第十一話『昭明にして萬邦(ばんぽう)を協和す』

アバンタイトル

 その日……。


 ――魔城ガーデムは震撼しんかんしていた。


 ものの例えではない。

 ……文字通り、城全体が激しく振動しているのだ。


 直線と曲線……。

 直面と局面とが複雑に組み合わさることで形成された、摩訶不思議まかふしぎな巨大建造物が大いに揺れる。

 まるで、浅い震源の直下型地震が幾重にも併発へいはつしているかのような……。

 恐るべき揺れに建物も内部の者たちも持ちこたえていられるのは、この城が人知の及ばぬ魔技まぎによって建設されているからであり、内部にいるのは屈強な魔人たちであるからだった。


 果たして、いかなる力が働いてこのような超常現象が発生しているのか……。

 その答えがあるのは、ガーデムが誇る玉座の間である。


「ぬうううううん……!」


 玉座の前に立ち、亡き大将軍から返還された魔剣を構えるのは――偉大なる魔人王レイだ。

 普段は端整な顔つきを三枚目におとしめるニヤついた笑いを欠かさぬ人物であるが、今ばかりは真剣そのものといった顔で意識を集中している……。

 その身から漂うのは、目に見えぬ……それでいて息苦しいほどの圧力を感じさせる力であり、湧き上がる力のすさまじさに、一張羅いっちょうらである見事な縫製ほうせいの白装束がゆらめきはためいていた。


「ぬぬぬ……むむ……っ!」


 脂汗すら浮かべた魔人王が、唸り声を漏らしながら闇の魔力を絞り尽くす。

 玉座の間のみならず、ガーデム全体に満ち満ちた魔力は、いよいよ極限まで膨れ上がり……。


「――かあっ!」


 次の瞬間、魔人王の両目に怪しき光がまたたいた!

 そして、魔城全体を揺らめかせていた振動は消え去り……。

 しん……とした静寂が城全体に満ちる。


 一見して、城内に何か変化が起こったようには見えない。

 ならば、偉大なる魔人王が御業みわざは不発に終わったのか?

 ……その答えは、否である。


 変化は、城の外にこそあった。

 まるで、人間の花嫁がかぶるというベールのように……。

 上空から魔城を覆うのは、力こそ全てという魔界においてすら美しいと感じられる極光オーロラである。

 だが、ゆらゆらと輝き複雑な色合いを帯びるそれは、ただの自然現象とは明らかに異なる点があった。


 極光オーロラの向こう……その先にうっすらとうかがえるのは、常の光景ではない。

 その先にある風景では、天でひらめき続けるはずの稲光も、ろくに草木も生えぬ荒涼とした大地も存在しなかった。

 代わりに、天からは神々と精霊たちから取り上げられたはずの月と星の光が降り注ぎ、見るからに肥沃な大地には草花が生い茂っているのだ。

 大地には人や馬が踏み固めることによって生まれた道も走っており、いずこかへとつながっているのがうかがえた。


 ――オオッ!


 ガーデムの各所に存在する窓から外の様子をうかがっていた魔人たちが、歓喜の叫びを上げる。

 それも、当然のことだろう……。


 ――地上!


 彼ら魔人族が渇望かつぼうしてやまぬ地が、目と鼻の先に広がっているのだ!


『どうだ……お前たち?

 ――地上は美しいだろう?』


 偉大なる魔人王の声が魔城全域に響き渡り……。


 ――オオッ!


 ある者は、得物を掲げ……。

 ある者は、それそのものが凶器と化している体の部位をかざし……。

 ある者は、権能を発現して炎や氷を宙空に浮かべ……。

 共に喝采の声を上げた。


 それにしれも、魔人王が御業みわざのなんとすさまじいことであろうか……。


『今、あのオーロラを通じて地上と魔界とは自由に行き来できる状態にある……。

 ――お前たち! 地上侵攻に行きたいかー!?』


 ――オオッ!


 魔人王の問いかけに、またも城中の魔人たちが歓声で答えた。


 ――地上侵攻!


 ……言うまでもない。全魔人族共通の悲願にして、千年前一度は敗れた夢である。

 これまでは、人間共から集めた負の感情を用いて、選定された魔人戦士や尖兵せんぺいたるキルゴブリンたちのみがその栄誉に預かれた。


 だが、魔人王が復活した今ならば話は別だ。

 今こそ魔人戦士たちによる戦士団を結成し、堂々と地上を蹂躙じゅうりんすることがかなうのである。


 亡き獣烈将や幽鬼将に引き立てられ、地上へ挑む日を待ち望みながら牙を研ぎ澄ませてきた魔人戦士たちにとって、これは待望の瞬間なのであった。


『――駄目です!』


 が、続く言葉によっていきなり梯子はしごを外され、全員がその場へズッこける。


 ――じゃあ、なんで地上とつなげたの!?


 全員が同じ想いを抱いたが、その回答はすぐにもたらされた。


『大将軍ザギ……。

 獣烈将ラトラ……。

 幽鬼将ルスカ……。

 腹心にして異体同心たる三人を殺され、俺は今、猛烈に腹を立てている』


 その三名の名を挙げられれば、誰もが口をつぐむ他にない。

 魔界が誇りし三将軍……。

 彼らは、あまりに偉大な存在だった。

 この城にいる誰もが何くれとなく世話を焼かれており、あるいは薫陶くんとうを受け、持って生まれた力を更なる高みへ磨き上げることに成功してきたのだ。


 その将軍たちは、もういない……。

 いずれもが堂々たる勝負を挑み、そして討ち取られたからである。

 彼らを討ち取りし仇敵の名を、勇者ブラックホッパーという……。


『地上侵攻という大事へのぞむにあたり……。

 何よりもまず、この三人の仇を討たねば俺の気は晴れねえ。

 どのみち、地上を制覇するならば勇者の奴は必ず立ち塞がってくることだしな……。

 そこでまず、ガーデムの全戦力を用いてホッパーを迎え撃ち、その首を取る!

 ……そうすればなんの憂いもなく、太陽をこの手にできるだろうさ』


 ――オオッ!


 敬愛する三将軍の仇討ち合戦に、一度はへし折られた士気もたちまちの内に復活し、誰もが高揚した叫び声を上げた。


『ま、焦らないことだ。

 こちらから向こうが見えるということは、逆もまたしかりだ……。

 人間共は、毎日律儀にカトンボを飛ばしては地上の様子を見回ってるみたいだろうし、明日にはこの城の姿も目に留まるだろうよ。

 それが、何よりの挑戦状になる……』


 魔人王の言葉に、笑みを漏らせる者は漏らし、肉体の構造上それがかなわぬ者もそれぞれが所作でもって喜びの感情を表現する。


 ――勇者打倒!


 全ての魔人戦士たちは、その一事に向け一致団結していくのであった……。

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