友だちは絶対に助けないといけないものだから

「よし。それじゃ、俺は潜る。あんたはここで待っていろ」


「……えっ?」


 一瞬、アッシュロードさんの言ってることがわからず、キョトンとして――。


「な、なに言ってるんですか! わたしも行きます!」


「……え?」


「……え?」


「「……え?」」


 と、顔を見合わせるアッシュロードさんとわたし。

 お互いの認識に根本的なズレがあったようで……。


「あんた、なに言ってるんだ?」


 レベル1。

 後衛。

 蘇生直後。

 装備なし。

 経験なし。

 筋力なし。


「そんな奴連れて行ったところで足手まといどころか、持って帰ってくる死体が増えるだけだろうが」

「でも、わたしは “加護” を願えます! 軽傷なら治せますし、明かりを灯すこともできます! 相手の古傷を開くこともできます!」

「それなら俺もできる」

「わたしの方が専門です!」

「駆け出しだろうが」

「それでもわたしの方が専門です!」


 アッシュロードさんが気味の悪い生き物でも見ているような表情を浮かべています。


 自分でも無茶を言ってるのはわかっています。

 正しいのはアッシュロードさんだってことも。

 でも、今のわたしにはそんなことは関係なくて。


「わたしは友だちを見捨てません! 絶対に助けます! 友だちはどんなことがあっても見捨てちゃいけないんです! 絶対に絶対に見捨てちゃいけないんです! 絶対に絶対に助けないといけないんです!」


 心に浮かぶ五人の姿。

 リンダを除けば元の世界では決して仲の良い友だちだったわけではありません。

 入学したばかりで知り合って二ヶ月しかたっていないただのクラスメート。

 それでもこの世界に来てからはずっと一緒にやってきたのです。

 支え合って、励まし合って、慰め、泣き合ってきたのです。


 そして……。


 いつしか五人の姿は消えて、そこには小さな女の子が立っていました。

 いつも怯えた小動物のようにおどおどしていて。

 それでも目が合うと、おもねるようなギコチナイ笑顔を浮かべて……。


「見てるだけじゃ駄目なんです……お金を出すだけじゃ駄目なんです……お願いします……わたしも、わたしも連れてってください……お願い……」


 わたしは深々と頭を下げました。


「…… “利他的” な性格もここまでくると強迫症病気だな」


 ボリボリボリ……ッ、


 アッシュロードさんはボサボサ頭を掻きむしって盛大にフケを飛ばすと、散乱する衣類や装備の中から薄汚れたローブを引っ張り出して、わたしに放ってくれました。


「これを着ろ。少し臭うかもしれんが 装甲値10素っ裸じゃどうにもならん」


「それじゃ!」


「お前が死んでもまた蘇生させて、俺の儲けを増やすだけだ」


「ありがとうございます! 大丈夫です、確かに臭いますけど、この外套マントの加齢臭に比べればぜんぜん、ぜんぜん平気ですから!」


 わたしは元はベージュ色だったと思われるローブを抱き締めて最大限の感謝の笑顔を浮かべました。


◆◇◆


 わたしは “街外れEdge of Town” にある迷宮の入り口に立っていました。

 アッシュロードさんはかたわらに建つ衛兵の詰所で、頑丈そうな “天秤棒” と大きな麻袋を五枚受け取っています。

 何に使う物かは教えられなくてもわかります。


 わたしは……迷宮の入り口を凝視していました。

 地下への入り口……とはいってもそれは階段などではなく、地面にポッカリと空いた大きな穴です。

 雨が入り込まないように石造りの天井や壁で囲われていますが、それは穴でしかありません。

 探索者が昇降に使う丈夫な縄梯子が垂れ下がっているだけの黒い穴。

 人を死へと……灰へと誘う呪われた穴。


 身体が震えて……どうしようもなく震えて……カチカチと歯が鳴っています。


 わたしは、手にしていたスタッフを指が白くなるほど握りしめました。

 宿を出るときにローブと一緒にアッシュロードさんが貸してくれたものです。

 わたしの筋力ストレングスでは 戦棍メイスの類いを持たせても無駄だからと……。

 この杖なら、わたしの筋力や 敏捷性アジリティでも必ず一回は殴りかかれ、命中すれば最低2ポイントのダメージを与えられるそうです……。

 そしてそれが焼け石に水、ないよりはマシ程度なものであることは、わたしが一番理解しています……。


 詰所での手続きを終えると、アッシュロードさんがわたしの前を通り過ぎ縄梯子を下り始めました。

 言葉を交わすことも、視線を合わせることもありません。


 代わりにわたしは詰所の衛兵の人に声を掛けました。


「エバ・ライスライト――レベル1の僧侶です。これから単独行ソロで潜るので手続きをお願いします」


◆◇◆


 杖を背中に括り付け、長い縄梯子を下りていきます。

 が見えないから恐怖を感じないとかそんなことはまったくなく、むしろ闇の中を下りていくのがこれほど恐ろしいとは思いませんでした。

 “奈落の底” ……という言葉が頭に浮かびます。


 ……昨日の朝、初めて下りたときにはここまで怖くはなかったのに。


 先に下りて待っていてくれる仲間がいることが、あんなにも心強いことだったなんて。今さらながら思い知らされます……。


 手を滑らせないように、足を踏み外さないように。

 落ちたら怪我だけではすまないかも。

 もし死んでしまったら、みんなを助けるのが遅れてしまいます。

 それはダメ。

 絶対にダメ。


 長い時間を掛けて、わたしは全身汗だくになりながら、どうにか縄梯子を下りきりました。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 両膝に手を突いて、呼吸を整えます。


「隙だらけだな。俺が魔物なら死んでるぞ」


 暗闇から気配がして、アッシュロードさんが “合流” しました。


 “善” と “悪”

 相反するふたつの戒律の者はパーティを組めないという決まりがあり、もし何らかの事情でやむを得ずパーティを組む場合は、酒場ではなくこうして迷宮の入り口で合流する必要があるのです。


「す、すみません」


 わたしは身体を起こして背中から杖を外しました。

 ぐずぐずしてはいられません。

 今は一秒だって無駄にはできないのですから。


「行けます」


 わたしのキッとした眼差しを受けて、アッシュロードさんが歩き始めました。


 ……え?


「あ、あの、明かりは点けないのですか?」


 アッシュロードさんは “短明ライト” の加護どころか、 松明トーチ角灯ランタンさえ点さずに迷宮の奥に向かおうとしています。


 “短明” はもっとも初歩的な聖職者系第一位階の加護ですが、それでも角灯や松明よりもずっと強く闇を払います。


「加護を節約するのでしたら、代わりにわたしが……」



「でも明かりなしではなにも「よく目を凝らしてみろ」」


 わたしの言葉をアッシュロードさんが上書きします。


 目を凝らせと言われても、真っ暗な闇しか見え……


「……あ」


 闇の中にうっすらと浮かび上がる白い線……。

 縦に……横に……奥に……。


「“光蘚” だ。死者の魂を喰らって光ると言われている」


「ヒカリゴケ……これが」


「どういうわけか、天井と壁の境やブロックのつなぎ目に群生する習性があるらしい。明かりがなければこうして浮かび上がる」


 それはまるで黒い画面に白い直線だけで描かれた、黎明期のコンピューター・グラフィックの世界。

 無機質で味気ない。ですがそれだけに、自らの想像力が恐怖をいや増す擬似3D。


「明かりに頼りすぎるな。探索では “加護” どころか “角灯ランタン” や “松明トーチ” すら尽きることがある。この状況で切った張ったができないのなら遅かれ早かれそいつは死ぬ」


 なにより――。


「迷宮の “真の闇” はこんなもんじゃない」


 ……ゴクッ、


 “線画” の迷宮に立つアッシュロードさん……。

 その背中がなぜか迷宮の闇よりも暗く濃く見えて……。

 わたしは後に続くのがとても怖かったのです……。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグ⑥

完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

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