命力ヒットポイントが増えれば、一階までなら単独行ソロが可能だ」


 歩きながらアッシュロードさんが話をしてくれます。


「だが地下二階からは、どんなにレベルが高くても単独では命取りになる魔物が現れる」


 爪や歯に “麻痺” 性の分泌物を持つ動き回る “腐乱死体ゾンビ

 同じく探索者を “麻痺” させる毒素をまとう “霧状の魔法生物ガスクラウド

 可愛らしい外見とは裏腹に獲物の喉首を食い千切るクリティカルする首噛み兎ボーパルバニー

 そして、重い蛮刀を振り回して相手の首を刎ねる “ハイウェイマン追いはぎ


「単独行でこいつらに出くわせば、どんなに高レベルの探索者でも運が悪ければ迷宮に苔むした墓が建つ」


「……」


 それでも……それでも行かなければならないのです。

 下りなければならないのです。

 友だちが待っているのだから。


 角灯ランタンの弱々しい明かりのせいでしょうか。

 目の前で揺れるアッシュロードさんの猫背気味の背中はどこか……というより、どうにも頼りなげに映ります。

 駆け出しとはいっても、大門くんや来栖くんの背中はギコチナイなりにもっと安心感があったのに。

 隙だらけ……とでも言うのでしょうか。

 このままわたしが殴りかかっても、ポカリ!と出来てしまいそうな(もちろん、そんなことはしませんけど)気配がします。


 迷宮の保険屋さんにして……熟練者レベル13悪の君主レイバーロード

 お金のことしか考えてないような口振りで、わたしの無茶ぶりに応えてくれている。

 粗暴でぶっきらぼうな言葉遣いながら、迷宮での立ち振る舞いを教えてくれる。

 悪い人なのか、それとも良い人なのか。

 警戒するべきなのか、それとも信頼してもよいのか。

 この世界の “善悪” の戒律の概念がまだ理解できてないせいでしょうか。

 アッシュロードさんから受ける印象がなんともちぐはぐで……混乱してしまいます。


 途中にある脇道を無視しながら回廊を西に進み、突き当たりに現れた巨大な扉を開きます。

 これは玄室の扉ではなく、回廊と回廊を区切る類いのもののようです。

 そこから北に一区画。

 さらに左手を壁につけたまま、今度は西に向かいます。

 一区画一〇メートル幅の回廊を進むことしばらく。

 やがて突き当たりに西の外壁と、その手前の床に穿たれた黒い穴が見えてきました。

 地下二階へと続く縦穴です……。



 地下二階への縄梯子を下りきったところで、わたしたちは一度キャンプを張りました。

 わたしの消耗をみてとったアッシュロードさんが小休止の必要を認めたのです。


「す、すみません……」


「どのみち確認する必要があったからな」


「確認……ですか?」


 魔方陣の中心にドカッと座り込んだアッシュロードさんは、雑嚢から丸めた羊皮紙を取り出すと、角灯の明かりの前に広げました。

 それは精緻な筆跡で描かれた迷宮の地図でした。

 一番上の一枚を一番下にしてから、二枚目をのぞき込みます。

 わたしも横から遠慮がちにのぞき込みます。


「今いるのがここだ」


 銅製の篭手に覆われた手で、アッシュロードさんが地図の一点を指差しました。


「何か気づいたことはないか?」


「え……っと」


 いきなりの質問に固まるフリーズするわたし。

 この人はいつも突然に話を振ってきます。

 それでも必死に頭を巡らせて……。


「座標……ですか? 一階の梯子のあった場所とズレている?」


「そうだ」


 あ、やっぱり。

 変だとは思っていたのです。

 だって一階の梯子の西側にあった “外壁” がここにはないのですから。


「地下一階の “下り梯子” の座標は、迷宮の入り口から “に0、に10” だ。それなのにここは地下二階の “Eに12、Nに7” だ」


「迷宮内の時空に歪みがある……のですね」


「ああ…… 地図を作成マッピングする際の注意点 “その1” だ」


 地図をのぞき込みながら、アッシュロードさんが頷きます。


「リンダがいるのはこの階の南東のどこかということですが……広いですね」


 迷宮一層の四分の一の区域エリア

 広さにして一〇区画×一〇区画。

 単純に外壁や内壁の厚みを除いて、一区画を約一〇メートルとして一〇〇平方メートル。

 地上ならまだしも、入り組んだ暗い迷宮で、しかも時空が歪んでいる……。


「やっぱり一区画ずつ調べていくしかないのでしょうか……?」


「最悪、その覚悟はいるが……」


 アッシュロードさんは険しい表情で地図を睨んでいます。


「“生きている女” と “死んでいる女” では、奴らには違う価値が生まれる」


「違う価値……って」


 わたしは不意にアッシュロードさんの言わんとしていることを悟り、おぞましさに打ち震えました。

 いや……やめてください。

 それ以上は聞きたくない。


「喰うのさ。奴らに死体を犯す趣味がないのなら、しらみつぶしをしてる暇はない。聖水の効果も知恵のあるバケモノには効き目薄だ」


 ああ……。


 わたしは自分の心が折れかかっているのがわかりました。

 そんなこと言ってられないのはわかっています。

 でも目の前の現実があまりにも異常で……異常すぎて……。


「行くぞ」


 茫然とするわたしを尻目に、アッシュロードさんが立ち上がりました。


「行くって……どこへ?」


「奴らのねぐらに決まってるだろう」


「ねぐらって……場所がわかったのですか!?」


 えっ!? えっ!? えっ!?


「おおよその見当だがな」


 そういってアッシュロードさんがわたしに地図を差し出しました。


「おまえが “初心者狩り” をするとして、アジトにするならどこだ?」


「そ、それは……」


 そんなこといきなり言われても。

 あんな人殺しの考えなんてわかりませんし、わかりたくもありません。

 でも、そんなことは言ってられないのが今の状況です。


「どうした? 経験も装備もない人間が迷宮ここで生き残りたいなら、あとは頭を使うしかないぞ」


 そ、そんなにせっつかないでください。


 要するに……要するに “ならず者みすぼらしい男” たちにとって “初心者狩り” は生きていくための狩り……仕事です。


 仕事場は家から近い方がいい……というのは短絡的すぎるでしょうか?


「やっぱり……梯子の近くのこの辺りじゃないでしょうか」


 おっかなびっくり、キャンプからすぐ近くの玄室を指差します。


「奴らがこの迷宮の主ダンジョンマスターならそうだろう。だが奴らは “紫衣の魔女大魔女アンドリーナ” じゃない」


 アッシュロードさんの容赦のないダメだし。


「奴らはごろつきでだ。そして初心者はよほどの間抜けでもない限りこの階には下りてこない」


「……あ」


 わたしの頭の中で火花が散りました。

 ようやくアッシュロードさんの言いたいことが理解できた気がします。


は、この階に下りてくる探索者には遭いたくない……」


「そうだ。確か訓練場で叩き込まれるセオリーだと、この階に下りるのは最低でもパーティの魔術師がレベル5になって “焔爆フレイム・ボム” の呪文を覚えてからだったはずだ」


 “焔爆” を覚えたパーティにとっては “初心者狩りみすぼらしい男” の方こそカモ。

 梯子に近い玄室では、そういうパーティに強襲ハクスラされる危険性が高い。


「そうだとすると彼らのアジトは……」


 わたしは今度こそ確信をもって地図の一角を指差しました。


「ああ、座標 “Eに17、Nに8” ――そこが一階の梯子から南東で一番遠い玄室だ」


 アッシュロードさんは『これはあんたが持ってろ』とわたしに地図の束を手渡すと、北に向かって大股で歩き出しました。

 わたしも慌てて追いかけます。

 前を行く背中から漏れ聞こえる底堅い呟き。


「強襲してやる」



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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今読んだエピソードを、オーディオドラマで視聴してしませんか?

迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグ⑧

完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

https://youtu.be/ULDMow9mpDI

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