王子と王女の懇親会

Side・ユーリ


 フィールで領主としての仕事を終えた私は、エスメラルダ天爵邸の私室に備え付けてあるゲート・ストーンを使い、アルカへ転移しました。

 本日は春からメモリア総合学園に入学される王家の方々を招待し、懇親会を行う予定ですから、遅れるワケには参りません。

 いえ、執務をしていたとはいえ、既に皆様お着きになられていますから、お待たせしてしまっているのは間違いないのですが。


 エスメラルダ天爵邸に限らず、フレイドランシア天爵別邸にアマティスタ侯爵邸、トラレンシアの雪妖宮ゆきあやしのみややヴァルト獣公城、果ては天樹城王連街にあるお兄様とサユリおばあ様の屋敷のゲート・ストーンは、本殿1階にある玄関前へ転移されます。

 転移石版やゲート・クリスタルですと日ノ本屋敷の外にある鳥居となっていますから、私はもちろんヒルデお姉様やリカにネージュ陛下も喜んでいます。


「お帰りなさいませ、ユーリ様」

「只今戻りました、ルミナ。皆様はどちらにおられるのですか?」

「間もなく夕食ですので、本殿2階のリビングでご歓談中です」


 ルミナによれば、皆様はアルカを散策したり湯殿を堪能されたりと、思い思いに楽しまれていたそうです。

 ですが日が沈み、夕食の時間も近くなりましたから、バトラーが誘導してリビングに集め、夕食までの間歓談を楽しんで頂くことにしたようですね。

 食堂は1階ですから移動する手間はありますが、落ち着ける空間になっていますから、リビングというのは分かるお話です。


「分かりました。では私も身を清めてからご挨拶を致します。そのように伝えてもらえますか?」

「畏まりました」


 本日はエスメラルダ天爵邸で書類仕事ばかりでしたから、特に汗は掻いていません。

 ですがずっと椅子に座っていたためにドレス、特にスカートは皺だらけですから着替えなければなりませんし、本日の来客は王子殿下、王女殿下ですから、汗を掻いていないとはいえ身を清める必要もあります。

 殿下方はリビングでご歓談中とのことですが、夕食まではまだ少し時間がありますから、湯殿ではお会いしてしまう可能性もあります。

 ですから本殿5階にある、私達専用の露天風呂で身を清め、来客用のドレスに着替えるとしましょう。


 ドレスは私だけではなく、ウイング・クレストの女性全員が光絹布や王絹布を使い、何着か仕立てています。

 特に私やお姉様、ヒルデお姉様、そしてリカは当主としての、プリムお姉様は第一夫人としての正装も必要ですから、10着以上仕立てました。

 相応のお金を使う事になりましたが、それでも今まで稼いだ金額からすれば大した額ではありません。

 最近でこそ屋敷や獣車、船に使っていますから、ある程度は散財する事が出来ていますが、来年以降は溜まるだけになる可能性が高い事が問題です。

 今から考えても仕方ありませんから、その時になってから考えましょう。


 露天風呂には誰もおられなかったので、私は1人で堪能し身を清めてから、来客用に仕立てた王絹布のドレスを身に纏い、リビングに向かいました。

 一度袖を通しておけば、奏上魔法デヴォートマジックイークイッピングで瞬時に着用できますから、本当に便利ですね。


「失礼致します。皆様、お待たせして申し訳ございません」


 日ノ本屋敷どころかアルカの所有者は大和さんですが、私はエスメラルダ天爵としての執務でお待たせする事になってしまいましたから、まずは謝罪の言葉を口にします。


「いえ、領主のお仕事をなさっておられたのですから、お気になさらないで下さい」

「その間、僕達はアルカを楽しませて頂きましたから。ユーリアナ殿下こそ、お疲れ様でした」


 入学者の中で最も身分が高いのは天爵家当主の私となるのですが、皆様は王位を継ぐ立場にあられますので、配慮しなければなりません。

 その事は皆様もご存知で、妖王位継承権第二位のルシア殿下と、獣王位継承権第一位にして獣太子であられるデイヴィッド殿下が代表して私の謝罪を受け入れられました。

 非常に面倒で煩わしいのですが、最も身分の高い者が謝罪を受け入れたため、誰も文句を言えず、謝罪に関しては何も言えなくなったという事になります。

 ここまでは王侯貴族としてのやり取りになりますし、入学してからも学ぶ予定なのですが、市井の民はほとんど使いません。


「恐れ入ります。そして本日は招待を受けて頂き、ありがとうございます。エスメラルダ天爵家当主、ユーリアナ・エスメラルダと申します。精一杯歓待させて頂きますので、どうぞお楽しみください」

「アレグリア獣王国獣太子、デイヴィット・アレグリアです。こちらこそ、ご招待ありがとうございます。本日はアルカに宿泊し、明日はメモリア総合学園を案内して頂けると伺っていますから、楽しみにしていました」


 デイヴィッド殿下が仰ったように、明日はメモリア総合学園を見学する予定です。

 私もそのために予定を空けましたし、案内役のリカも同様です。

 もっともリカは妊娠中ですから、体調如何によっては同行出来ませんが。


「トラレンシア妖王国第二王女、ルシア・ミナト・トラレンシアと申します。こちらは従妹で第三王女のディアナになります」

「ご紹介に預かりました、トラレンシア第三王女 ディアナ・ミナト・トラレンシアと申します。お見知りおきを」


 私、デイヴィット殿下、ルシア殿下、ディアナ殿下と簡単な挨拶とともに自己紹介を行い、公国の方々もそれに続きます。

 一番幼いのがデイヴィッド殿下になりますが、獣王家の教育が行き届いておられるようで、受け答えもしっかりとしていらっしゃいますから、次代のアレグリアは安泰だと安心できますね。


「ラウス・ウッドランドライトと申します。学園内では殿下方の護衛を拝命していますが、学業が優先となりますので、その点はご容赦下さい」


 私達の自己紹介が終わると、次はラウス達の番になります。

 セラスのみ先に自己紹介していますが、彼女はウイング・クレストの一員でありながら大公女としての参加でもありますから、婚約者のラウスより先に挨拶する事になるのは仕方がありません。


「話は伺っています。エンシェントウルフィーとエンシェントウンディーネが学園内の護衛をして頂けるという事で、父も母も安心しておられました」

「キャロル様も近いレベルと伺っていますから、余程の事があっても安全だと思えますし、私達も不安なく通う事が出来ます」


 既に各国を挨拶に訪れていますから、皆様ラウスとレベッカがエンシェントクラス、キャロルが進化目前という事はご存知です。

 同時に機密ではありませんが積極的に広めないというお話もされていますから、この場の方々が不必要に言いふらすような真似はされないでしょう。


「自己紹介も終わりましたし、堅苦しい挨拶はここまでにしましょう」

「そうですね。春からは学友になりますし、今後のお付き合いもありますから、もう少し砕けた態度の方が良いでしょう」

「ほとんどの方は王位を継がれますから、あまり砕けても問題ですが、私達はまだ学生にすらなっていませんし、その辺りの采配も学べると伺っていますからね」


 私の意見に、すかさずルシア殿下とアウローラ殿下が賛同して下さいました。

 この場は良くても、入学してしまえば常にというのは厳しい話になります。

 それに学園では市井の民の方が多いのですし、ギルドでは少々の不作法は許容されていますから、皆様にも慣れて頂く必要があります。

 その程度の些事で大事にしてしまえばギルド活動にも支障が出ますし、最悪の場合継承権剥奪の上で生涯幽閉という重い処罰が下りますから。


「その方が我々としてはありがたいです」

「元々橋公国に王位は無く、あたし達も王家として相応しいとは思っていませんから。むしろ市井の民と大差無いと思っています」


 そういえば橋公国の前身はリベルター連邦という、橋上都市連合と呼ぶべき国でした。

 都市代表は選挙で選ばれますが、代々代表を輩出しているという名家も多く、現在の橋公家はほぼ全てがその名家に当たります。

 ですが代表が貴族とは限らず、デネブライト橋公家は元はクラフターの家系で、橋上都市デネブライトを築いた初代がそのまま代表となり、以後代表の地位はほとんど独占状態だったそうです。

 正式に叙爵されたわけでもありませんから、デネブライト家は貴族ではなく、市井の民との交流も多いと聞きます。

 ですからライオ殿下とイルミナ殿下にとって、橋公子とは突然降って湧いたに等しい身分であり、自分達に相応しいとは思われていないのです。

 もっとも橋公位を継ぐのをイヤがっている理由は、登録予定のクラフターズギルドの仕事が出来なくなるからのようですが。


「わ、私も……人とお話しするのは、その、苦手なので……普通に話して頂けると、嬉しいです……」


 同じ橋公国であっても、アクアーリオ橋公国公太子という身分をお持ちのネブリナ殿下は、貴族家の出身です。

 橋上都市アクアーリオはリベルター地方最大の港でもあり、今もその評価は変わっていません。

 そのためトレーダーの活動が活発なのですが、だからこそトレーダーが代表を務めるのは問題だと判断されたグランド・トレーダーズマスターの意向によって、いくつかの貴族家が代表選に出馬し、代表の座を争っていたそうです。

 ですが蒸気戦列艦の攻撃を受け、大半の貴族は命を落とし、現アクアーリオ橋公家以外は2つほどの家しか残らなかったようなのです。

 さらにその内の1家は跡取りを失っていたために橋公位を辞退し、もう1家はソレムネに通じていた事が判明したため、消去法でのアクアーリオ橋公家が即位するしかありませんでした。

 元々人付き合いが得意ではないネブリナ殿下にとっても、将来はトレーダーズギルドに登録し、研究者として生きていく予定が狂った形になります。


「私も殿下方の仰る通りだと思います。ですから皆様、入学してからはもちろんですが、本日より改めて親しい友人としてのお付き合い、よろしくお願い致します」


 アウローラ殿下は元バリエンテ公爵家のご令嬢で、プリムお姉様を慕っておられました。

 同じ国の公爵令嬢、同じ白い毛並みのフォクシーという事で、親近感を抱かれるのはある意味では当然です。

 今は丁寧な口調で話しておられますが、プリムお姉様に憧れているからなのか、素の言葉遣いはもっと荒く、ハンターと比べても遜色がなかったりしますが。


「僕もそう思います。ですから皆さん、堅い態度ではなく、自然な形で過ごせるようにしましょう。入学後もアマティスタ侯爵家にお世話になるのですから、取り繕う意味も必要もありませんし」


 最後にデイヴィッド殿下が仰ったように、私達以外の皆様は1年から2年はアマティスタ侯爵家本屋敷に留まられます。

 学園寮はバトラーがいるとはいえ、基本は1人暮らしになりますし、学園の敷地内とはいえ防犯体制が整っているとは言い切れませんからね。

 もちろんメモリア総合学園は各国にとっても重要な施設になりますから、領主でもあるアマティスタ侯爵家と親しくなっておく意味はありますし、何より現当主リカの夫は大和さんですから、繋がりを深めるという意味でも重要になります。

 それでも寮生活は経験になりますから、いずれはアマティスタ侯爵家から学生寮に移る事も決まっています。


「殿下方のご温情、感謝いたします。私達はハンターですので、礼儀作法には疎く、不愉快な思いをさせてしまうのではないかと気が気ではありませんでした」

「何を仰います。ラウスさん達はウイング・クレストの一員であり、エンシェントクラスであり、そして何より私達にとって友人ではありませんか。友人なのですから、礼儀を気にする必要はありませんよ」

「そうそう。年も近いしな。むしろ俺達は身分が高過ぎるから、せっかく学園に通っても友人が出来るとは限らない。ならラウス達を通じた方が、付き合いも広がるってもんだ」


 ルシア殿下とライオ殿下の仰る通り、王族は友人を作る事が大変難しく、また作れたとしても身分の問題から対等とは言えません。

 ですがラウス達はハンターですし、進化している事も公にはしない方針ですから、彼らを通じて知己を得る事は十分可能です。

 時に人脈は、何物にも代えがたい財産になるのですから。


「うんうん、そうだよね。あ、ごめんね。いずれバレると思うから、普段の口調にさせてもらいます。こっちの方が楽だし、驚かれても困るからね」

「さ、さすがに驚きましたけど……本当にプリムローズ様の口調と似ているのですね」

「あたしにとっては、憧れのお姉様なので。お父様からはもっと貴族らしくとか公女らしくとか言われてますけど、こんな公女がいてもいいんじゃないかなって思います」


 さらにアウローラ殿下が、口調を素に戻されました。

 話には聞いていましたが、本当にプリムお姉様そっくりですね。

 血の繋がりはないと聞いていますが、それでも翼があればプリムお姉様とほとんど瓜二つなのでは?


「私達も、そっちの方がお相手は楽ですねぇ」

「あ、お姉様ってレベッカにとってのお師匠様でもあるんだっけ?」

「そうですよぉ。ホントに大変でしたぁ……」


 既に竹馬の友となっているレベッカが、アウローラ殿下の質問に遠い目をしながら答えています。

 私も見知っていますが、あれは本当に大変そうでした。

 いえ、どちらかと言えばラウスの方が大変でしたね。

 なにせせっかくエンシェントウルフィーに進化出来たというのに、大和さんはさらにその先のエレメントヒューマンに進化しているのですから。

 今も時々対人戦を行っていますが、互いに進化している事もあって、ハイクラスの私では目で追う事も難しいんです。


 アウローラ殿下が口調を崩され、レベッカとの会話に花を咲かせていますが、それを皮切りに皆様思い思いに話を弾ませる事になりました。

 入学前に親睦を深めるためという理由で懇親会を開きましたが、どうやら成功のようです。

 私も同級生になりますし、せっかくの機会ですから参加させて頂きましょう。

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