Cパート

 恐るべき獣烈幽鬼が倒され……。

 大神殿前の広場に、静寂と平和が舞い戻る。


 それからしばらくの間は、勇者も、竜騎士たちも、大神殿に避難していた市民たちも、堂々たる戦いぶりと最期を見せた魔人将に追悼の念を送っていたが……。


 やがて、誰からともなく広場に向かって歩き出し、それは駆け足に変わり……。


 ――ワアッ!


 ……という、歓声が響いた。


「勇者様ー!」


「ありがとうございます!」


「先生、カッコイイー!」


 聖剣を携え立ち尽くす陽蝗ようこうの勇者を、人々が輪となって取り囲む。

 駆けつけたのは何も、大神殿に居た人々だけではない……。


 王都各地から勇者を助けるべく馳せ参じようとしていた男たちが、得物としていた品を捨て、感極まった様子で再び駆け出す。

 それは各地の避難場所で祈りを捧げていた女たちや子供らも同様であり、しばらくすると、新年初日の祭事でも見られぬほどの人出で大神殿前の広場はごった返すこととなったのである。


 気づけば、空を覆っていた黒雲こくうんは完全に消え去っており……。

 新たな勇者の姿にふさわしい陽の光が、広場へと降り注いでいた。


『ワーッハッハッハ! もっと讃えるがいいぞ!

 ワーッハッハッハ!」


「みなさん、落ち着いて……! 落ち着いてください……!」


 腰元で哄笑するドラグドライバーとは対照的に……。

 変換モーフィング能力で陽蝗ようこう剣を消し去ったホッパーは、やや興奮しすぎているきらいのある群衆にそう呼びかけていた。


「皆の者! 勇者殿は恐るべき魔人将らを倒し、疲れ果てておられる!

 ――感極まる様子は分かるが、ここは一度解散せよ!」


 自らの愛竜に騎乗し、騎士団長ヒルダらが上空から市民たちへそう呼びかけているが、それもさほどの効果をもたらさぬ。

 結局、サンライトホッパーは人々にもみくちゃにされ、まるで触れれば万病が治るとでも言わんばかりの様子で体を触られ、子供たちには握手を求められる有様となったのである。


 獣烈将と幽鬼将が合体することで生まれし強敵、獣烈幽鬼ラトルスカ……。

 これを一蹴した陽蝗ようこうの勇者にも、存外、弱点があったということなのやもしれぬ……。




--




「はっはっは! 人気があって結構じゃないか? 兄弟?

 せいぜい、子供たちにはサービスしといてやれよ? きっと、一生の思い出になるだろうからな」


 とうとう胴上げとかされ始めた兄弟――サンライトホッパーの様子を輝石きせきリブラから探りながら、俺は心底からの愉快さでそう虚空に呼びかけた。


 ザギ……。


 ラトラ……。


 ルスカ……。


 そして、これまでの戦いで散って行ったかわいい配下たち……。

 お前たちの犠牲は、献身は、無駄ではなかった。


 ――今ここに、身を結んだぞ!


 こうしてリブラと意識を共有すると、それがよく分かる。

 勇者にも、魔人王にも、単独では決して達し得ない境地……。

 全ての生命を生み出し、はぐくみ、照らし出す……。

 なんとも強大で、そして暖かな力が今、千年前に分かたれた俺の半身へと満ち満ちているのだ。


 興奮のあまりだろう……。

 我知らず存在変換の力が発現し、この身が純白の甲殻に覆われし改造人間――ホワイトホッパーへと変ずる!


「これで……」


 そして俺は立ち上がり、千年前から夢見続けていた悲願を口にしたのであった。


「――これで太陽をこの手にできる!」


 ――キー!


 ――キー!


 俺の興奮を嗅ぎつけたのだろう……。

 はけさせていたキルゴブリンたちの内、何人かがおずおずと玉座の間へ顔を覗かせていた。


「ハッ! そう心配しなさんな……ちょっと興奮しただけだ。

 だが、丁度いい! 全ての魔人族へ告げろ!

 ――これより、最後の戦いが幕を開けるとな!」


 我が忠実なる尖兵せんぺいたちが、訳の分からぬままに命令を実行するべく玉座の間から駆け出していく……。

 それを見送ると、俺はどかりと玉座へ腰を下ろした。


「そしてかの者、闇を照らし出し……。

 ――この世に平和をもたらす」


 地上で生くる者たちにとっては、伝承……あるいはおとぎ話とでも呼ぶべき一節だろう。

 だが、俺にとっては……。

 全ては、この時のために……。

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