Bパート 5

 それが起こったのは、おれと聖竜との話題が魔法へ移った時だった。


「――何? お主の世界には魔法がないじゃと?

 それは嘘じゃろー!?

 だってお主、使っておったではないか?」


「いや、あれはさっきも説明した科学による力だ。

 おれの全身は生体強化部品というものに置き換えられていてな。加えて、バッタの細胞……まあ体の一部みたいなものだ。これも移植されている。

 普段でも十分人間離れした能力を発揮できるが、同じく体内に埋め込まれた輝石きせきリブラの力を解放すると、変身しブラックホッパーになるんだ」


「それじゃ、その輝石きせきとやらの力こそ魔法じゃよ」


「……何?」


 その言葉に興味を引かれ、聖竜の顔をのぞき込む。

 聖竜は興奮したのか顔を赤らめると、自分の考えを語り始めた。


「よいか? お主を変身させるあの力は、まぎれもなく存在変換の魔法……あらゆる魔法の原点にして頂点と呼べるものじゃ。

 何しろ、常日頃からその力を使っているワシが言うのじゃ。間違いはなかろうよ」


「ふむ……」


 一笑に付すのは簡単であったが、彼女の言葉には深い自信と確信が宿っている。

 そもそもからして、おれを改造しこれを埋め込んだコブラの科学者たちにすらリブラの全容は解明できていなかったのだ。

 奪った資料から分かっているのは、地球上には存在しない物質であること。

 そして、その組成が理論上あの宇宙では成立し得ないこと。

 最後に、物質を変換モーフィングさせる力があること。

 ……この三つだけである。


 コブラの科学者たちは変換モーフィング能力の一部だけをどうにか再現することに成功し、数多あまたの改造人間を生み出していた。

 そして世界征服計画の大詰めとして、直接リブラを埋め込んだ改造人間――ブラックホッパーを生み出し、おれの戦いが始まったのだ。


 そのことを踏まえるならば、コブラの超科学力ですら解明しきれなかった力の正体が魔法であると言われても、否定することができない。

 何よりも、彼女が竜の姿になる時、確かにリブラが呼応したのをおれは感じていたのである。


「おれの変身……その正体が魔法か……。

 考えたことはなかったが、あるいはそういうこともあるのだろうか……?」


「間違いないとも!

 それにしても驚くのは、異界から来た者にその力が宿っていることじゃ!

 さっきも言った通り、存在変換はあらゆる魔法の頂点!

 使えるのは光の魔力を持つ生物の頂点たるワシを除けば、同じく闇の魔力を持つ生物の頂点たる魔人王のみのはずじゃからのう」


「君とおそろいなのは望むところだが、魔人王とやらとまで同じなのはあまり嬉しくはないな……」


「の、望むところじゃと!?

 そ、そうか……そうか……」


 何やらそっぽを向く聖竜をよそに、おれも少々考え込む。

 この力が魔法……ならば、おれも努力と修行次第でティーナのような力を使うことも可能なのだろうか……?


 何かが風を裂く音と、何かが肉を貫く不吉な音が響いたのはその時だ。


「う……」


 聖竜が、突然うずくまる。

 そのお腹には、一本の細長い矢が突き刺さっていた。


「――ッ!?

 変ンンンンン――――――――――身ッ!」


 状況を理解するよりも先に、体が動いた。

 最速で変身動作を繰り出し、この身をブラックホッパーへと変ずる。

 同時に力強く地を蹴り、矢が飛来したと思しき方角へ向けて跳躍した。

 果たして、五〇〇メートルほど距離を置いた茂みの中に――そやつらは隠れていたのである。


 ――キー!?


 耳障りな驚愕の声を上げたのは、数体のキルゴブリンだ。

 だが、先日戦った連中とは雰囲気が違う。

 洗練された技術を持つ者に特有の、張り詰めた空気を身にまとっているのだ。

 その証拠が、リーダー格と思わしき個体の手にしている弓矢である。

 いかなる素材を用いているのかは不明だが、竜騎士の手にする複合弓と比べてもそん色ない出来であり、先日の奴らが手にしていた粗雑な鍛冶仕事の得物とは隔絶したものがあった。


 ――狙撃に特化した訓練を受けた、精兵か!?


 そんな推測が脳裏をよぎる。

 おれと同様に夜目が効くのかもしれないが、それにしても五〇〇メートルほどの距離を置き、障害物も多い森の中で初撃を命中させているのだ。

 キルゴブリンの中でも虎の子と呼ぶべき、上位の存在であることは疑いようもない。

 狙撃手の護衛が役割なのだろう……驚愕しながらも、前衛のキルゴブリンが得物を抜き放つ。

 だが……いちいち相手取るつもりはない!


「ホッパアアアァ――――――――――チョオォップ!」


 必殺の手刀を横なぎに振り抜く。

 そこから発生した真空波と衝撃波はキルゴブリンらをまとめてなぎ払い、一撃でこれを爆散させた。


 ――キー!?


 断末魔の声には構わず、地面に散らばった弓手の所持品を素早くあらためる。

 弓矢は出来こそ良いものの尋常なそれに過ぎない。

 だが、同時に地面へ落ちた小ビン……その中身が問題であった。

 コールタールのようにも見えるドロドロの黒い粘液……これは!?


「ドルドネスの毒液か!?

 ――くっ!?」


 再び跳躍し、聖竜のもとへ戻る。

 聖竜は……力なく地面にくずおれ、浅い息を吐いていた。


「しっかりしろ!」


 変身を解除するいとまもなく、彼女を抱き支える。

 短時間とはいえ、変身したおれを行動不能に追い込んだほどの猛毒だ。

 これを浴びた献花のように、その身を腐食されていないだけでも奇跡であると思えた。

 だが……、


「ワ、ワシは……死ぬんじゃな」


 聖竜という種族の生命力も、毒液魔人の生み出した猛毒には抗いがたいのか……その顔には色濃く死相が出ている。


「…………………………」


「喋るなとも、大丈夫だとも言わぬか。

 ふ、ふふ……正直者じゃのう? お主は。

 それでこそ、勇者にふさわしい……。

 『そしてかの者闇を照らし出し、この世に平和をもたらす』……祖母様から伝えられている予言の言葉、お主ならきっと果たせるだろうよ」


「……ああ、必ず果たす」


「ワシも、ワシもその力になりたいと、今思っていたのじゃが、な……。

 なあ、勇者よ? 最期に一つ頼みがある」


「なんだ?」


「ワシに……名をくれぬか?

 それをもって、主従の誓いとしたい。

 お主はああ言ってくれたが、ワシはお主と共に戦いたいと思った。

 それがお主の抱いたというそれにも負けぬ、ワシの夢じゃ。

 だから……」


「分かった」


 もう彼女の瞳は焦点が定まっておらず、おれではないおれを見ているかのようだ。

 その手を強く握り、わずかに考える。

 あの夜、竜の姿で彼女が吐いた炎……あれはまさしく烈火のごときものであった。

 ならば……。


「――レッカ。

 君の名はレッカだ」


「レッカ……そうか……それがワシの名か……。

 ふふ……最期に……うれしか……」


 聖竜の……レッカの体からどんどん生命の灯が失われてゆく。

 何も出来ず、ただこれを見送るしかないと思われたその時である。


「ぐうっ!? うう……おお……!?」


「うっ!? 何!? うあ……ああ……!?」


 突如としておれの体内に存在する輝石きせきリブラが激しく脈動し、これまでにない――変身する時ですら感じられぬほどの強大な力を生み出す。

 どうやら、レッカの体内でも何らかの反応が起こっているらしく、今まさにこうとしていた体を激しくもだえさせていた。

 やがて、おれとレッカの全身から変身する時と同様の爆圧的な光が溢れ出し……。


 ――その時、不思議なことが起こった。

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