Bパート 3
屋根から屋根へ……。
樹上を自在に跳び回る肉食獣がごとき動きで、夜の街を駆け巡っていく。
この数日……。
王都の夜は、ずいぶんと様変わりしていた。
街のあちらこちらにかがり火が用意され、大幅に増員された夜番の騎士たちがたいまつを片手に、二人一組で縫い歩くように巡回しているのだ。
中でも最も目立つのが、走行音を響かせながら街中を疾走する勇者とその従者であろう。
奇妙な二輪の乗り物へと変じた鋼鉄竜は、両目から強烈な光を放ちつつ、主を乗せ圧倒的な速度で街路を駆け抜けていく。
――文字通り、目を光らせているぞ!
――魔人族! 来るなら来るがいい!
……そう宣言するように。
「――ふんっ」
その意気を、鼻で笑い飛ばす。
見え透いた挑発に乗ってやる義理など、どこに存在するというのか?
即座に対応を練り、警戒の目を増やしたことは褒めてやろう。
勇者の存在で狩り場が限定されてしまうのも、面倒と言えば面倒だ。
だが、それがどうした?
お前たち自身が丹念にこしらえたこの王都という狩り場は、あまりに広大で身を潜めるのに適した場所が多すぎる。
いかに人数を増やそうとも、限られた騎士たちの目でその全てをうかがうことなど到底不可能な話なのだ。
特に、話にならぬのが勇者の行動である。
幾人もの魔人戦士を葬ってきたその実力は、まごうことなく脅威であった。
しかし、それも遭遇してしまえばの話に過ぎぬ。
他に動く物はと言えば、せいぜいが巡回中の騎士たちという夜の街……。
そこをわざわざ、遠くからでも聞こえてくるような走行音を響かせながら動き回っているのだ。
迂回することも、隠れ潜むことも共に容易であった。
人間共の場当たり的な対策をせせら笑いながら、獲物を探し続ける。
騎士と勇者の巡回で行動に制限がかかることは、かえってこの行為を面白いものとしていた。
何事も、たやすく運び過ぎては面白みがない……。
適度な障害は、
「……む?」
愚かと言えば……。
獲物となるみすぼらしい者たちもまた、負けず劣らずの愚かさだ。
これも何か、人間たちが対策を講じたのであろう……。
夜間、まともな建物にも入らず、路地裏や打ち捨てられた廃墟などを寝床とする者たちの数は明らかに減っていた。
減っただけだ。
皆無となったわけではない。
己と似たような人間が殺されているらしいと、知ることもできぬほどの愚図なのか……。
あるいは、
それとも、時折自然界にも存在するなすがまま無抵抗に捕食される被捕食者がごとき心境なのか……。
それは分からぬ。
確かなのは、全てが己に都合よく運んでいるということだ。
まるで、お膳立てでもされているかのように……。
「…………………………」
跳び回っていた屋根の上から降り……。
初日の獲物と同じように、ズタボロの毛布へくるまるようにして寝息を立てる今夜の獲物へと近寄る。
――果たして、今回はどのように遊ぶのがいいか?
歩み寄りながら、
――邪魔な勇者や騎士は近くにいないようであるし、いっそ一度は逃がしてみるのも面白いやもしれぬ。
すぐに、妙案が思いついた。
――そして、どこぞへ逃げ延び、心から安堵したところへ降り立ち、再度の絶望を与えるのだ。
我が考えながらこれは、天才的ひらめきという他にない。
獲物が逃げている最中、適度にこちらの気配を感じさせながら追跡するのも遊びとして良い趣向であった。
ともあれ、まずはこちらの存在を認識させてからである。
「すぅー……すぅー……」
わざわざ足音を立ててやっているのに、気づかず眠りこけるとは……これまでで最も
そのせいで新たな試みが失敗に終わるのではないか、少々心配しながら毛布に手をかけたその時だ。
――シュッ!
……と。
鋭い音を立てながら、毛布の中から短槍が突き出されたのである。
この鋭さは、凡百な人間のそれではない。
人間の中でも生まれながらに光の魔力を持ち、身体を強化できる者の一撃だ!
「――グッ!?」
魔力で強化されているとはいえ、たかが人間の
とはいえ、その勢いに一歩、二歩と後退させられ結果とはなった。
「――今だ!」
毛布をはねのけながら、今の一撃を放った人間がそう叫ぶ。
毛布の中に隠れ潜んでいたのは……騎士装束の女だ。
それが短槍を片手に、なかなかの殺気を放ちながらこちらを睨み据えていたのである。
――罠か!?
そう気づいた時には、もう遅い。
「――グウオオッ!?」
人間ごときの短槍ごときとは、比べ物にならぬ強烈な一撃が左腕に直撃し、悲鳴を上げさせられることになったのだ。
「グッ……!?」
周囲を見回しても、この攻撃を仕掛けてきた者の姿は見えぬ。
ならば遠隔攻撃かと思うが、この傷を生み出した矢弾を認めることもできなかった。
「――チッ!」
とはいえ、この場に留まってはならぬ。
直感の導きに従い、すぐさま跳躍したのが功を奏した。
――バアンッ!
……と、破砕音が鳴り響き、先まで立っていた場所の地面が深く
判断が一瞬でも遅れていたら、もう一発あれを喰らうところだったわけだ。
「…………………………ッ!」
捨て台詞の一つも残さず、屋根から屋根へ跳び回りその場を立ち去る。
傷を負い血の流れる左腕が、痛みと怒りで燃え上がるような感覚に襲われながら……。
--
「逃がしたか……」
待機させてもらっていた、この辺りで一際大きい商家の屋根から別の屋根へ跳び移り……。
最後に、囮役を務めたヒルダさんの前に降り立ってから、おれはそうつぶやいた。
ギガントホッパーに変じたおれの手に握られているのは、ギガントバスターである。
強烈な威力を誇る空気砲であるが、さすがに一撃で仕留めるまではいかなかったわけだ。
「だが、手傷は与えた……見てくれ」
このわずかな時間で、手際よく
そこには、赤々とした血痕が残されていた。
「――とおっ!」
それを受けて、敵の逃げ去った屋根の上へと跳び移る。
そこにもまた血痕はあったが、しかし……。
「すぐに圧迫止血をしたのでしょう……血の跡で追跡するのは無理そうです」
ヒルダさんの下に戻り、変身解除しながらおれはそう報告した。
「そうか……二度、同じ手にかかることはないだろうな……」
ヒルダさんが、悔しそうにうめく。
「多くの騎士や、身代わりを乗せたレッカ殿を目立つように動かして敵の行動を制限し、あえて設けた探索網の隙間で、私や他の騎士たちが囮となって勇者殿に砲撃してもらう……。
せめて、我が槍が敵を刺し貫ければ……!」
「敵の勘働きが良かったというしかありません。もう少し逃げるのをためらっていたら、胴に直撃を当て押し切れていたでしょう……」
くやしがるヒルダさんだが、その気持ちはおれも同じだ。
ここは、己にそう言い聞かせるしかなかった。
「それにしても、やはり魔人だったか……私は暗闇でよく見えなかったが、勇者殿は?」
「いえ、変身したおれは夜目もききますが……遠距離から背中越しでしたので、やはり魔人であることくらいしか」
「そうか……」
ひとまずの現状確認を終え、ヒルダさんが考えを切り替えるようにかぶりを振る。
「ともかく、新たな手を考えるしかないな……」
戦うことを避け、逃げに徹した魔人族を、今後いかにして処するか……。
おれたちは、互いの眉間に深くしわを寄せることになったのである。
--
その頃……。
「――一時停止して、周囲を確認してから左折する!」
「――どんな時にでも、人が飛び出してくるかもしれないと意識する!」
「――『かもしれない』を、徹底する!」
『おーおー、だんだん様になってきたのう!』
ドラグローダーの上では、勇者の代役をおおせつかった騎士スタンレーが、『安全運転の心得』をつぶやきながらおっかなびっくりこれを運転し夜の街を駆けていた……。
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