クロウラーの生態

 クラテル迷宮を出た俺達は、予定通りクラテルには立ち寄らずアルカに帰った。


 今回はグランシルク・クロウラーとロイヤル・クロウラー狙いの他に、アリスにシルケスト・クロウラーと召喚契約を結んでもらう事が目的だったが、どちらもしっかりと達成されたし、獣車の中庭にいるシルケスト・クロウラー達は早くアルカの森に放してやるべきだと思うから、クラテルに行くのは明日の予定だ。


 クロウラー種は扶桑の葉を好むため、ガグン大森林に出向いて30本ぐらいの扶桑をアルカの森に植樹しておいたから、アリスが無事に契約できて良かったよ。

 植樹には天樹魔法が必要だが、ウイング・クレストで使えるのはマナとリカさん、キャロルの3人だけだから、キャロルにも手伝ってもらわないといけなかったからな。

 妊婦のマナやリカさんは連れていけないから、キャロルには負担を掛けちまった事は申し訳なく思う。


 扶桑は根元はマングローブ、幹や葉、花は椿で、木材としても一級品、それでいてデカく太くなる。

 だからなのか水辺にしか生えてないんだが、全部が全部水の中から生えてる訳じゃない。

 ガグン大森林の扶桑も同様で、9割以上が海の底から生えてるのは間違いないが、ガグン迷宮の手前辺りまでは普通の地面から生えている。

 今回はその辺りの扶桑を、30本ばかし頂いただけだ。

 ガグン大森林はヴァルト獣公国内にあるから、獣公のネージュさんにもちゃんと許可は貰っている。


「アリス、シルケスト・クロウラー達はどうだ?」

「少し戸惑ってる子もいますけど、それでも悪くは思ってない感じです」


 それは良かった。

 召喚獣や従魔は、環境に慣れるまでは少し戸惑う個体もいると聞くから、10匹もいるシルケスト・クロウラーの中にもそう感じる個体がいてもおかしくはない。

 逆にすぐに適応する個体もいて、既に中央の一番大きな扶桑を登ってる奴もいるな。


「カント、ノンノ。最初に言った通り、シルケスト・クロウラー達はここで放し飼いだから、悪いけどアリスのフォローを頼むな」

「任せて下さい」

「扶桑もしっかりと根付いていますから、シルケスト・クロウラー達も安心して過ごせると思います」


 根付いてくれてたか。

 扶桑を持ってきたのは2ヶ月前だが、アルカじゃ水が足りないかもしれないって言われてたから、それを聞くと安心する。


 扶桑は地面からも生えるが、水中から生えているところの方が多い。

 ガグン大森林なんかその典型だが、ハウラ大森林も多くが池や湖、沼地の中だ。

 だからアルカも、森の中にある池を少しいじって、そこに扶桑を植樹しているんだが、そんなに大きな池じゃないから流れてる川も拡大したり、池そのものも大きくしたりと、かなりの大工事をしたな。

 水量が不足する可能性が高いとも言われたから、アルカの魔導具の管理をしてもらっているホムンクルスのコンルにアビス・フォールの魔石を渡して、水量を増やす魔導具も作ってもらったぐらいだ。

 魔導具で作られた水には栄養分とかが一切含まれていないから、アルカの土を肥やすために肥料を買ったり益虫なんかも探してきたりしたから、けっこう大変だった覚えがある。

 だから無事に根付いてくれたと聞けて、マジで嬉しい。


「キャロル様のお手伝いがなかったら、まだしばらく根付かなかったかもしれません」

「天樹魔法か」

「はい。シリィも手伝ってくれましたが、それでも2人では難しかったです」


 ホムンクルスのカントがホムンクルス統括のシリィに手伝ってもらっても厳しかったって、それはマジで大変だったんだな。


 ホムンクルス達も、Bランクモンスター辺りまでなら単独で狩れるし、レベルも60ある。

 神々がアルカを管理させるために作り出された生命体でもあるから、天嗣魔法グラントマジックは得手不得手こそあるが、基本的に全て使う事が可能だ。

 その代わり、レベルが上がる事も進化する事も無いらしい。

 魔力量はフェアリーハーフがベースになってるし、ハイクラス相当になるんだが、それでも厳しかったって事は、それだけ根付かせるのが難しかったって事か。


 だけどそのおかげで無事に根付いてくれたから、こうしてシルケスト・クロウラー達を放す事も出来てる訳だから、マジで感謝だよ。


「ありがとうございます、カントさん、ノンノさん」

「お礼を言われる事じゃありません。アルカの山や森の管理は、私の仕事ですから」

「従魔の管理は、私の役目ですから。アリスさんに手伝ってもらってるおかげで、かなり助かってますよ」


 バトラーとホムンクルスは、アルカや日ノ本屋敷の維持管理を協力して行ってるため、かなり仲が良い。

 アリスも、担当が似通ってるカントやノンノと一緒にいる姿をよく見かけるな。


「そういやアトゥイは、この件には絡んでないのか?」


 小さいとはいえ池があるし、川も拡張してるんだが、それでも湖や川を担当しているアトゥイの姿は見ないな。


「たまに手伝ってもらうことはありますが、ここは森の中ですから私の管轄になります」

「この場に植えきれなかった扶桑は湖に回しましたから、アトゥイはそちらの管理もお願いしているんです」


 湖にも扶桑を植えてたのは、さすがに知らなかったな。

 確かにガグン大森林から持ってきた扶桑は30本で、この場に植えたのは20本なんだが、残りは木材として加工したとばかり思ってたぞ。

 いや、植えなかった扶桑は自由にしていいって言った覚えがあるから、湖に植えても構わないっちゃ構わないんだが。


「植樹中にフロウが興味を持ったので、フラム様の希望もあって湖に植える事にしたんです。場所が場所ですからアトゥイしか天樹魔法を使えず、まだ根付いてはいないみたいですけど」

「って事は、まさか湖の中に植えたのか?」

「そう聞いています」


 確かに扶桑は海の底からでも生えてくるが、俺達が持ってきた扶桑は普通に地面から生えてたやつだぞ?

 そんなのを湖の中に植えて、ちゃんと成長するもんなのか?


「それは大丈夫ですが、水中ですから天樹魔法の効きも落ちてしまってるので、その分時間は掛かっているんです」


 それで根付くのに時間が掛かってるって事か。

 水中って事は、キャロルどころかマナやリカさんでも天樹魔法は使えないな。

 フラムやレベッカなら水中でも自在に活動出来るが、2人は天樹魔法を使えないから、本当にフェアリーハーフ・ウンディーネがベースのアトゥイにしか出来ないって事になる。


「根付きそうなのか?」

「もう少し時間は掛かるそうですが、それは大丈夫みたいです。フロウも毎日様子を見に来てるそうですし、時々フラム様もお付き合いされていると聞いています」


 リドセロスの生息地って、扶桑は無かった気がするんだけどな。

 なんでフロウが興味を持ったのかは分からないが、個体によって好みが違うのはよくあることだから、単純にフロウの好みに合ったってことか。


「分かった。俺も近いうちに様子を見に行くか。カント、ノンノ、アリス。俺は一度日ノ本屋敷に戻るけど、何かあったら遠慮なく言ってきてくれよ?」

「分かりました」

「はい!」


 アルカの森、いつまでもこれじゃ分かりにくいし、扶桑池と呼ぶことにしよう。

 何本かの扶桑は完全に池の中から生えてる感じだが、大半の扶桑は池に接してるぐらいだし、完全に池から離れてるのも数本ある。

 まだ戸惑ってるシルケスト・クロウラー達は、池から離れてる扶桑に固まってる感じがするが、何匹かは池から生えてる扶桑に飛び移ってるし、アリスが5番目に契約した、魔力波長が一番近い個体は池の中央にある巨木を我が物顔で登っている。

 なんかあいつは、そう遠くない内に進化しそうな気がするな。


 クロウラー種は毛の生えた芋虫っていう見た目で、進化すると体長が大きくなることは分かっている。

 だが成長した場合にどうなるかは、実は全くと言っていい程分かっていない。

 シルケスト・スケイルっていう蛾の魔物がいるんだが、運が良ければこいつからも絹糸が採れるから、もしかしたらクロウラーは成長するとシルケスト・スケイルになるんじゃないかとも言われている。

 ただシルケスト・スケイルは、ある意味じゃ異常種や災害種以上に目撃情報が無いし、絶対に絹が採れるって訳でもない。

 だからスカラーズギルドでも研究されてるんだが、それもあってMARSを使わせろっていう嘆願も多いみたいだ。

 シルケスト・スケイルはクロウラーと同じS-Nランクモンスターだが、上位種や稀少種なんかは、迷宮ダンジョンでも目撃情報が無いから、本当に謎の魔物って事で有名なんだよな。


 似たような魔物にキャタピラーっていうTランクモンスターがいるが、Tランクって事で子供でも狩れるし、それでいて吐く糸は普段着とかに多く使われてるから、使役してる裁縫師は多い。

 異常種アンゴラ・キャタピラーどころか災害種カシミヤ・キャタピラーにまで進化させた人もそれなりにいるって話を聞くぐらい、進化させやすい魔物でもある。

 だからこそ研究は進んでいて、キャタピラーの生態は判明済みだ。


 異常種どころか災害種であっても比較的進化しやすいって話を聞いた時、俺達はキャタピラーとの召喚契約を考えた。

 だけどアンゴラ・キャタピラーはB-Iランク、カシミヤ・キャタピラーであってもS-Cランクと、モンスターズランク的に見るとエンシェントクラスの魔力に耐えられるかが疑問でしかなかった。

 異常種は1つ上、災害種は2つ上相当に該当すると言われているから、それならカシミヤ・キャタピラーはPランク相当って事になるんだが、あくまでも相当であって実ランクじゃない。

 だからカシミヤ・キャタピラーの織物を買って、試してみたぐらいだ。

 災害種の糸を使った織物だけあって神金貨が飛んだし、予想通り耐えられなかったんだが、だからこそキャタピラーをっていう選択肢は消え去り、クロウラー一択っていう状況になったんだよな。

 終焉種にまで進化させられれば話は別だが、キャタピラーに限らずほとんどの魔物の終焉種は名称も不明だし、進化させやすいって言ってもカシミヤ・キャタピラーに進化させた人でさえ数人しかいないから、さすがに現実的じゃないしな。


 今はクロウラーの成長した姿がシルケスト・スケイルなのかどうか、そっちの方が興味がある。

 MARSの試作は工芸殿にあるし、クロウラーは50センチ程度の大きさでしかないから、調査はいつでもできるんだが、俺達がやってしまうと研究中のスカラーの仕事を奪う事になるため、そこまでは考えてないが。

 グラシオンの近くにあるトレントの森を更地にして、そこにMARS専用の施設を作る計画がアレグリアで進行中のはずだし、大量のグランシルク・クロウラーを狩った後だから、俺達もそこまで切羽詰まってる訳じゃないっていう理由も大きいな。


 グラシオン郊外に建設予定のMARS施設は、メモリア総合学園よりさらに巨大にして、MARSの設置数も3台にする予定でいる。

 1台は戦闘訓練も兼ねてコロシアムだが、残り2台は純粋に研究用ってことで、コロシアムじゃなく少し大きめの体育館みたいな施設への設置が良いと思う。

 アレグリアのグリシナ獣王陛下には伝えてあるから、それも踏まえて予定地を選定してくれるだろう。


 そんな事を考えながら俺は日ノ本屋敷に、ゆっくりと歩きながら戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る