Bパート 9

「さあ、肩の力を抜いてごらん……」


「は、はい!」


 まるで予防接種を受ける子供のように……。

 ぎゅっと目をつむり、リラックスするどころかますます肩をこわばらせてしまった男の子を微笑ましく見守る。

 もし変身していなかったのなら、おれはきっと苦笑を浮かべていたことだろう。


「では、いくぞ……っ」


 ルミナスロッドを構え、魔力を操作する。

 体内の輝石きせきリブラが働きかけたのか、それとも元となった聖杖せいじょう自身がそうしてくれたのかは分からぬ……。

 ともかく、このロッドは魔法と縁遠い地球人であるおれに合わせ、レバーアクションで各種の魔法が行使できる仕組みになっていた。

 だが、戦闘や治療ならばいざ知らず、ただ単純に魔力を放つだけならば、いちいちレバーを操らずとも実行することが可能である。


 その証拠に、おれが体内で練り上げた光の魔力は暖かな粒子となって顕現けんげんし、男の子へ降り注いでいったのだ。


 ――果たして、どうか?


 彼のみならず、儀式を遂行するおれまでもが若干の緊張を抱き様子を見守る。

 果たして、粒子は彼に吸い込まれることなく……その周囲をしばらく漂うと、淡雪のように消え去ってしまった。


「……残念だったな」


 そう声をかけてやると、しかし、男の子はニッと笑顔を形作る。


「ううん! しょうがないよ! それに、ホッパーに儀式をしてもらえたなんて一生の自慢になるもの!」


「そうか……そう言ってもらえたなら、良かった」


 おれのみならず、ティーナや他の高僧が担当していた子供たちも儀式を終え、控えていた親御さんのもとへ駆け去って行く。

 彼らの儀式終了をもって、日を改めて再度実施されたこの儀――魔力覚醒の儀式は全組がこれを終えたことになる。


「……ふう」


 何しろ、改造人間であるこのおれだ。

 体力には人並み以上の自身があるが、慣れないことをすればどうしても疲労を感じるものであった。

 変身を解き、肩のこりをほぐすようにぐるりと腕を回す。

 黄色から元の真紅へ戻ったマフラーが、それに合わせ軽くなびいた。


「お疲れ様です。ショウ様」


 高僧たちとの打ち合わせもそこそこに、ティーナがこちらへ歩み寄ってくる。

 どうも、おれがブロンズ像と化している間にずいぶんと無理をさせてしまったみたいでしばらく寝込んでいた彼女だが、今はすっかり血色も良くなっていた。


「いや、このくらいはどうということもないさ。

 それにしても、こんな大役を仰せつかって良かったのか? おれは別に神殿で修行を積んだ身ではないのだが……」


「何をおっしゃるのですか? ショウ様は今や、聖杖せいじょうと一体となった身……。

 御身おんみに務まらぬと言うのでしたら、他の誰に務まりましょう」


 ぐっと両拳を握りしめながら力説するティーナに、今度こそ苦笑いを浮かべる。


聖杖せいじょうか……」


 呟きながら手元を見やるが、そこにルミナスロッドの姿はない。

 一体、何がどうしてそうなったのか正確なところは分からないが……。

 どうもロッドは、おれがルミナスホッパーへ変身した時のみその姿を現すようだった。


 ついでに述べておくと、魔力を操れるのもルミナスになってる時のみである。

 ティーナや高僧は別に道具を使わずとも術が扱えるのを考えるに、やはり俺の魔法はロッドの補助あってこそのものなのだろう。

 所詮しょせん、裏口入学は裏口入学に過ぎぬということだ。


「それにしても……」


「うん?」


 言い淀むティーナに、話の先を促す。


「いえ、結局今回も、最後の最後はショウ様へ頼る結果になってしまったと思いまして……」


「それを言ったら、ティーナの力が無ければおれは復活できなかったし、おれが不在の間、騎士の皆ががんばってくれたからこそ人々への被害は未然に防げた」


 おれはティーナの瞳を真っ直ぐに見据え、続ける。


「おれ一人でできることなど、限りがある。誰が欠けていても、今回の勝利はありえなかっただろう……。

 言ってしまえば、立ち向かう意思を持つ人々全てが勇者なんだ」


「全ての人々が、勇者ですか……?」


「そうだ。

 ティーナ、君も勇者だし、騎士の皆も勇者だ」


「わたしも勇者ですか……。

 そうですね。きっと始祖様は聖杖せいじょうを通じて、そのことをわたしたちに伝えたかったのでしょう……」


 そっと目を逸らしながら、ティーナがそうつぶやく。

 何やら頬が少し赤くなっている辺り、平気そうに見えても疲れが出ているのかもしれない。


「と、ところでですよ。

 あの女魔人……本当に逃がしてしまって良かったのですか?」


「そのことか……」


 ティーナがこれを問いかけたのは、至極当然のことだろう。

 実際、あの場にいた騎士の中にはおれへ非難の眼差しを向けていた者もいる。

 それは仕方のないことだし、彼らを指して間違っているなどと言う資格は誰にもない。

 だが、おれはどうしてもあの魔人へトドメを刺すことができなかったのだ。


 儀式を終え、親御さんたちと触れ合う子供たちを見やる。


「ティーナ、おれは信じているんだ」


「信じている、ですか?」


「そうだ……」


 おれは深くうなずきながら、話を続けた。




--




「――全ての命は、生まれた時には善なのだ。

 ……だろう、兄弟? その通りだぜ」


 魔城ガーデムの玉座……。

 そこに実体なき体で収まり、声ならぬ声を発して俺は同意の意を示した。


 千年前のかつてには、分からなかったことだ。

 だが、今なら分かる。

 和泉イズミショウという善悪を量る天秤リブラと共に、秘密結社コブラと戦い抜いた今なら、な……。


「そしてかの者闇を照らし出し、この世に平和をもたらす……。

 今回また一つ、その予言に近づいたな。

 楽しみだぜ、兄弟。その時が訪れるのが、な……」


 目をつむり、再び意識を同調シンクロさせていく……。

 今はただ、この勇者たちがつむぐ物語を楽しむばかりだ。

 だが、俺が同じ舞台に上がる日は、きっと近い……。

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