Bパート 5

 ある生物同士が分かちがたい絆で結ばれるまでに、過ごした時間の長さなど関係ない。


 ――ブルルッ!


 この二日ですっかり惚れ抜いた主の背を見ながら、黒毛の馬は心配そうに鼻を鳴らした。


「フ……案ずるな」


 それに対し、黄光剣魔おうこうけんまは振り向きながらそう告げる。

 かようなスキを晒したのは、目の前に立つ敵手がこれを突くような姑息な男ではないと信頼し抜いているからこそであった。


「お前は矢の届かぬ所に避難し、我らの決着が付くのをゆるりと待っているがいい」


 ――ヒンッ!


 通じたのは言の葉か……あるいは思惟しいか。

 ザギの愛馬は了解したとばかりに短く鳴くと、すでに乱戦が形成されつつある戦場を縫うように駆け抜けて行ったのである。

 この走りの見事さならば、万が一にも流れ矢のたぐいへ当たることはあるまい……。


 そう見て取った剣魔は、満足げにうなずきながら再びホッパーへと向き直った。


「いい馬だな……貴様、どこで手に入れた?」


 こちらは変わらず竜翔機りゅうしょうきにまたがったままのホッパーが、気安くそう尋ねる。


「ふん……市場で安く買ったと言えば、信じるか?」


「ふ……」


 好敵手の冗談に、勇者は薄く笑うことで答えた。


 ――剣の鳴る音が!


 ――槍の振るわれる音が!


 ――矢の降り注ぐ音が!


 戦場の至る所で響き渡っていく……。

 しかし、これだけの騎士とキルゴブリンがぶつかり合っているというのに、両者の周囲だけは空白地帯のごとき静けさを保っていた。

 勇者と大将軍……彼らの決闘こそは、この戦場における唯一絶対の不可侵領域なのである。


 ザギが、得意としているのだろうかすみの構えを取った。

 全身を鎧と被膜に覆われ、更にその上を血流めいた二条の黄光おうこうが走るこの剣魔がそうすると、それは絵画のごとき美しさである。


 ――グオン!


 ――グオン! グオン! グオン!


 対するホッパーは、騎乗するローダーにいかな猛獣も及ばぬどう猛な音を鳴らさせた。

 これは威嚇いかくでも威圧でもなく、次なる攻撃に移るための準備である。

 もはや、言葉はいらず……。

 張り詰めた緊張感が、両者の間に漂った。


 先に仕掛けたのは――勇者!


「ローダー――――――――――」


『――――――――――ホイルスピンキック!』


 ホッパーの巧みな重心移動により、ローダーが前輪を用いたウィリー走行を開始する。

 そのまま自らの車体をコマと化し、後輪を用いた回転攻撃を加えた!


「――ぬん!」


 これをザギは、魔剣で切り払うことで回避する。

 しかし、この技はただの一撃で終わるものではない……。


 前輪から後輪へ……。

 後輪から前輪へ……。


 ウィリーに用いる車輪を次々と入れ替えながら回転し、残る車輪でザギに連撃を加えていくのだ!

 これはまるで……超極小規模の竜巻である!

 その回転速度たるや尋常なものではなく、それそのものも超高速回転しているローダーの車輪は、地上のいかなる刃物も及ばぬ切断力をともなってザギへ襲いかかっていくのだ!


「――ぬうおおおおおっ!?」


 これをザギは、ただひたすらに受け流し続ける!

 真っ向から打ち合っているわけではなく、手にした得物も魔人王から直々に下賜かしされし魔剣であるとはいえ、刃こぼれ一つ生じさせぬのは黄光剣魔おうこうけんまの名に恥じぬ絶技であると言えるだろう。


 しかもザギは、ただこれを耐えしのいでいるだけではない……。

 飾りとも角とも取れる形で格子状に結び合わさった黄光おうこうの奥……その両目は、勇者の猛攻をしのぎながらも回転のタイミングを正確に掴みつつあった。


 前輪から後輪へ……。

 後輪から……。


 ――今!


 技の性質上、どれだけ高速で回転しようとも必ず存在するスキを見誤らず、必殺の刺突を見舞わんとする!

 対する者のスキを見い出すその嗅覚は、野生を生きる狩猟生物にも劣らぬものであろう。

 しかし、野生生物にも負けぬ感覚を持つ者は、この場にもう一人――いや、もう一機存在したのだ!


『――甘いわっ!』


 ローダーが、変形し格納されていた首を瞬時に展開し、その口から火球を撃ち放つ!

 それは連撃の空白を突かんとし、結果として自らも守りを捨て去った剣魔の胸部へ見事に直撃した!


「――ぐうっ!?」


 こうなっては、刺突どころではない。

 踏み込みの勢いを殺され、たたらを不満とするザギに襲いかかるは――前輪による殴打!


「――ぐはっ!?」


 ローダーの機転による変形火球攻撃が間に挟まろうとも、これを操るホッパーの操縦手腕に一切の乱れも無し!

 ウィリー回転による勢いを余すことなく乗せた一撃は、直撃した黄光剣魔おうこうけんまを十数メートルも吹き飛ばした!


「ぐ……ううっ!?」


 それでも地に背を付けず、どうにか着地してみせたのはザギもさるもの……。

 しかし、生じたスキを逃す勇者ではない!


「ローダー――――――――――」


『――――――――――バーニング・ストーム!』


 主従最大の必殺技が、満足な構えを取れずにいる大将軍へ襲いかかる!


「うっ……おおおおおっ!?」


 ドラグローダーの口から放たれた無数の火球を、ザギは魔剣の腹を盾とすることでなんとか防ごうとするが……それで防ぎ切れる攻勢ではない!

 しかも、この連射は相手を束縛する意味合いが強く、その後に控えているのは最高速かつ最大威力の突撃チャージなのだ!


「――ぐあああああっ!?」


 ドラグローダーの体当たりを受け、盾にした魔剣ごと吹き飛ばされる!

 いかなザギと言えどこれはたまらず、タチアナ街道でその身を転げさせることとなった。


「ぬっ……ぐっ……!?」


 とはいえ、これは致命傷ではない……。

 激突の瞬間、わずかに身をよじることで真芯への直撃を避けたのだ。

 これまで戦った魔人ならば、確実に仕留め切れていたであろう攻撃……。

 これを耐え抜いたのは、さすが大将軍と呼ぶべきであった。


「くく……くくくく……」


 ホッパーの真っ赤な目に見据えられながら、ザギはゆらりと立ち上がり……そして哄笑こうしょうする。


「ハーッハッハッハ! 見事だ! ホッパー!

 ――貴様には、我が真の力を見せてやろう!」


 ザギが……深く腰を落とす。

 全身を巡る二筋の光がますます輝き、その身に宿る闇の魔力も充実して力強さを増していった……。

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