Bパート 4

 あちこちで食べ物を盗んでは食べ……。

 野良猫を見かけてはケンカをふっかけ、縄張りを奪う……。

 子供にせがまれては、宙返りなどの曲芸を披露し……。

 かわいらしい女の子を見かけたら、気配もなく接近しそのスカートをめくった……。

 街中へ張り巡らされた下水道の中を移動するのも、もはやお手の物……。


「シャーシャッシャッシャッシャッシャ……」


 自らの働きぶりへ悦に入り、一人バカ笑いしながら巣へと這い上がった。

 改造人間テラースパイダー――本日の業務終了である。


「シュルシュルシュル……」


 大きく伸びをして、一日の労働で疲れた体をほぐす。

 そうした後、例によって盗んできた酒瓶の中身をあおるとなんとも言えぬ充足感が広がった。


「ゲッヘゲッヘゲッヘゲッヘ……」


 楽しかった。

 この世に生を受けてまだ三日しか経っていない。

 しかし、その三日間のなんと濃密で充実したことだろうか……!


 あちこちで扱われている食べ物は、どれもこれもが実に美味い!

 しかも、その種類ときたら多岐に渡り、まだまだ全てを制覇することはできそうもなかった。


 縄張りを追い出された猫が見せるくやしそうな顔の、なんと愉快なことであろうか!

 そうして奪った場所で楽しむ食事も、格別である。


 それにしても、この街で暮らす子供たちは実にちょろい。

 ちょっと言われた通りに体を動かしてやるだけで、きゃっきゃと笑いスパイダーを大いにもてはやしてくれるのだ。


 一番楽しいのは――スカートめくりである。

 薄い布に隠されたは、本来ならば簡単に見れそうでこれが実に難しい……!

 それを――音もなく近づき一気にめくり上げる!

 そうして露わとなったを拝むと、なんだかとてもイイ感じの気分になれるのであった。


「シャシャシャ……」


 自ら吐き出した糸でこさえたハンモックに揺られ、酒瓶をあおる。

 明日は一体、どんなことをして遊ぼうか……。

 そんなことを考えながら眠ろうとした、その時であった。


 ――ドオン!


 ……という、すさまじい音と衝撃とが、スパイダーの巣を襲ったのである。


「――シャ!?」


 これには、さしものスパイダーも飛び起きた。

 見ればおお――この巣を適切な暗さと湿度に保ってくれている外壁の、なんと無惨なことであろうか……!

 外から瞬間的に多大な衝撃を加えられたそれは、内側に向けて崩れ落ちていた。


「シャー……?」


 おっかなびっくりという足取りで、外壁の残がいへと近づく。

 床を見ればそこには、子供の背丈ほどもある長さの太く頑丈な杭が突き刺さっていたのである。

 おそらくは、これが外から飛来し壁を破壊したに違いない……。


「おお! 本当におったぞ!」


「――シャ!?」


 風通しの良くなった向こう側から響く女児のものとおぼしき声に、思わずそちらを見やる。

 雑草の生い茂る庭を挟み、こちらを睨んでいたのは物々しい格好の集団であった。


「まさか、本当にいるとは……」


 驚き……というよりあきれた声を漏らしているのは、街中でよく自分を追いかけ回していた連中と似た格好の美人である。

 だが、その身にただよう威圧感とスキの無さは、あの連中とはひと味もふた味も違うことを感じさせた。


「ふうむ、ワシは初めてこやつを目にするが……確かに、今までほふってきた魔人共とはどこか異なる。

 勇壮さも漂う理性的な雰囲気も比べるべくもないが、どこか……どこか主殿に似ておるわ」


 そう言ったのは、長い赤毛が特徴のかわいらしい少女である。

 髪と同じ色のドレスはスパイダーの目で見ても手がかかった代物であり、これまで街中で見かけてきたような子供の衣服とは一線を画す品であった。


「うん……なんか、魔人じゃ、ない……」


 うなずいたのは、他に見かけぬ肌と髪の色を持つ少女だ。

 この少女を忘れるスパイダーではない。

 初めてのスカートめくりを成功させ、その喜びに身を震わせていたあの時――この少女は、本当に人間なのかと疑いたくなるほどの剛力でもって彼を転落せしめたのである。


 今もまた、なんに使うものなのかは知らないが……あのでかい建物の各所で見かけられた大きな道具を、軽々と取り回していた。

 漂う雰囲気も、どこか彼を生み出した「父」と共通するところがあり、いかにスカートを身に着けていると言っても食指の動く相手ではない。


 そんなことを考えている時である。


 ――スパイダーの背筋を、冷たいものが走った。


 ぞっとするものを感じながら、両の複眼をこらす。

 果たして、スパイダーに生まれて初めての感情――恐怖心を抱かせたのは、馬上からこちらを見やる一人の少女であった。


 この少女についても、忘れるスパイダーではない。

 なんとなくやたらでかい建物の壁を這い回った末に巡り合い、電撃的閃きにより初のスカートめくりを果たした相手……。

 それこそが、この少女だ。

 かなうならば、もう一度スカートをめくりたい……!


 しかし、馬上に座す今の彼女は隣に立つ美人のものを簡略化させたような鎧姿であり、当然ながらスカートははいていない。

 何より、見も凍るような殺気を放つ双眸そうぼうを見れば、とても近づこうとは思えなかった。


「ふ……ふふ……やはりここに潜んでいましたか」


 うっすらと笑みを浮かべながら、桃色の髪を持つ少女がそうつぶやく。

 だが、その笑みが面白おかしさから生じているものでないことくらい、スパイダーにも察することができた。


「ヌイさん……」


 ゆらりとした動きで……桃色の少女が怪力少女のものだろう名を告げる。


「――殺せ」


 次に口から吐き出されたのは、誠にまっすぐな殺意を秘めた言葉であった。


「ん……」


 ヌイと呼ばれた少女が、手にした妙な道具の先端をこちらに向ける。

 いや、よくよく見やれば――これに取り付けられているのは巣の壁を破壊した杭!?


「――シャー!」


 スパイダーの反応は早かった。

 ただちにその場から跳躍し、撃ち放たれる杭を回避したのである。

 その勘は間違いではなく……。

 彼がいた場所を通過した杭は、そのまま巣の中に直撃しまたもこれを破壊したのだ。

 もう、この巣は使い物になるまい。


「シャシャ!」


 大事な巣を台無しにされては、さしものスパイダーも怒る。


 ――危害を加えるわけにはいかない!


 ――でも何か仕返しをしてから逃走したい!


 スパイダーの明晰めいせきな頭脳は、ただちに最適な解を導き出した!


「シュルルルルル……!」


 空中で身を捻り、大胆にも巣を破壊した集団の中に降り立つ。

 狙いは目の前に立つ赤毛少女の――スカート!

 せめてこれをめくり、イイ気分になってから逃亡するのだ!


「ゲッヘゲッヘ……」


「よい度胸じゃ……」


 自分の跳躍力に驚いたのだろう……。

 周りにいる鎧姿の男たちはやや動揺していたが、この少女は落ち着き払った声音こわねでそう言い放つ。

 そして次の瞬間――その身から爆圧的な光がほとばしったのだ!


「――シャ!?」


 驚くスパイダーを、横合いから強烈な衝撃が襲う!


「――シャー!?」


 吹き飛ばされながら、スパイダーは見た。

 少女が立っていた場所に現れたもの……それは、馬よりも大きな鋼鉄のハネトカゲである。

 自分は、その長くたくましい尾で横から殴られたのだ!


 ハネトカゲ自身は、たまにその背へ人間を乗せ自分を追いかけていたので知っている。

 だが、地上の遮蔽しゃへい物を駆使し簡単にまいていたあ奴らに比べれば、こいつは明らかに――強い!


「シュルシュルシュル……!」


 ――こんなの予想してない!


 テラースパイダーはともかく口からクモ糸を吐き出し、その場から逃走を開始したのである……。

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