第二十章・大迷宮攻略

新年の予定

 12月も最終日になり、間もなく新たな年を迎えると同時に、長女のサキが1歳を迎える。

 俺がヘリオスオーブに来て3年半ぐらいになるが、今年は一番激動の年だったなぁ。

 サキ、アスマ、ツバキ、ミズキっていう4人の子持ちにもなったし、聖母竜マザー・ドラゴンガイア様の予知夢も今年だった。

 アバリシアの侵攻や神帝の正体ももちろんだが、何より驚いたのがその予知夢のヒューマンっていうのが、まさか俺の父さんと母さんだったなんて、夢にも思わなかったからな。

 とはいえ、その後は比較的平和に過ごせたが。


「いや、今年だけで7匹も終焉種が討伐されてんのに、平和ってのはねえだろ」

「普通はあり得ない、どころか討伐不可能って言われてましたしねぇ」


 冷静にツッコんでくるエドとラウスだが、言われて確かに平和じゃないと思いなおした。

 今年討伐された終焉種は、ニーズヘッグ、コボルト・エンペラー、ケートス、ズラトロク、ウロボロス、フェニックス、そしてスレイプニルの7匹。

 1年で7匹の終焉種討伐って、普通にあり得ない数だな。

 だがまだ、あと数匹進化してるのがいるって話だし、進化しそうなのも同数ぐらいいたはずだから厄介だ。


「そうは言っても、それ以外じゃ平和だったのは間違いないよ。サツキも生まれたしね」

「あたしもラウスと婚約して、ここに住むことになったしね」


 マリーナとアウローラ様の言う通りでもあるか。

 特にアウローラ様は、正式にラウスとの婚約が公表されて、本人が言うようにラウス達の住居となっている金鯱殿に住むようになり、フリューゲル獣公城の私室にはゲート・ストーンも設置済みだ。

 とはいえ、公表してるのは婚約したことだけで、ラウス達のレベルは非公開のままだが。


「それは確かにそうだけど、それもあってなのか学園で何度か面倒ごとがあったって聞いたけど?」

「ありましたねぇ……」

「面倒というか、ラウスさんのライセンスを公開すれば解決する問題ではあるんですけどね」


 プリムが口にしたように、学園では月に数度の頻度で問題が起きる。

 だがその大半は、ラウス関係だったりもする。

 秋に行われた魔物討伐実習以降、学園外での実習は行われていない。

 年明けに一度行う予定ではあるが、そのために予定地になっているメモリアの西にある森を、徹底的に調査しているところだ。

 だがその秋の実習で、ラウスが単独でゴブリン・クイーンを倒してしまった姿を目撃したハンター学生達が、どうにかしてラウスのライセンスを見ようとしたり、ハンター関係以外の授業を軽視したていたりと、目に余る行為が目立ち始めてきた。

 前者も問題ではあるが、既にマナー違反者として他の学生からも距離を取られているし、後者に至っては非常勤講師としてヒーラーの授業を担当している真子さんが、一度呼び出して直接注意までしているぐらいだからな。


「だから今度、俺がハンター授業の一環で戦闘訓練を受け持って、その折に希望者全員と模擬戦するし、その後でライセンスを公開することになってるだろ?」

「とはいえ、それで万事解決とも思えないけどね。逆にラウス君に対する嫉妬が凄いことになりそうだし」

「ああ、それはありそうね」


 確かに真子さんとマナの言う懸念事項はあるが、それでもラウス相手に何ができる訳でもないし、問題を起こしたらそれを理由に退学にすればいいだけだ。

 初年度からそれはどうなのかとも思うが、初年度だからこそ毅然とした対応が必要になる。

 まあ、エンシェントクラスに直接手を出すのは自殺行為でしかないから、やるとしても周囲にってことになるだろうが。


「王族に手を出したら、さすがに退学程度じゃ済まないですよね?」

「軽くても犯罪奴隷でしょうね。だから一番危ないのはレイナになるわ」

「まあ、そのレイナもレベル42だし、近接戦の訓練も積んでるから、逃げるぐらいは大丈夫でしょう」

「ゲート・クリスタルもあるしな。レイナ、何度も言ってるけど、いざとなったら使用を躊躇うなよ?」

「は~い!」


 アウローラ様をはじめとした王族は専属バトラーを雇っているし、フィレもセラスの侍女として学園に同行してるから、狙われる可能性が無いとは言えない。

 だがさすがに王族のバトラーに手を出すのはマズいってわかってるだろうから、そっちの点から見ても、一番危ないのはレイナだ。

 だからレイナには、ウェストポーチ型のストレージバッグを持たせてあるし、その中にはレイナの天球儀グリフィスライト・スターやゲート・クリスタル、他にもいくつか防犯用の魔導具を持たせてある。

 特に実姉のフィーナが、率先して用意してたな。

 まあレイナだけじゃなく、セラスもレベル40になってるし、いつ進化してもおかしくないんだが。


 戦争や迷宮ダンジョンの調査に加え、父さんや母さんに稽古をつけてもらったこともあって、みんなレベルもギルドランクも上がってるんだが、今までに比べると控えめだ。

 プリムやマナ、リカさんにフラム、そしてフィーナが妊娠中だったこともあって、みんな派手な狩りは控えてたからな。


「そのレイナのことだけどよ、もし手を出したりなんかしたら、ラウスはもちろんだが、大和も出張るだろ?同じユニオンなんだからな。そいつら、そのこと知らねえのか?」

「公表してないからな。知ってる人は知ってるし教師ももちろんなんだが、学園内じゃ黙ってもらってるし、メモリアのギルドにもだ。ラウス達の入学は直前まで黙ってたから、それもあって学生達の中で知ってるのは王族関係と、あとは貴族の子が少しってとこじゃないか?」


 ラウス達は王族の護衛として入学してるから、当然のごとく王族の方々は知っている。

 だが護衛だから、いちいち名前とかは公開していない。

 それもあって、入学前に情報を仕入れていた貴族はいなかったようだし、ハンターやトレーダーも同様だった。

 もちろん王族の護衛についてる以上は優秀だろうから、今は無理でも卒業後に引き抜きをと考えてる貴族はいるだろうし、逆に良からぬことを考えてる輩もいるかもしれないから、護衛の素性を調べた所もあるかもしれない。

 となると、ラウス達が最低でもハイクラスに、もしかしたらエンシェントクラスに進化してるってことは、知っている貴族がいてもおかしくはないってことになる。

 エンシェントクラスかもしれない相手にケンカを売るなんて自殺行為でしかないし、何よりラウス達が俺達と同じユニオンだってことを知ってしまえば、王族に手を出すなんて馬鹿な真似は絶対にしないだろう。

 自分で言うのもなんだが、多くの終焉種討伐の実績にヘリオスオーブ初のエレメントクラス、さらにヘリオスオーブ最高レベル更新者、トドメとして天帝位継承権を有する天爵だからな。


「ああ、なるほど。つまり大和さんの報復が怖いから、ラウス君達の素性を知った貴族とかがいても、積極的に広めようとは思わないワケですか」

「そういうことになるな」


 余程のことがなきゃ、カメリアの言うような報復行動はしないが、やらかしそうな輩はその余程の事をしそうだっていうのも事実だから、俺の名前が抑止力になるっていうなら、それぐらいはかまわないとも思う。

 まあ、さすがに噂にはなってるけどな。

 秋に行った魔物討伐実習で、ラウスがゴブリン・クイーンを単独討伐したって話も、噂レベルだが流れてるし。


「その噂ですけど、彼らは目の前で見ていたにも関わらず、まぐれだって思ってるんですよね?」

「俺は詳しくないけど、そんな感じだったかな」

「まぐれどころか完全な不意打ちだったから、陰でラウス君のことを卑怯者扱いしてるわね。あれでいいなら、自分達も討伐できるって考えてるわ」

「前にも言ってましたけど、本当に先がありませんね……」


 リディアもミーナも呆れてるけど、俺も心からそう思う。

 相手がゴブリン・クイーンであっても、ノーマルクラスどころかハイクラスの不意打ちが完璧に決まったとしても、一撃で倒すなんてことは不可能だ。

 むしろ大ダメージを与えたとしても、反撃で致命傷を食らうのが目に見えている。

 実際ノーマルクラスオンリーでゴブリン・クイーンの討伐を成功させた際は、ゴブリン・クイーンに攻撃した多くのハンターやリッターが命を落とすか再起不能に近い重傷を負ったらしい。

 にも関わらず、あいつらは自分達ならできるっていう根拠のない自信を持ち、自分達に都合の良い話しか信じていない。

 MARSを使っても認識は変わってないから、ハンターとして大成するのは間違いなく不可能だし、遅くても10年以内に命を落とすだろう。

 そういったハンターを減らすための総合学園でもあるのに、初年度から主旨を理解してくれない学生がいたのは、俺としてもショックだけどな。


「そいつらのことはそれでいいとして、だ。大和、いくつかの迷宮ダンジョンの攻略を打診されてるだろ?そっちはどうすんだ?」


 フィールに住んでいたエドやマリーナ、フィーナ、そしてミーナは、3年前はレティセンシアのハンターに迷惑を掛けられていたこともあって、そういった問題行為を起こすハンターに対する態度は冷たい。

 生活どころか命の危険すらあった訳だから、それも当然の話だが。

 だから今もエドは、そいつらに対する関心は無い。

 それよりも俺に打診されている、いくつかの迷宮ダンジョン攻略の方が気になるみたいだ。


「プリムとフラムのリハビリが終わって余裕があったら、攻略に行こうと思ってるよ。ただ子供達のことや仕事もあるから、全員でっていうのは難しいかもしれない」

「連れて行くってのは?」

「低階層ならともかく、深層に連れて行くのはどうかと思ってなぁ」


 俺達に攻略を打診されている迷宮ダンジョンは、クラテル迷宮、ガグン迷宮、バリエ迷宮の3つだ。

 他にも未攻略の迷宮ダンジョンはあるんだが、この3つは難易度が高いと予想されているため、万が一迷宮氾濫を起こした場合、とんでもない被害をもたらす可能性が高い。

 実際ガグン迷宮は氾濫を起こしたし、バリエ迷宮もレティセンシア地方にある攻略済みの迷宮ダンジョンと同時に氾濫を起こしたと推測されている。

 クラテル迷宮は生まれてからまだ2年程だし、中に入っているハンターも多いから、簡単に氾濫を起こすことはないと思うが、それでも現在確認されている迷宮ダンジョンの中では最難関と言っても過言じゃないから、万が一の可能性あっても潰しておきたい。


 だから早く攻略に行きたいんだが、最近の俺達は貴族としての仕事も増えてきているし、ギルドからも俺達に指名依頼が来ることが増えている。

 そして何より、まだ1歳にもなっていない4人の子達がいるから、予定をずらして攻略を優先するにしても、全員で行くっていう選択肢は取り辛い。

 サキとアスマはクラテル迷宮に連れて行ったことがあるが、それは父さんと母さんが日本に帰る前に、せめてもの思い出作りにと思ってだし、第4階層までしか行ってない。


「いや、生まれたばっかの赤ちゃんを迷宮ダンジョンに連れて行くなんて、普通にあり得ないからね?」

「しかもヘリオスオーブ最難関に認定されたクラテル迷宮の、ある意味最大の関門になってる第4階層に連れて行くなんて、普通のハンターなら考えもしないと思いますよ?」


 マリーナとカメリアのツッコミに、俺達は思わず視線を逸らした。

 高難易度のクラテル迷宮といえど、第4階層程度までなら何の問題もないと思ってたし、何より父さん母さんとの最後の旅行でもあるってことで、実はそっちは二の次だった。

 絶対に守れるっていう自信もあったしな。

 だけどツッコまれて初めて、普通ならあり得ない異常行動だってことに気が付いた。

 そうだよ、どこのバカが、生まれたばっかりの赤ん坊を、最高難易度の迷宮ダンジョンに連れて行くんだよって話だよ。

 自信があるとかっていう話じゃなく、普通に世間一般の常識じゃないか。


「それは今更だけど、放置しておくにはリスクが高いのも事実だから、私達が攻略に行くとしたら、子供達も連れて行くしかないわよ?」

「大和が気付いてなかったとは思わなかったけどね。だけど現状じゃ氾濫の可能性が低いとはいえ、可能性はゼロじゃないんだから、特にクラテル迷宮は早期に攻略しておく必要があるわ。だから非常識であっても、子供達を連れて行くのも止む無しね」


 軽くショックを受けていた俺だが、真子さんもマナも動じていない。

 いや、俺も迷宮ダンジョン攻略、特にクラテル迷宮は早く攻略しとくべきだと思ってるよ?

 だけどマジで、子連れで行くつもりなのか?

 既にやっといてなんだが、子供を連れて行くってのは、俺としては二の足を踏むんだが?


 だけど子供達を置いていく場合、世話はバトラーとフィーナに頼むことになるし、夜泣きとかもあるから、すげえ迷惑を掛けることになる。

 それならバトラーも何人か同行してもらって、最速で攻略した方がいいような気もする。

 どうするべきかは、もっとじっくりと考えた方がいいか。


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 次回より3日置き更新とさせて頂きます。

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