育児の意識の差

Side・真子


 スカラーズギルド・アレグリア本部にMARSを設置して獣王城に戻ってみると、何やらみんな深刻そうな顔をしていた。

 何があったのか気になるけど、別に緊急事態が起きたっていう雰囲気じゃなさそうね。

 もし緊急事態だったら、私達にも報せが来るはずだし。

 なんにしても緊急じゃないなら、後で聞けばいいか。


「無事に設置が完了し、動作確認も問題なしか。感謝するぞ」

「いえ、無事に設置できて安心しています。残り2つは春の予定ですから、それまでは大変かと思いますが」

「MINERVAの建造次第ゆえに、仕方あるまい。ヘッド・スカラーズマスターにも、しばらくは無茶な予約は受けないよう通達しておく」


 魔物の研究をしているスカラーにとって、MARSは安全に、それでいて正確に調査が行えるから、すごく人気が高いのよね。

 だからメモリアでも順番待ちで、人によっては半年とか1年先って話だったわ。

 数を増やしてくれっていう嘆願は常にスカラーズギルドに上がってるんだけど、希少どころか幻とさえ呼ばれているような素材を多く使ってるから、私達でも増産は難しいし、今のところメモリアとフロート、三王国の国都、それからフレイドランシア天爵領(予定)にしか設置するつもりはないから、そっちは諦めてとしか言えない。

 もう少しコストが落とせるようなら三公国への設置も考えるんだけど、今より性能を良くするなら逆にコストが跳ね上がりそうだから、こっちも見送ってるしね。


「それでは陛下、本日はこれで失礼致します」

「うむ。諸君らには無用な気遣いと思うが、気を付けてな」

「とんでもありません、ありがとうございます」


 諸注意なんかも説明してから、私達は獣王城を去ることにした。

 気を遣っていただけると、大丈夫だとわかっていても嬉しいわよね。

 私達には少々のことは危険でも何でもないし、そこいらのチンピラが襲ってきても、返り討ちどころか気付かないこともないワケじゃないから。


 だけど毎回絡まれたりするワケじゃないし、今回だって公式訪問ってことでフレイドランシア天爵家の獣車を使ってるから、絡んでくるようなバカはさすがにいない。

 だから私達は何事もなくグラシオンを出て、すぐさまアルカに転移した。

 いつもなら適当に狩りをして帰るところなんだけど、最近の大和君は用事が済んだらすぐに帰ってくる。

 その理由は……。


「あ、おかえり。ご飯食べたらサキをお風呂に入れるんだけど、大和も一緒に入る?」

「入る!」


 これが原因だったりする。


 生後1ヶ月を過ぎたサキちゃんは、先日お風呂デビューの日を迎えた。

 本当は首が座るまでは赤ちゃん用のバスタブで、しっかりと支えながら体を洗ってあげるべきなんだけど、アルカの日ノ本屋敷のお風呂は湯殿をはじめとして温泉風のお風呂しかない。

 一応ベビーバスっていう赤ちゃん用のお風呂も作ってあるんだけど、せっかくなら一緒に入りたいっていう大和君やマナ様の気持ちもわかる。

 だからキラー・ホエールの皮を加工して水に浮くようにして、その中にサキちゃんを浸からせてしっかり支え、そのベビーバスを抱くようにして一緒にお風呂に入れるように頑張って考えてみたの。

 だから大和君もマナ様も喜んでくれてるわ。

 首が座ればベビーバスから出すこともできるから、使うのはそれまでかしらね。


「マナ様、サキちゃんは一度預かりますね」

「お願いね、リディア」


 晩ご飯を食べ終わってから、私達大和君のお嫁さんと婚約者達は全員で本殿5階の露天風呂に向かった。

 先客がいたら大和君は湯殿に入れないし、何より湯殿はスーパー銭湯みたいな設備だから、さすがに生まれたばかりの赤ちゃんを連れて行くのは憚られる。

 本殿5階の露天風呂も温泉風なんだけど、こっちはそれしかないし、何より私達以外で来るのは大和君のお妾さんぐらいだから、問題も起こらないしね。


 その露天風呂では、先に準備を整えて服も脱いでいたリディアが、マナ様からサキちゃんを預かって温泉に向かった。

 ミーナもベビーバスを用意してくれていて、少したどたどしい手付きでサキちゃんを浸からせ、念動魔法でしっかりと支えながら温泉に入れる。

 丁度そこまでできたところで、大和君とマナ様、ヒルデ様が服を脱いで温泉にやってきた。


「ありがとう、リディア、ミーナ」

「任せちゃって悪いな」

「自分の時の良い練習になりますから」


 サキちゃんは長女で長子だから、誰もが初めてのことになる。

 こればっかりは仕方ないし、私も自分が赤ちゃんを産んだ時のための予行にさせてもらってるぐらい。

 もちろんだからと言って、サキちゃんのことを蔑ろにするつもりはないし、お世話に手を抜くつもりもない。

 長子だから初めてのことばかりだし、どうしても手探りになりがちだけど、サキちゃんにとっては関係ない話だから。

 そんな理由で子育てを疎かにしたり練習台みたいな扱いをしたりしたら、将来グレちゃったりするかもしれないからね。

 サキちゃんは次期ラピスラズライト天爵でもあるけど、そんなことよりも素直で優しい子に育ってもらいたいもの。


「子育てって、思ってたよりずっと大変だよね。夜泣きも凄いけど、お風呂入れるだけでもこんな苦労するなんて思わなかったよ」

「同感。だけど可愛いし、顔を見たら1日の疲れも吹っ飛ぶ気がするよ。実際、大和なんてそうだしね」


 アテナとルディアの言いたいこともわかる。

 普段サキちゃんはマナ様の部屋で、マナ様と一緒に寝てるんだけど、マナ様は出産されるまで狩りばかりか行為も禁止されていた。

 本人も大和君も出産するまではって思ってたんだけど、ある意味じゃ出産後の方が大変だし、夜泣きとかで真夜中でも起こされてばかりだから、とてもじゃないけどそんな余裕はない。

 さすがにそれは気の毒だし、いずれは私達も経験することになるから、週に1,2回は次の日に予定のない人が数人でサキちゃんを預かって、マナ様は本殿4階の主寝室に行ってもらうことにしているの。

 毎日子育ては大変だし、それで育児ノイローゼになる人もいるぐらいだから、そこはしっかりとケアしないといけない。

 奥さんが多いと、こういった手段が使えるのがありがたいわね。


「夜泣き、思ってたより大変よね。真夜中に突然泣かれると、どうしたらいいのか分からないもの」

「本当ですね」

「ミルクだったりおむつだったり、色々あるもんねぇ」

「言っとくけど、この時期はまだマシよ?夜泣きが激しくなるのは、だいたい生後半年から1年ちょっとだからね」

「え?マジで?」

「マジよ」


 夜泣きは確かに大変だけど、これからさらに激しくなるのよね。

 しかも夜泣きの原因は、ミルクやおむつ以外は分かっていないし。

 不快感を感じても赤ちゃんは喋れないから、それを報せるためにって言われてるけど、詳しくは分かってないの。

 泣くことと眠ることが仕事って言われてるぐらいだし、仕方ないことなのかもしれないけど、親にとっては育児ノイローゼにもなりかねないから、ただ可愛いだけじゃないのが大変だわ。


「子育ては大変だって聞いてたけど、マジでそうなんだな」

「大和君は末っ子だし、年下の幼馴染もいないって言ってたわよね」

「そうなんですよね。又従兄のとこに赤ちゃんが生まれるってところで、俺はヘリオスオーブに来ちゃったし」


 大和君は3人兄弟の末っ子で、上にお兄さんとお姉さんがいるって聞いているし、親戚や家族付き合いしている両親の友人達のところも、大和君より年上ばかり。

 その人達のことは私も知ってるけど、幸せそうに暮らしてるようで何よりだわ。

 あと大和君の又従兄っていったらあの子しか思い浮かばないんだけど、私が行方不明になったのは地球の暦だと20年以上前の話になるから、確かに結婚しててもおかしくないか。


「今夜は私とルディアがサキちゃんを預かりますけど、アテナはどうする?」

「ボクも行くよ。生まれてくる子ってドラゴニアンとは限らないからね」


 今夜はリディアとルディアがサキちゃんの面倒を見てくれることになっていたんだけど、アテナも誘うとは思わなかった。

 だけど3人は幼馴染といってもいい間柄らしいし、アテナの言う通りドラゴニアンであっても生まれてくる子がドラゴニアンとは限らないから、アテナにとってもいい予行演習ってことになるんでしょう。


 ドラゴニアンは数が少ないからか、生まれてくる子は双子になることも多いらしいけど、多いらしいっていうだけでリディアとルディアのお姉さんのナディアさんのように、一人っ子っていうことも普通にある。

 生まれてくる子はドラゴニアンかドラゴニュート、相手の男と同じ種族のいずれかになる。

 双子だとドラゴニアンの可能性が高いらしいけど、リディアとルディアっていうドラゴニュートの双子みたいなこともあるから、これも絶対っていうワケじゃない。

 更に生まれてきた子の種族が異なることはないし、ハーフが生まれることもないそうだから、アテナとエオスが産む子はドラゴニアンかヒューマンかドラゴニュートのいずれかになるわね。


 さらにドラゴニアンが生まれた場合は、成長速度が違うこともあって、すぐにウィルネス山に預けられることになるそうよ。

 さすがに生まれたその日にってことはないんだけど、遅くても2ヶ月以内には迎えが来るそうだから、親元から引き離されてしまうことは確定している。

 だからアテナにとっては予行演習になるかも分からないんだけど、経験しておいて損はないし、1ヶ月ぐらいは自分で育てるのも間違いないから、予行演習になると思っても構わないか。


「俺も一度ぐらいは面倒見たいんだけどな」

「母親の仕事だし、大和は大和で奥さん達の相手っていう大事な仕事があるでしょう?」

「そうですよ。特にマナ様は、週に1度か2度しか機会がないんですから、その分たっぷりとお相手して差し上げなければなりませんしね」

「それは分かってるけど、みんなが大変な思いをしてる時に、のんびり寝てるっていうのもどうかと思ってな」


 大和君が気にしてるのは、やっぱりそこか。


 地球だと両親が協力して育児をするのが普通だし、何より一夫一妻制だから奥さん同士で協力なんていう手段はとれないものね。

 もちろん一切育児を手伝わない男性もいたけど、だからこそ離婚する夫婦もあったし、その場合は夫が育児放棄ってことで多額の賠償金とか育成費だかの支払いが命じられ、拒否したり滞ったりしたら財産の差し押さえまでされたって聞く。


 戦前は女性も普通に働いてたそうだけど、出生率や雇用が落ち込んだりしたそうだし、男女平等を謳って女性の社会進出なんてものも進んでたそうだけど、そのくせいざ戦争となったら、女性を戦争に狩りだすなっていう政治団体が複数出てきたから、国内は大混乱だったって言われていた。

 男女平等って言うんなら、女性だって戦争に参加させないとダメでしょうに。

 他にもいくつかネットで見たけど、男性にとって不公平な男女平等だった気がするわ。


 だから戦後、隣国と通じていた政治家は軒並み力を失って逮捕されたし、実はそれが男女平等を謳っていた政治団体だったりしたから、社会的には大きな混乱をもたらしたって話ね。

 それもあって女性の社会進出も陰りだしたんだけど、幸か不幸か男性の雇用率は上昇したし、女性が家庭を優先するようになったからか出生率も上がったそうだから、景気回復にも繋がったらしいわ。


 ヘリオスオーブの場合だと、女性比が高いこともあるけど、子育ては女性の仕事だっていう認識が強い。

 男性も手伝うことは手伝うけど、複数の奥さんを娶るのが常識でもあるから、子育てよりも奥さんの相手をする方が重要だって考えられてるの。

 もちろん出産したばかりの奥さんも含まれているから、男性は別の意味で大変みたいね。


「私もまだ違和感があるけど、ヘリオスオーブの常識なんだし、マナ様が久しぶりなのは間違いないんだから、そこはしっかりとしないとね」

「そうなんですけどね。価値観が違うと、今まで培ってきた常識も崩壊していくから、慣れるのが大変ですよ」


 それは私も同感だわ。

 だけど大和君、常識が崩壊とか言ってるけど、あなたが壊した常識の方が多いんじゃない?


「それを言うなら、私達も大和さんに数々の常識を壊されてきましたよね」

「そうですね。壊された上で新しい常識を作られてしまいましたから、慣れるのは本当に大変でした」

「今でも慣れてるとは言えないものね」


 フラム、ユーリ、リカ様にそう言われて、思わず目を逸らす大和君。

 そう言われるだけのことを仕出かしてきたんだし、さすがに私もフォロー出来ないわね。

 する気もないけどさ。


 あ、そろそろサキちゃんをお風呂から上げないと、のぼせちゃうわね。

 体調を崩したりしたら大変だから、気をつけておかないと。

 私はリディアが抱いているベビーバスからサキちゃんを抱き上げ、一足先に露天風呂を出ていくことにした。

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